が ん ば れ!
フ ナ ム シ 母 ち ゃ ん
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人間は本来狩猟民族である。動くものには敏感だ。
桜の木に鳴いているクマセミがいればそっと手を伸ばすし,飛行速度の遅いカナブンが目の前を横切れば後を付けていってチャンスをものにする。つかめれば嬉しい,そして眺めたらまた放してやる。いつになってもこんな子供じみたことをやっているので
「イヤだわー小橋さん」
なんて横で苦笑されるともしばしばだ。
だがそんな貴方,実はウズウズしているのを我慢していないだろうか?
さて,ここは海である。
浜で流れ物拾いも良いが,磯も捨てがたい。
タイドプール(潮だまり)には海中の美しいジオラマが見て取れる。イソギンチャクが色とりどりの海藻の間から触手を伸ばし,ヤドカリが押し合いへし合い,張り付くヒザラガイと力比べ,エビやハゼの仲間も簡単に子供でも触れる。釣り人が放置したタコが潜んでいることもある。
大人も人目を気にせず安心して童心に帰れる磯遊び,そんな岩場に行く途中,必ずと言っていいほど目にする生物,それはフナムシだ。ダンゴムシのようで丸まらず,ワラジムシのようで大きく,照かる背中に足だくさん,そんな生き物フナムシだ。
「おかしいなあ? たいがいフナムシっているのになあ。今日はいなくて残念ねー 」
ところがどっこい,探しているときには見つからないが,ヤドカリ集め何ぞして遊んでいて,パッと振り向くと・・・
うわあー ,岩の割れ目から壁面へ向かって,ぞろぞろ大行進。まさしく「だるまさんが転んだ」をしているみたいだ。
一歩足を踏み出せばゾワゾワーと集団移動だ。
「よーし,捕まえるゾ!」
そんなフナムシを見ていると,さあ,狩猟民族の血がさわぎだす。
何も考えていなくてボーッとしているように見えて,捕まえようとするとサササーッと案外逃げ足が早い。
ここからは駆け引きである。
我々の気迫が伝わってしまうと,岩場に潜って悔しい思いをする。そこで,むしろ顔はにこにこ,じりじり近づき,手が届く範囲に到達すると一気に攻める。態度一変,不意打ち作戦だ
「わー,捕まえたー」
フナムシ捕まえ名人は長男。
フナムシの体をつかむと思ったより柔らかくて大人は躊躇してしまう。つぶしてしまうんじゃないか? 実際手加減を知らない次男は何匹かつぶして,カニが運んでいってしまった。つかんだ当初はじっとしているので「さあひと安心」,その時とばかりに,数々の足を一気に動かし加速して手を擦り抜けてしまう。しかも,背中はツルツルで手が滑る。
カサカサカサカサカサ・・・・
足を一生懸命すり動かして猛ダッシュ,摩擦音すら聞こえるではないか。
「フナムシって,横から見ると普通じゃけど,前から見ると怖いで・・・」
「本当だ! 目がつり上がって見えるねー,ウルトラマンみたいねえ。」
同じ仲間のエビやカニは棒状の先に目があるが,フナムシは頭に直接付いている。まんまと捕まえた長男はジロジロ眺めた後,岩場に逃がした。
本当によく見たの?
フフフ・・・逃がしたのをしっかり見届けてからが質問タイム。
「さあ,問題です。フナムシの足は何本だったでしょうか?」
イジワルもこんな時には許される。
「えーっ?・・・10本!」「ブブー」
「じゃあ,12本? 8本?」「惜しい! 確かめてご覧!」
眼の色が変わってくる。お見事!あっと言う間にゲット!
「うわっ,足長いなあ〜。 1・2・3・・・14本だ!」
「はい,正解です。良く数えられました」
この程度で子供は大喜びするのだから辞められない。
フナムシは節足動物の等脚目。頭部には長ーい触角,腹部には先が二股に分かれている尾脚が生えていて,一見ゴチャゴチャ足も多く見える。が,胸部は7つの体節に分かれ,それぞれ1対の足が生えている。つまり移動用の足としては14本だ。
体の色は薄茶ー灰色,黄色の模様があったり青光りしている物もあり,色彩的に素晴らしい。光で揺らめく青や黄,出来ることならルノワールに一筆握ってもらいたいぐらいだ。フナムシの種類はたくさんあるらしく,大きい物は40センチにもなるというのだから,一度拝んでみたい。
フナムシは何でも食べる。"海辺の掃除屋"の異名をとる。
以前海に宿泊したときに,夜懐中電灯を持ってウロウロしていた。他グループのバーベキューの現場にさしかかったとき,机や網にある残り物に集団でたかっていた生物こそがフナムシだった。例えて悪いが,まるでゴキブリ。これでもし家に入り込んで夜中に出没していたら,危うくフナムシホイホイなんて発売されていたところだ。
お掃除は大切。打ち上げられた魚や海藻が丸残りだったら・・・フナムシやその他ハマトビムシなどの小さな生物の力がなくては自然はうまく廻らない。
フナムシ,驚きの体験をしたのは8月16日in真鍋島。そう,あのウミホタルの真鍋島である。
ここにも他に漏れず,岩場にはやはりフナムシがゾーロゾロ。もちろん小橋家は隙を見計らってはフナムシ掴みに精を出す。
よし,人一倍立派な青光りフナムシゲット!・・・と思ったその時である。
「うわあ〜,パチパチする〜」
ホウセンカやカタバミの種を触ったときのように,手の中で何かが弾けている。掴んだのはフナムシのハズなのに・・・。私の手の中に得体の知れない何かがいる。恐る恐る逃がさないようにソ−ロリと開いて驚いた!
「えー,フナムシの赤ちゃん!」
フナムシの赤ちゃんが捕まえたフナムシのお腹を破って,ウジャウジャ飛び出しているではないか! その1匹の大きさ約0.5センチ,親をそのままミニチュアにした形。その数,優に100は越えるだろうか?
「捕まえられてビックリして出てきたんだー」
「・・・早産ね」
よくよくフナムシの腹部をひっくり返して見てみると,表面の薄い膜,体節のところや中央部分に亀裂が入って破れ,そこからワラワラとフナムシ赤ちゃんが湧き出している。
ここで似た経験をしたことを思い出した。そう,それはダンゴムシ。石陰で,落ち葉の周りでコソコソ集まっているダンゴムシ。つるんとしたグレーの雄,そして背中に黄色のテンテン模様のオシャレな雌がいるのが解る。その雌をひっくり返してみると・・・お腹に卵を持ったのも,お腹から赤ちゃんが生まれているものがいて,ビックリした。
ダンゴムシやフナムシのお腹には薄い膜の袋(育房)がある。お母さんはその中に卵をぎっしり産み落とし,その中で卵がかえる。狭いお腹に寿司詰めに子供がウジャウジャいる。数日その中で育った子供は破れた袋から飛び出して行くらしい。
長男が捕獲したフナムシも幸か不幸か,フナムシ母ちゃんだった。
「あ,このフナムシのお腹からも赤ちゃんが産まれようるで!」
驚く子供の手の中で,パラパラと赤ちゃんは散っていく。
「僕にも持たせて」
「アリがフナムシ赤ちゃん捕まえようる。」
「フナムシのお母さん,手にオシッコした!」
「フナムシのお母さん弱ったよ」
兄弟で奪い合いをしている物だから,産後間もないフナムシ母ちゃんは,心なしか少し元気がなくなってしまった。
「可哀想だからそっと放してやってね」
「捕まえたとたんに子供をワラワラ産み落とすって,やっぱり敵をビックリさせてその隙に逃げようと言う作戦かしら?」
題して”トカゲのしっぽ作戦”と私は見た。
「いや,せめて子供だけでも逃がそうと頑張っているんじゃないかな?」
主人のこの”涙の母作戦”を聞くと,母としてこちらの意見に旗を揚げたくなってきた。
もしかすると,ビックリしたのは赤ちゃんの方で,パニクった挙げ句に寿司詰め満員袋から飛び降りを計ったのかも知れない。
がんばれ! フナムシ母ちゃん。
産めよ育てよ,行列してね! 小橋家またまた出撃するゾ。

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