我 が 青 春 の プ ラ ナ リ ア
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●はじめに
うずうず体が動いてしまうーそんな場合がある。
私の場合,水辺の石を見るとしゃがんではぐってしまう。狙いはエビでもヤゴでも魚でもない。プラナリアという川の水に住む動物を探しだ。
「淡水産プラナリアの無神経索虫片における脳形成と極性」
思わず舌を噛みそうだが,まさしくこれが懐かしの私の卒論の題名である。
さて,皆さんはプラナリアという動物をご存じだろうか。高校の生物の教科書の「再生」の項で,「切っても切ってもまた生える」そんな魔法ごときの能力を持つものとして紹介されている。
ぬるぬるグニョグニョにょろにょろベタベタ,その上冷たいとくれば,たいがい嫌われるっていうのが世の常だ。思い付くままに挙げると,ナメクジ,ナマコ,ヒル,ミミズ,ヘビ・・・ゾクゾクする生き物ベストテン重鎮の顔ぶれだ。
そんな条件にピッタリ当てはまるというのにプラナリアは助かっている。知名度が低い事も幸いするが,それは眼があまりにもユーモラスだからである。忍者ハットリ君のようなエラ張りクリクリ顔は,周りを見渡せば「ああ,あの人にそっくり」なんて笑ってしまう。
今回はそんなプラナリアを,水に親しむこの夏の季節に皆さんに紹介しよう。
●分 類
ちょっと難しいのだが動物学的には「扁形動物」という部類に入っている。
お腹の中の嫌われ者,サナダムシとなんと同じ仲間だ。
そういえばサナダムシ,駆除の途中でブチッと切れても不死身,またお腹の中で,ハイ元通り。やっぱりこの点では類友である。
でも,プラナリアはお腹なんかに寄生しないので御安心を。
進化程度としては簡単にいうとミミズやヒルや蟯虫よりさらに下等なのだ。
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●生息場所
こんなもの見たことないゾ,きっと綺麗な川の上流に行かねば・・・いやいや,案外すぐ側の川などにいたりする。研究なんかで使うような健康状態のいい,しかも沢山とれるプラナリアの生息場所というと限られてくるが,チョットみてやろう位のものなら,石の裏にエサである何だかよく解らない幼虫がうごめいている川ならおそらく見つかる。
が,水が汚れていたりすると病気になっているものが多い。
体の一部分が黒く溶けかかっていたり,変形していたり,眼が何個もあったりと,見るからに1歩引くハズレものもあって,とても可愛いとは言えないくてショックで,持っている石を「うわぁー」と落っことしてしまうものもあるので,注意が必要である |
●捕獲方法
・人海戦術法
緩やかな流れの川辺に着いたら,早速その辺にある石をはぐってみよう。
え? いない?
プラナリアの気持ちになってみることをおすすめする。 これが発見の大切なコツである。
ゴツゴツした石は痛そうで這いにくい。ひっくり返すときに「うんとこしょ」なんて力を込めないといけない大石も望み薄。
何となくスベスベして居心地の良さそうな空間を醸し出している手頃な大きさの石,これがもっとも怪しい。
ヒルと間違えない事も大切だ。ヒルだと血を吸われるゾ。そう眼を探してみよう。これが決め手。
見つけたら,柔らかい中古の筆なんかでそっと撫で取り,水を張った入れ物に移せばOK。
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・トラップ法
トラップとは罠のことを格好良く英語で言ったものである。
効率よくドヤドヤ引き寄せるにはレバーがよく使われる。
研究室でプラナリアのエサとして与えていたのも牛のレバーである。
大学時にゼノパスという大きなカエルもポリバケツにウヨウヨ飼っていたので,1週間に一度ほどドンと牛のレバー塊を仕入れ,切り刻み,血抜きをして与えていた。
「あのレバーの匂い,絶対イヤだー!」
鼻をつまみながら呟き,部屋から消えてしまう人が1人はいた。
そんな牛や鳥のレバーを入れ物に,もしくはガーゼに包んで潜んでいそうな浅い川底に半日ぐらいおいて置くと,石の裏や藻の間から,人海戦術で頑張っている間にスーッと音もなく近づいてきて張り付いてチューチュー吸ってくれているのである。
「フー,今日は全然とれなかった!」
何の条件か,大漁御礼の日もあればスカの日もあるってものだ。
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●主な体のつくり
・大きさ体形
産地によって特徴がある。
色白細長くヒョロヒョロした印象の文系優等生タイプやら,色が薄黒っぽくてブリッとがっしり体育会系タイプやら,見ていると面白い。
だいたいの大きさは 小さいもの〜2,3p
ぐらいである。
・表面
ヌルヌルした粘液で覆われている。
このヌルヌルが曲者。実際に舐めた人がいるらしく,どうもコレが苦いと言われている。
従って食べてもマズイ。
天敵はどうもいないらしい。
・眼点
この可愛い眼はペコちゃんのようにクリクリ動きそうだが,実のところ黒目は固定されている。光程度しか関知しない。
暗いところ好みなので,一方から光を当てるとすーっと逃げてゆく。
だから薄暗〜い石の下に隠者のごとく暮らしている。
・咽頭
体の真ん中にある棒状のものが咽頭,ここが口に当たって,腸管とつながっている。
この咽頭は普段はポケットのように体の中に収納されているが,お目当ての食べ物があるとスーッと近づいて張り付くき,そして咽頭がストローの様にニューっとポケット(咽頭口)から出てきて,先を押し当ててチューチュー体液を吸い上げる。ここで言う食べ物,それは川底に沈んだ死んだ魚や虫である。この咽頭口,食べモノは入るし,ウンコも出すと言う1人2役で忙しい。 便利なんだか不便なんだか?
・神経
ちゃんと脳や神経だってある。切ったときに痛みがあるのかは解らないが,電気を通すとウゴウゴ嫌がったりする。
余談だが,プラナリアの頭を薬品処理して脳だけ取り出すという今考えれば恐ろしいミクロな小技をしていた。
●驚くべき再生能力
「切っても切ってもまた生える」だから,刃物を持って身構えて”さあ,切るぞ!”といっても息の根を止める訳ではないので,どうも罪悪感が欠ける。むしろ,増やしてしまう。
驚異の再生だが,どの世界にもギネス的にいろんな記録に挑戦する人もいるもので,一体最高いくつに切り分けて再生させられるか実験した人がいる。うる覚えだが200〜300で,聞いたときには仰天した。
以下の様にきるとどう再生するか考えてみよう。
それぞれの画像をクリックして,その再生の様子を見てみよう。
クリック!!
再生の「頭になるか」「尾になるか」(極性という),その要因についてはいろんな説がある。
頭から尾に向けて,どうも極性を決める要素の勾配あるらしい。
切り口の前と後ろを較べて,その要素の強い方が頭で, 薄い方が尾が生えると言われている。幅が細くて要素勾配があまりないと???と訳が分からなくなって,両方とも頭が生えてきたり,決めかねて再生し損ねて,何が何だか解らないウゴウゴダンゴになったりする。
この再生の原理,つまりどんな物質がどのようにいつ働くか分かればスゴイ事である,と言われていたが,現役を離れて十数年なので,今はどうなっているのだろう。研究が進めば,極端なお話,人間にも応用できるかも知れない?
私が作ってしまった恐ろしいプラナリア
なんだか,おもしろそう。
ーその上,つい乗せられてプラナリアも川石の裏で見つけて取ってしまった,何かしたい,そう思ったら,何でも挑戦! 簡単な再生実験をしてみよう。
ただ,お台所の包丁でブチッと切って放って置けば再生するというものでもない。コツが何点かある。
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何日か,エサをやらないで腸を空にしておく。
ニョロニョロして切りにくいので,汲置きの冷水で湿らした紙の上で行うと良い。
刃の薄い切れ味の良い剃刀やカッターのようなもので,咽頭の上あたりを躊躇せずにひと思いにスパッと,押すようにチョンと切る。(切断面を綺麗に)
水道水ではなく魚同様,汲み置きの水の中に紙ごと浸けて切ったプラナリアを入れて,紙から剥がして飼う。(理想は20℃)
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運が悪くなければ,ちゃんとした実験設備も薬品もない自宅でも,再生が見られるハズだ。眼が出現したときには思わず「やあっ」と挨拶したい気分になるに違いない。
●おわりに
今日ご紹介したのはホンのさわりの入門編。
話せばきりがない。どんどん湧き出してくる。
固定液の黄色,酸っぱい酢酸や気怠いパラフィンの匂い,内容よりも厚さを競っていたまだ手書きの卒論,居眠りしそうな英語の論文ゼミ,20℃の飼育室でよく涼んでたっけ,なぜか窓の外でヒョウタンをつくっていたっけ,お隣の植物研でよくトランプして遊んでたっけ,先生のお部屋の通路が開けっ放しだと緊張したな,昼日中でも薄暗く不気味な研究室の廊下・・。
苦しくも楽しかったあの青春時代。
川原へ行くと思わず石をめくるのは,プラナリアだけでなく二度と戻らぬあの輝かしき青春時代を懐かしむ為もあるかも知れない。

プラナリアの卵の画像届きました!
「スゴイお話7.その8」
リンク集にプラナリア関連のものがあります。
”もっとプラナリア”の方は,是非ともご覧下さい。
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