茶屋町鬼太鼓保存会会長・猪木克太さん
「太鼓は続けるのが難しいんです。」



茶屋町小学校の鬼太鼓は、
昭和63年10月の16日の住吉神社と稲荷神社の秋祭りと、
11月21日の文部省指定の体力作りの研究発表会でのお披露目で産声を上げた。
5・6年の男女、約60人。
放課後や夏休みを使って練習を重ねた。
作曲・指導は、茶屋町鬼太鼓保存会会長・猪木克太さん。

以後、平成18年の今にいたるまで茶屋町小学校の児童は、
メンバーは移り変わりながら、温羅の一生を表現した「鬼神」を叩きつづけている。


さて、その猪木さん。
昭和58年、茶屋町に太鼓を導入した。
「茶屋町の鬼は江戸時代から魔除け、厄除けとして多くの人から愛され続けてきた。
 この鬼に触られると1年間無病息災ができるといわれるほどだ。
 だが、私はそれにぜひ太鼓を加え、新しい茶屋町の伝統としたい。」

今のままでいいんじゃないか。
地元の反発は強かった。
練習をはじめると、騒音問題も持ち上がった。

猪木さんは、借金して、太鼓を買った。
無理して、くりぬき太鼓を買った。

練習を重ねるうち、理解者が増えていった。

昭和59年、大人8人で茶屋町鬼太鼓保存会発足。
以後10年間、
瀬戸内児島ホテルを中心に年間70ステージを経験。

その後、年月を重ね、
現在は小学生から中・高校生も混じり、
体育館で週2回の練習、
年間20〜30回の演奏活動を続けている。



さて、昨年度より、猪木さんは
小学校のクラブ活動の時間にゲストティーチャーとして指導にきてくださっている。

そこでは、特に、太鼓に対する時の心のあり方、
立ち振る舞いの大切さ、
「鬼神」への思い。
そういったものを静かに、しかし熱く伝えてくださる。

「太鼓は続けるのが難しいんです。」

鬼太鼓保存会を立ち上げてから今の状況にいたるまでには、
いろいろなご苦労もあったに違いない。
20数年間も太鼓に携わっている猪木さんの言葉は重い。