黄 砂 捕 獲  

 2001年3月7日,今日の天気予報はまずまずである。
いつものように洗濯干して,お布団も干したいが,モヤがかかってスッキリしない。
おかしいなぁ。洗濯日和のはずなのにー。またはずれかな?
 仕方ない,見切り発車,これから晴れるつもりでお布団を干しましょうか。

 お昼前,幼稚園のお迎えの主婦の輪である。
「ねぇ,まだモヤモヤした天気ね。向こうの山がケムって見えるわ」
「あれぇ? やっぱり? そう思う?」
大きなマスクをした友人が答える。
「私,花粉症だから,その関係で眼がそう見えるのかと思ってたのよー」
「なんか,黄砂かなって話しているんだけど・・・」
煙る山並みを見たときに頭をかすめていたのだが,黄砂かなと言うことで結論が出る。
「だから,洗濯物も中へ干して・・・」
ぎくっ。洗濯物だけでなく,お布団もバンバン干している。
風強し,黄砂まみれに違いない。

「ほらほら,山が白っぽく見えるでしょ?」
お手々つないで帰りつつ次男と話す
「うん,霧?」
「黄砂っていって,海のずっと向こうの中国の方から,風に乗って砂漠なんかの砂が飛んでくるのよ〜」
「砂漠ーっ?」
キラリ〜ン! 次男の目が光る。
"砂漠"という響きが幼児の興味のツボにはまったらしい。ここでフォローするとしないとじゃ,母の尊厳にかかるってものだ。
「そうよ,スゴイでしょう!はるばる海を渡ってきた砂漠の砂よ!」
「じゃあ,空みてたら服も飛んで来る?」
「・・・,どうして?」
「砂漠で倒れた人の服」
げげっ,砂漠ってそういう行き倒れのイメージなのか?
帰宅するまで,次男と私の黄砂ウオッチングと砂漠を巡る会話は続くのであった。

 黄砂という現象は、中国大陸北西部の砂漠や黄土高原で巻き上げられた細かい砂が、強い西風に乗って日本まで運ばれてくる現象だ。この粒の細かい黄土は,冬には凍っているが,春先になると溶けて風に吹かれて巻き上げられるらしい。その距離なんと3000キロ! 遠く旅して日本まで来るのだ。

 さて,はるばる長旅をした砂ってどんなだろう?
本によると,砂漠によってその砂の成分が違うらしい。顕微鏡で見ると,どこの砂漠の砂か解るそうだ。
この中国大陸の砂漠を見ようじゃないか!
風に身を任せて旅した根性ある小さな粒,そのお姿に一目お会いしたい。そのためには,旅途中の黄砂を捕獲しなくてはならない。
次男と私は帰宅してすぐ,黄砂捕獲秘密装置を庭に設置した。
我が家の庭での風向きは西の風。もちろん,西からの飛来物を想定して角度を付けたり,面を向ける。 

1.ガムテープ作戦 2.受け皿作戦

見ての通り,蠅取り紙風

次男考案・廃物利用

次男考案・引っかかりが多い
3.大規模袋かき集め作戦 4.車のガラス作戦

ウケ口大きく,一網打尽?

  ガラスをピカピカにして
  その上に溜まるものを採る

飛んできた隣の砂埃やゴミも捕獲されるに違いないが,少々細かいことは言わないでおこう。

 午後も午後,しばらくしてー
「あっ お布団忘れてた! 砂漠の砂がますます付いちゃうよ〜」
干しに干して約5時間,黄砂まみれだ。
幼児の意見を聞いてみよう
「寝るとき熱いんじゃない? だって砂漠の砂じゃろう?」
砂漠って,太陽ギラギラ熱いイメージもあるようだ。
今宵の小橋家は,布団に入り込んだ壮大な中国の大地の砂に巻かれて眠るになるだろう。どうせ砂埃にまみれた布団なのだから,夢のある方へ向けて誤魔化そう。

 車を走らせていると,偶然に学校帰りの長男を拾った。
黄砂のことを学校で聞いただろうか?
「ねねね,外を見てごらん,いつもと違わない?」
「どこが?」
・・・どうも聞いていないらしい。しかもこんなに周りが白いのすら気づかなかったようだ。
「ほらほら,向こうの方が白くてケムっているでしょ?」
「なんで?どうして? 霧? 煙? 排気ガス?」
霧ならとっくに晴れてるし,排気ガスだったら皆さん病院行きだ。
「中国からね,はるばる砂が・・・」
「あっ知っとる! 黄砂でしょ? 2年前,幼稚園の時にも黄砂があって,母さん教えてくれたが!」
恐るべし幼児期の記憶ー。肝心の母は全然覚えていないぞ。でもそんな小さな幼児時代にもインパクトの強い現象なのだなぁ・・・。黄砂の秘める砂漠へのロマンがそうさせるのかも知れない。

 再びお気楽主婦の井戸端会議の輪である。
「今ね,黄砂の粒を見ようと思って仕掛けをしてるのよ」
うー,砂漠のロマンを語るに,なぜなぜ笑われる・・・?
「なかなか集まらなくて。しかもガムテープは色がそっくりだし」
「そうそう,透明なセロテープは? くっついたところで合わせて閉じこめておけば,顕微鏡でも見えるじゃん」
おおおー,3人寄れば文殊の知恵,何でこんな簡単なことに気づかなかったの!

 帰宅すると夕方だし,しかも黄砂の量も減ったみたいだった。仕方ない,最終観察段階で採用するとしよう。籠に受けていたものをよく見てみると,底が少しざらついている感じだ。これを透明セロテープでペタペタ集めて閉じこめる。うーん,これって見栄えはまるで蟯虫検査だ・・・。
ちょうど今の時期,花粉情報も発令されているが,この飛散量の測定方法がレトロで面白い。花粉飛散量とは、1日1平方センチメートルあたり、自由落下した花粉を軒下でセロハンテープの粘着面に受けて顕微鏡でカウントした量らしい。蠅取り紙の原理で花粉を集めているのだ。この微少な目に見えないような砂漠の砂だって,きっと捕獲できるに違いない。

 さて,ドキドキして双眼実体顕微鏡で覗いてみる。
双眼実体顕微鏡
デジカメ撮影
スキャナー
直接取り込み技
スケールは1mm

おお! 全体的に薄黄色の微少な粒が点々と見える! 他には黒光りの雲母片やよく解らない鉱物も見える。そして,ホコリくずもー。
この黄色の粒が黄砂なのか??
うーん,西風に乗ってきた隣の畑の土や,隣の広島県の砂場の砂もあるかも知れない。でも,この視野の中に中国から旅した黄砂も混じっているはずだ!
いつものように,子どもと奪い合いながら,ミクロな中国の砂漠の旅を楽しんだ。

「今年初めて,岡山に黄砂が・・・」
夕方のTVニュースを聞いていると,ここ2.3日は黄砂現象が続くらしい。秘密装置3のダンボール製の大物は門の脇に斜めに立てかけて置きっぱなしである。昼間,訪れた方が気を利かせて脇に寄せてくださったらしく,何も溜まっていなかった。で,仕切り直しでそのままにしてある。明日になったらたんまり溜まっているだろうか?
「門のところの箱があったで」
帰宅した主人が一番に口を開く。
主人は几帳面だ。いや〜な胸騒ぎがする・・・。
「こっちの玄関脇に片付けたで!」
がーん,やっぱりだった。
この装置は失敗作,資源ゴミと間違われる見栄えに問題があるようだ。

 夜が更けた今も,この夜空には黄砂が旅をしているのだろう。
街の明かりに黄砂に照らされているのだろうか,夜空が黄色や赤に染まっていつもより明るくみえる。
 この黄砂の広大な故郷の空は,満天の無数の星が見えるのだろうな。
 やっぱり黄砂って,布団が干せなくても咳が出ても鼻がムズムズしても,遠〜い砂漠へのロマンを感じてしまう私である。

 
 
 
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