み っ ち ゃ ん ち の 縁 の 下
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あれは忘れもしない平成11年3月6日,1本の電話が引き金だった。
「もしもし,小橋さん? 今ね,うちの子が縁の下から足の骨を引き出して・・・」
は? 何だって? 縁の下? 足の骨?
麗らかな気持ちの良い昼下がりとは懸け離れたすごい話題だ。
縁の下か,じゃあネズミぐらいだろうか?と思ったらそんなものでは済まなそうだ。
「結構大きいんよ。骨盤ついているし・・・。見に来る?」
え? 大きい? 骨盤付き? ますますミステリー。
みっちゃんのお母さんは私のHPのことを知っていて,小橋さんにお知らせしておこうと親切に電話をくださったのだった。火事なら119番,骨なら小橋さん,という方式が彼女の中には出来上がっていたらしい。
「何だろう? 取りあえずすぐ行ってみるわ。」
その前にしておくことがある。主人の承諾だ。
「骨盤付きの大きい足の骨だって。何だろうか? もし,頭骨も出てきたらどうしよう。欲しい? 欲しいでしょう?」
「・・・拾ってくれば?」
取りあえずは打診があったもの,止めても無駄だとあきらめている主人は最近対応がうまくなった。
ピザ屋なんかには負けないぐらい早く,そそくさと観察セットを準備して,みっちゃんちに出向いた私であった。
みっちゃんち・・・。
以前から噂は耳に入っていた。
「あそこのお庭,タヌキの通り道になっているんだって」
「この間,コンコンコンコンて,キツツキみたいな鳥が木を叩いていたらしいよ」
「あの山で帰宅中にキツネ見たよ」
「あそこなら何でも出かねんわ」
山の住宅地の端っこに位置するみっちゃんちは自然に囲まれていてうらやましい限りの環境だ。
「一度見学にお邪魔するわ」と言っていたものの,やっときっかけができた。
私が緊張気味に到着したときには既に門付近には非常線が張ってあり,すぐにドヤドヤとみっちゃん一家が出迎えてくださった。
「おばちゃん,こっちこっち」
スゴイ見つけものの時の子供の元気さは100倍! 目をキラキラさせて走っていく子供達に先導されて南庭へ回ってみる。
「ここにあったんよ。」
指差す縁の下から引き出された骨は踏み石の上に置いてあった。
「ははーっ,これですね。」
なるほど伺っていたように足の長さ約32cmと思いの外大きい。少し乾燥した皮も張り付いている。足にしては小さな骨盤が付いている。
みっちゃんのお父さんも興味津々で覗き込んでいる。
「大きいから鳥のカラスかなんかと思ったんですが・・・。」
鳥に骨盤あったっけ? 鳥の丸焼きを食べたときには確かなかった。
「うーん,足の指形からすると獣でしょうね。骨盤付きとなると胎生でしょうか?」
「人間のなら見たことがあるのですが・・・」
「・・・・・。」
そうそう,みっちゃんちのお父さんは黙る子も泣く,お医者様だった。
この辺りの環境で怪しそうなホ乳類は,しりとりをしているみたいだが,タヌキ,キツネ,ネコ,それにイタチ,イヌ・・・。
でも,片足の骨だけっていうのも変だ。
ここで重要証言を得る。みっちゃんちのお母さんだ。
「そうそう去年の秋ぐらい,スゴク臭かったのよ。何かナーとは思っていたんだけど・・・」
スゴク臭かった=ここで息絶えた? ということは,漁れば残りもあるかも知れないぞ。
「もう他に残ってないかな? 探してみようね。」
そして,みっちゃんのお母さんが熊手のオヤブンを出してくださった。
5人に取り囲まれて捜索開始だ。一挙一動を見守られているし,物が物だけに何だか緊張する。
縁の下には枯れ葉がどっさりと積もっている。熊手でゴソゴソどけてみる。
「あ,あそこ,白い骨!」
「・・・,ナーンダ,ボールだった」
ゴソゴソ,ゴソゴソ
「あれー,あった,骨見えたー!」
「・・・,ハハハ,たーわーしー!!」
子供も大人も大騒ぎである。
奥の方までゴソゴソしていたその時,とうとう出るものが出てきた。
「キャー!」「ワー!」「うわっ!!」「おおっ!」「・・・・。」
衝撃的な見つけものを前に大騒ぎは最高潮に達した。
「わたし,明日学校で先生に言う!」
明日は日曜日,みんな気が動転している。
私も他に漏れずビビってしまったが,動揺を隠すためにしばらく硬直していた。
みっちゃんのお母さんは声こそ上げないが,ズルズル後退して行って,気が付いたときには庭の端っこにいた。普通ならキャーと顔でも覆う有り様だが,この骨ごときでビビらない堂々とした後退の仕方,ただ者ではない。同じ匂いを感じる。この点については驚くべき事実を後ほど本人の口から聞くこととなる。
縁の下から出てきたもの,それは頭の先からしっぽの途中までミイラ化したものだった。もちろん後ろ足はない。さらにひっくり返してみると,さらにスゴイ様相だ。なんと白骨化しているのである。よくわかる例を用いれば,コントなんかで右を向くとバンドの兄ちゃん,左を向くとハゲ面チョビヒゲおじさんになっていたりという,笑えるアレである。つまり左半分がミイラ,右半分が骸骨なのである。百科事典の半面骨解説図のようでもある。
骨部分をよく見て見るといくと”さなぎの殻が”複数張り付いている。これはハエかアブのさなぎ。きっと幼虫が肉体を分解して自然に帰してくれたという大事な証拠。下になって枯れ葉に埋もれて湿っていた右反面は,さらに微生物達によって白骨化され,左反面は皮膚が乾燥するが早くミイラとなったのだろう。よくもまあ,こんなに観察してくださいとばかりに残っていたものだ。驚きと共に感動さえしてしまう。
では,一体これは何なのか?
私がまず注目したのは足先だ。駆け出し足跡コレクターとしては気になるところ。何かヒントを探す。
この足で歩き,足跡が残るとすれば・・・? 足の指跡は4つ。イタチは5つであるのでハズレ。では,イヌ科かネコ科か? この区別は爪周辺がヒントとなる。第5話でのタヌキの足の骨組立時に,本に載っているライオンの骨を参考にした。何だか根本的に違うのだ。ライオンはネコ科,タヌキはイヌ科。イヌ科の爪はむき出しだが,ネコ科は爪格納フォルダが付いている。普段爪はここにしまわれているのでネコ科の足跡には爪跡が付かない。イザという時にポケモンのニャースのごとくサッと引っかき技ができる。この点に注目してみる。 オオッ! 格納庫付きだ! ということはネコ科。タヌキもキツネもイヌもイヌ科なので消える。従って現時点で残っているのはネコだけだ。
もう1つ,頭骨に張り付く左半分ミイラの人相(?)を眺めてみる。耳の大きさ,鼻の辺りの比率,残っているヒゲ,まぎれもなくお馴染みのネコっぽい。
ネコー?
タマとかミケとか名付けらていて,首輪こそないが,こたつで丸くなって喉をならしていたペットネコー?
野生動物に違いないと期待して参上した私は一気に気が抜ける。
庭隅にでも埋めて手を合わせた方が・・・と何度も思ったが,段ボールもゴミ袋も回収用品すべてそろえて参上した私である。みっちゃん一家には持って帰って当たり前っていう雰囲気が漂っている。とりあえず後のことは我が家で考えよう。
興奮冷めやらぬ子供達に手を振り,みっちゃんちを後にした私だった。
数日後,みっちゃんのお母さんからスゴイお話をきく。
「私,昔”骨格標本を作る会”ってのに入っていたんよ」
はあーっ?? 聞いてみないとわからない,やはりタダ者ではなかった。
「その部屋に行くまでに臭くて不気味な所を通らなくてはいけないので,1回しか行ってないけど・・・。」
おどろき桃ノ木,いろんな趣味の方がいるものだ。
思わず突っ込んで聞き返してしまう私と,しばらく骨話の花が咲く。
みっちゃんのお母さんは付け加える。
「縁の下のあの驚き・・・,これくらいの歳になると日常生活に感動というか驚きというか少ないじゃない? あの時の印象,新鮮だったワー。」
恐怖と感動は背中合わせ。あの時の衝撃,私も忘れない。
人間一生のうちに何度ビックリし,発見して感動することができるだろう。
「うちの子さー,またあれから後も縁の下ゴソゴソしているのよ」
みっちゃんは私に会う度に,じっと私の顔を見て嬉しそうに
「おばちゃん,お姉ちゃんがこないだまた骨あったって言ってたよ」
「そう,またスゴイもの見つけたら,おばちゃんに教えてよ」
この事件,みっちゃんちできっと一生語り継がれることだろう。
うちの縁の下から骨が出てきた,スゴイもの見ちゃったって,驚いたけど感動したって。
しばらくは,みっちゃんちの縁の下,にぎやかに掘り返されるに違いない。
<付 録>
骨の実物写真が見たいとおっしゃる,勇気ある方は
くれぐれも覚悟を決められた上で
青枠のある”骨全体図”のイラストをクリックして下さい。
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