「あ、お早うございます。瑞穂さん」「お早うございます。糾さん」
 寝付けないまま早く起き出してしまった朝。多分同じように眠そうな顔をした瑞穂さんと朝の挨拶をしたものの……
 「「……ふうっ」」分かってはいるんだけど、どうしても相手を意識してぎこちなくなってしまう。

 昨晩、ちょっとしたハプニングから僕は『男』であることが瑞穂さんにバレてしまった。偶然にも(!?)瑞穂さんも訳あって女子校に通う『男』だったお陰で、事はそれ以上大きくなる事無く終わったんだけど……

 ……何せ全校生徒の象徴、ある意味理想の女性である『エルダーシスター』が実は僕と同じ男性で、そんな人の前で僕はフォニームの『お姉さま』を演じている訳でして、これを意識するなと云われても。
 瑞穂さんは瑞穂さんで、僕の前でよりによって『エルダーシスター』を演じないといけない訳で、そういう意味では僕より意識してしまうのかもしれない。
 「困りましたね……」考える事は二人とも同じ。正直今の状態では紫苑さんや貴子さん、奏ちゃんや由佳里ちゃん、一子ちゃんの前で何も無いかのように振舞うことが出来ない。
 やむなく誰とも会わずに済む様、お茶だけ頂いて二人で早く寮を出ることにした。


 「あら? お二人とも今朝はどうなさいましたか?」ギクギクギクッ(汗)
 まだ朝も早いのに、玄関先には何故か紫苑さんが。

 「あー、いえ、えっと。紫苑さんこそお早いですね……」「お恥ずかしい話ですが、バスを間違えて少々早く」嘘だ、少々なんて時間じゃない。時々紫苑さんは妙に勘が働く時がある。今日はすごく危険な気が……

 「(じ〜っ)糾さん?」ツツツッ「はっ、はいぃ」這いよる紫苑さん。
 「もしかして瑞穂さんと、その……」げげっ、いきなりバレてますか?
 「確かに、瑞穂さんは殿方から見ても魅力的な方なんだとは思いますが、貴子さんと云う恋人もいらっしゃいますし……」??何か話が妙な方向へ??
 「聖應(ここ)で、『ぼぉいずらぶ』というのは……」「ちょっ!瑞穂さんも僕もそっちのシュミはありません!!」衝撃の腐女子発言に対して慌てて弁解を、弁解を、弁か……あれ?
 チェシャ猫の様な笑顔の紫苑さんと、必死に笑いを堪えている瑞穂さんを見ながら、僕はハメられた事に気付いた……

 「……紫苑さんは、瑞穂さんの事もご存知だったんですね」「ええ、編入してすぐにバレてしまって。糾さんは?」「私は、院長先生や緋紗子先生から最初に紹介されたのですが」「……もしかして、私の時も漏洩(リーク)されていたのでしょうか?」
 すぐに事情を了解してくれた紫苑さんから釈放されて教室へと急ぐ。紫苑さんが瑞穂さんの事も知っていたというのは驚きだったけれども、何となく納得出来るし、何より心強い味方になってくれる……筈だったのに……。

 この時、僕達はいかに今をやり過ごすかに頭が一杯で、すっかり忘れていたんだ。

 ……この学院の、本当の、恐ろしさを……


 〜MARGINAL After〜
 『精霊(おとめ)はご主人様(ボク)に恋してる』
  第六話 「くすり指の教科書」



 「お早うございます、紫苑さま」「お早うございます、貴子さん」
 何時もの様に貴子が愛しい瑞穂と共に通学すべく寮前に着くと、そこには既に紫苑の姿があった。
 「瑞穂さんは用事があるそうで糾さんと二人、先に行かれましたよ」「……そうなのですか?」眉を少し顰める程度で受け流す。以前なら(例え紫苑の前であっても)プックリ膨れているところだ。
 「全くもう!瑞穂ちゃんのアホ〜」ブツブツ云っているまりやを先頭に、瑞穂(と糾)以外の寮生が玄関に出てくる。
 「お早うございます、まりやさん」「あーもう紫苑様、聞いてくださいよー。瑞穂ちゃんが昨晩とうとうやらかしちゃって。挙句に糾さんと二人で先に行っちゃうなんて、ンな事したらどうなるか分かってそうなものなのに!」紫苑に不満をぶちまけた所で貴子の存在に気付いたらしいまりやが口を噤む。
 「どうかなさいましたか、ま・り・や・さん?」刺々しくなるのはまりやが相手だからだけではない。ここで何時もなら『犬猿の仲』を演じる二人だが、珍しく沈黙するまりや。
 「……ごめん。絶対あの二人クラスで話題になると思うんだけどさ。お願い、詮索しないで」珍しく真面目な顔で云われたものだから、思わずこちらも毒気を抜かれてしまう。
 「いやーまぁ、貴子の事だからこうやってお願いしても無駄だとは思うんだけどね〜」「何ですかそれは!! 私が糾さんに焼餅を焼くとでも仰りたいのですか!!」「違うの?」「うっ、それは……」「にゃははっ」


 「しまった……」
 それが今の僕達の心境だった。
 出来るだけ他の生徒の目に付かないよう早く出てきたつもりだったけど、やはり部活で朝練のある生徒や朝補講の生徒が居たらしい。目撃情報に尾ビレに背ビレに胸ビレが付いて、一限目が終わる頃には『お姉さまと糾お姉さまがデキている』という話になっていた。
 「ほとんどの皆さんが面白がっているだけで、本当に信じている方はそういらっしゃらないと思いますよ?」こうなってしまうと紫苑さんにもフォローの手が無く、事態の沈静化を待つばかり。
 お昼まで耐え忍べば、フォニームや貴子さんと一緒に昼食を摂り、こんな噂に終止符を打つことが出来る。僕達はそう信じていた。


 (全く。何やっているんだか)
 当然、噂は一年生のクラスにも流れてきた。当事者とでも云うべき寮生が三人も居るのだからそれは必然でもあった。
 (そんなに意識することなのかなぁ?)ポーカーフェイスの裏で暢気な事を考えながら、フォニームは鉛筆を走らせる。
 確かに瑞穂の件は驚きだった。が、糾が『女生徒』としてこの学院に受け入れられている以上、同じ様な立場の人物がもう一人や二人居た所で吃驚はしない。
 『糾と同じ位女生徒が似合っている。いや、もしかするとそれ以上かもしれない』人物がこの世に居ることが驚きなのだ。
 由佳里や奏もおおよその事情を察しているらしく、周りからは傷心のヒロインにも見えるフォニームにはあえて何も聞いてこないので、他のクラスメイトも聞くに聞けない状況になっている。
 そんな二人に感謝しつつ、今日一日が静かに終わるといいなと願う彼女だった。


 (全く。何なのですか)
 当たり前ながら、噂は貴子のクラスにも来襲した。
 いつもならば、周囲に冷やかされながら瑞穂のクラスに行き、話をするだけで、否、彼の顔を見るだけで、貴子の心中では解決する問題だった。
 (どう云う事なのでしょう……?)わざわざまりやが『詮索するな』と云ってきた以上、プライドがどうこう以前にそうする訳にもいかない。
 瑞穂はもちろん、糾やフォニームについても信頼が置ける人物だと思っている。間違っても『男女の仲』になるとは考えていない。
 (とすると……)瑞穂が男性であることが何らかの事情で糾にバレてしまったのだろう。そこまでは想像が付くのだが、何ゆえまりやがあの様な事を云って来たのかが分からない。
 (フォニームさんには知られていないから? でも他の寮生は知っていることをわざわざ……?)
 この時期の三年生のクラスなど自習程度しかなく、進路が決まっている生徒達が暇潰しと思い出作りの為に集まっている様なものだ。それでも授業時間中の教室が静かなのは流石聖應の處女と云うべきか。その静けさの中、貴子は思索を巡らす。
 (それとも、糾さんに何か……あるのでしょうか?)
 自分の例を挙げるまでもなく、瑞穂が『男性』であると知った糾が、瑞穂を過剰に意識してしまうのは仕方がないと思う。例えそれが恋慕とは違う感情であっても、普段通りで居られなくて当然だろうが、逆に瑞穂が糾をそこまで意識するというのは理解出来ない。
 (何か、とんでもない現場にでも出くわしたとか?)
 例えば、糾さんとフォニームさんが……と妄想しかかった所で、授業時間中には相応しくない考えだと思い直し頭を振る。
 (あのお二人は『姉妹』だと云うのに、何とはしたない)
 しかし、何かが心に引っ掛かる。二人の姿に思い当たる節があるのだ。

 ……それが何なのか気付いたとき、貴子の行動は決まった。


 「君江さん。お願いがあるのですが」「か、会長。何でしょうか?」「もう。私は会長ではありませんよ。会長は君江さん、貴女なのですから」「し、しかし……」
 休み時間、貴子は新生徒会長、菅原君江の教室に来ていた。
 「何時までも私を会長と呼ぶ様では駄目ですよ? それはともかくとして、昼休みに生徒会室を貸して頂けませんか?」「はい、それは構いませんが……それは今朝からの噂のせ」「き・み・え・さん(ニッコリ)」「ひっ!」

 「失礼致します。三年の厳島と申しますが、フォニーム・フォイエルバッハさんにお取次ぎ頂けますか?」「いっ、厳島会長っ! フォ、フォニームさんですね。し、しばらくお待ちを」何故かキャーという黄色い歓声に沸き立つ昼休みの教室を見渡しながら、貴子は三人の姿を探す。
 「へっ、会長さん?」「珍しいのですよ〜」「貴子お姉さま?」声がした方を向くと、貴子が弁当箱を片手にこちらを見ている。視線に気付くとそれを掲げてきた。
 「お昼を一緒に、って事かな? 行って来るね」


 「失礼致します。三年の十条と申しますが、周防院奏さんにお取次ぎ頂けますか?」「しっ、紫苑お姉さま! か、奏ちゃんですね。し、しばらくお待ちを」何時も以上の黄色い歓声に沸き立つ教室を見渡しながら、紫苑は三人の姿を……「あら?ファムちゃんが居ません」
 「紫苑お姉さま、お待たせ致しましたのですよ〜」「お待たせしましたー」何時もの様に二人は弁当箱を片手に出て来る。「奏ちゃん。ファムちゃんはどうかしましたか?」弁当箱を手にしていてはムギュッと奏を抱き締める訳にもいかず、残念そうな紫苑が尋ねる。
 「ファムちゃんなら、会長さんが迎えに来たのですよ〜」「そうそう、さっきの紫苑お姉さまみたいに」「あら、そうなのですか」珍しい事も……いや、今朝の状況ならそれも仕方ありませんね、と納得の紫苑。
 「それでは、四人でお昼にしましょうか」


 「あ、あれ?」永かった午前中の授業時間が終わり、ふと気付くと紫苑さんの姿が教室から消えている。
 「そういえば……」貴子さんもフォニームも来ていない。「どうします?」
 考えたところで大した答が出る筈も無く、とりあえず二人で貴子さんやフォニーム(や奏ちゃんや由佳里ちゃん)を迎えに行く事にした。

 「失礼致します。A組の宮小路と申しますが」「おっ、お姉さま! たっ、貴子さんですねっ!」黄色い歓声に沸き立つ教室を見渡しても、貴子さんの姿が……「お姉さま申し訳ありません!! 貴子さんは席を外しているようです」
 「そ、そうですか……」

 「失礼致します。三年の宮小路と」『キャ〜〜〜!!!』耳を劈く歓声に思わず僕達は後ずさってしまう。「今日はなんという日でしょう。会長さまに紫苑お姉さま、そしてお姉さまと糾お姉さまにまでお目にかかれるなんて」「素晴らしい日ですわ。放課後是非礼拝にいかないと」
 やたらと盛り上がっている教室を見渡してから、僕は受付嬢さんに声を掛けてみる。
 「す、すごい歓声ね……」「も、申し訳ありません。お姉さま方皆様がお見えになるものですから……」「ところで、フォニームさんは?」「フォニームさんはお昼休みになってすぐ厳島会長がお迎えに。奏さんと由佳里さんはその後で紫苑お姉さまが……」
 「そ、そうなのね」これはどう判断すればいいのだろう。紫苑さん達三人はさておき、フォニームと貴子さんの組み合わせは一体……。もちろん貴子さんは信頼出来る人だし、結果としてフォニーム経由で僕の事が伝わっても困る事は無いと思うんだけど。

 「どうします瑞穂さん?」「……とりあえず今からみんなを探しても休み時間が削られてしまうだけなので、教室に戻ってお昼にしましょう……か?」「そうですね」


 「全くもう!貴子のアホ〜」「でもまりやお姉さま。あーゆー云い方をすると会長さんの場合こうなるのは当然のような」「そうですまりやさん。そのまま生暖かく見守っていれば、色々と楽しめましたのに」「紫苑お姉さま、それは黒いのですよ〜」
 四人で食堂のテーブルを囲みながら、昼食兼密談の真っ最中。
 まりやお姉さまと紫苑お姉さまは全ての事情をご存知なんだろうな、と思いつつも問い質したりはしない妹二人。これはこれで見事な信頼関係がお互いの間に存在しているからこその芸当だろう。
 「で、どうします紫苑さま? ファムちゃん救出に行きます? どうせ貴子の巣なんて生徒会室位しかないんだし」「あの二人がどういう会話をしているのか聞きたい気もしますが……止めておきましょうか」「えーつまんなーい」


 「どうぞ、貴子お姉さま」「ありがとう。頂きますね」
 貴子の巣、こと生徒会室。先程まで昼食を咀嚼する事に専念して無言だった二人だが、食後のお茶をフォニームがサービスしたところでようやく会話を交わした。
 「あ、美味しい……」お互いに話したい事、尋ねたい事はあるのだが、どう切り出したものか。

 「……貴子お姉さまは、『瑞穂さん』とお付き合いしているんですよね?」まずはフォニームから軽いジャブ。あえて『お姉さま』という敬称を付けず、貴子が瑞穂の正体を知っているのか様子を伺う。
 「そうですね。『宮小路瑞穂お姉さま』とは色々ありましたが、『瑞穂さん』とはその様な関係だと云っていいと思います」微妙なニュアンスを察したらしい貴子も、『お姉さま』と『瑞穂さん』を使い分けて返答する。

 「あまり驚かれていないようですね。瑞穂さんが男性だと云う事に」「えっ」今度はストレートに貴子の反撃。「それとも、見慣れていらっしゃいますか? あそこまで素敵な女性になれる『男性』を」「……何で分かったんですか?」
 「ふふっ。午前中お二人の事を考えていて気付いたんです。糾さんがフォニームさんを見つめる視線。あれは瑞穂さんが私を見ているときと同じなんだって」惚気を多分に含んだ貴子の種明かし。
 「恐らく瑞穂さんと糾さんは互いが男性だと知って、同性の前で理想の異性を演じることに照れ臭さを感じているのでしょうし、まりやさんが朝ああ云ったのも、私に糾さんの正体が不用意に分かるのを嫌がったのでしょう」
 「……最初から貴子お姉さまに相談した方が、面倒な事にならずに済んだみたいですね」半ば呆れた様にフォニーム。
 「ええ、当然です。……ところでフォニームさんと糾さんのご関係って?」今更兄妹なんて云っても無駄ですよ、と貴子の顔に書いてあるのを見て、何処まで話をしていいものやら悩むフォニーム。
 「ええと、私は糾の家にお仕えしている、その……メイドで……」とりあえず面倒なので自分に関しては本当の事を云ってみる事にする。
 「メイド……ですか……? ああ、そういえば糾さんと二人、お揃いのメイド服姿を披露して頂いた事もありましたね」普通なら『メイド』で動揺する所だろうが、もはやその程度では驚かない。
 「んと、正確にはマ……母が糾の家にいて、私はその娘で……」
 「お母様、と云うと以前お会いした寮母さんでしょうか?」「はい。で私が今名乗っている『フォイエルバッハ』と云うのは糾の母方の名前です」
 「な、何か聞き覚えがあるお話ですわね」
 「そ、それで色々とあったんだけど、私は糾と結ばれて。その、あの、将来を誓い合ったと云うか……」
 「つまり、糾さんはフォニームさんの『婚約者』という事でよろしいですか?』このままだと惚気話が延々と続きそうだったので、結論を先取りしてみる。
 「こ、婚約者……」顔を真っ赤にするフォニーム。「そ、それでお願いします!」何やら変な答えになってしまった。
 「はいはい、分かりました」それを見て自分も微笑ましくなる貴子。紫苑が奏を愛でる気持ちが少し分かった気がする。

 「その、貴子お姉さま。お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
 「?何でしょう」
 これを聞いてしまうと糾の事も貴子に伝えないといけなくなる……と思ったものの、どうしても誘惑には勝てない。
 「あの、瑞穂お姉さまの本名ですが、ひょっとして『鏑木』ではありませんか?」
 「……何故、そう思うのですか?」静かにカップをソーサーへと戻し、あえて否定も肯定もしない貴子。
 「まりやお姉さまは瑞穂お姉さまの事を全てご承知でした。まりやお姉さまは『御門』。なおかつこの学院に色々と無茶が通るとなると、そうなのかな、と」
 「それだけ……ですか?」
 「……鏑木家の嫡男のお名前は、『瑞穂』だったと思います」そこで居住まいを正し続ける。「ご挨拶が遅れました。私、天璋院家家令フィン・テンニエスが娘、フォニーム・テンニエスと申します」
 「天璋院……名前だけは聞いた事があります。殆ど表には出て来ないが、政界と財界に隠然たる力をお持ちだとか。ただ、確かご当主は……」
 「はい、それで先代の孫であり長年家を離れていた糾を新当主に迎えました。糾はそういった事はまだ何も知りませんが、私は母から一通り教わっています」
 「……ふぅ。私が瑞穂さんの本名を知らないとは考えなかったのですか?」あまりに真っ正直なフォニームの返答に苦笑気味の貴子。でもそれゆえ、こちらも真っ正直に瑞穂への思いを伝えてみたくなった。
 「これでもその事を伺ったときは結構悩みました。学院祭で『ロミオとジュリエット』を演じたばかりでしたから特に」「あ……」厳島と鏑木の関係はまさしく……
 「シェイクスピアには悪いですが、私達は悲劇で終わるつもりはありませんよ?」冗談に見せ掛けた貴子の決意表明。やっぱりこの女性(ひと)は美しいな。

 「そ、それでですね……」昼休みもあと少し。そろそろ生徒会室をお暇しようという時になって、急に貴子がモジモジし始めた。「ファムさんは、糾さんと、その、そういった、ご関係、なの、です、よ、ね?」「……!」真っ赤になった貴子を見て、何を聞いてきたのか理解したフォニーム。
 「あ、あまり大きな声では云えませんが、あの、えっと、そうです」こちらもついつい顔が真っ赤になってしまう。
 「あ、あの……」真っ赤な顔を更に赤くして貴子が言葉を搾り出す。「そういった事について、後から、その、色々ご相談、させて、頂いても、よろしい、ですか……?」

 「ええ、喜んで」精一杯艶然に、フォニームは答えた。


 「ぐあ」あ、瑞穂さんが変な鳴き声を上げている。
 昼休みが終わり、噂は『お姉さまが会長に振られた』など混沌化の様相を呈してきた。
 僕自身はフォニームが貴子さんと仲良くなってくれるのは喜ばしい事なんだけど、瑞穂さんはちょっぴり心配性らしい。
 まあ、こういう壊れた瑞穂さんを見る機会もめったに無いだろうから……はっ! なにやら思考が『紫苑(ダーク)サイド』に堕ちていたようだ。
 「……糾さん。今何か妙な事を考えましたね?」「いえ、なにも(汗)」


「な、なんとか終わった……」「……」永かった一日が終わり、放課後。
 とりあえず、昼休みの様な状況を避けるため、僕は紫苑さんを確保し、瑞穂さんは貴子さんを迎えに行った。
 「お疲れ〜っと」「お疲れ様でした」「なのですよ〜」まりやさん、由佳里ちゃん、奏ちゃんも教室にやって来……あれ? フォニームは??
 「糾お姉さま御免なさいなのですよ〜」「ファムちゃん、終わると同時に教室を飛び出しちゃって……」「そうなの!?」
 「……また、貴子さんが……」瑞穂さんも一人で肩を落として戻ってきた。
 「まーたあの二人? 瑞穂ちゃん、ホントに貴子から振られたんじゃない?」
 「あ、あはははは……」それを聞いた瑞穂さんはorz
 「それは冗談として、どうする? どうせ二人とも寮に寄らない筈はなし。とっとと帰る?」「あら、それは駄目ですよまりやさん」「どうしてです紫苑様?」
 「こういう時は、王子様はお姫様を迎えに行くものだと決まっていますから。ね、瑞穂さん」
 『瑞穂さん』と云いつつ僕にもお茶目にウインクを決める紫苑さん。
 「……そうですね。これで帰っちゃうと本当に振られそうな気がするし……」その言葉に、どうやら立ち直ったらしい瑞穂さん。「では、私もお供しましょう。妹がご迷惑をお掛けしている事ですし」
 「それでは、お先に失礼しますね」僕達二人を置いて、みんなは教室から出て行く。
 「ところで瑞穂さん。どこかアテ、ありますか?」「……放課後は生徒会室を使用するので、他の場所なんだろうとは思いますが」流石に虱潰しに教室を当っていくのは面倒だし、時間を掛けて入れ違いになっても困る。
 「多分、あそこかな……」アテがあるフリをして、精霊力(ちから)で探ってみる。

 「ここ、ですか?」「ええ」辿り着いたのは『修身室』。放課後は華道部・茶道部の活動の場となるらしいが、今日は部活動は休み。
 といっても無人という訳ではなく、確かに人の気配がする。
 「どうします瑞穂さん?」「折角二人が話をしているのを邪魔するのも何ですし、少し待っていましょうか」「ですね」
 近くの教室から椅子を二脚借り、廊下に二人並んで座る。
 「……ふあぁ〜」あ、まずい。睡眠不足と今日一日の精神的疲労で急に眠気が……

 zzzzzz

(「糾、おはよ」)ふと気付くと、僕の体は畳の上に仰向けになり、上からフォニームが覗き込んでいた。これはもしかして『膝枕』とゆー奴ですか!?
 (「あ、あれ?」)(「シーッ!」)声を上げようとする僕を制するフォニーム。
 (「おはよう、フォニーム。ところでここは?」)(「修身室だよ」)静かに体を起こすと、床の間のある和室が目に飛び込んでくる。そして、僕と同じ様に膝枕されている瑞穂さん。
 (「ど、どうしたの?」)(「それはこっちの台詞。部屋を出たら二人して寝てるんだもん。貴子お姉さまとここに運びこんだんだから」)(「ごめん」)どうやら二人で爆睡していたらしい。
 完全に体を起こし座り直すと、瑞穂さんに膝枕している貴子さんと目が合う。
 何となく会釈すると、貴子さんは微笑んでからそっと眠っている瑞穂さんに掌を添える。
 (「あ……」)なんか……すごく……
 (「……ファム」)(「ん、何?」)(もう一回、膝枕、してもらって、いい?」)


 「あの時の瑞穂さんの落ち込み様は見物でしたよ」「まあ。それは是非拝見したかったですわね」「……二人とも勘弁して下さい」
 暫くして瑞穂さんも目を覚まし、僕達は揃って下校する。
 寮までの道程で、色々と四人で確認し合う。僕や瑞穂さんの事、僕達以外で誰がどの程度状況を知っているか、今後をどうするか(と云っても、今まで通り過ごす以外に有効策は無いけど)等々……。
 ……それはそれとして。
 「散々手を焼かされた『姉』としては、どうやったらこんなにもフォニームを手懐けられるのか、是非教えを請いたい物ですね」元々相性は良さそうだったけど、よく一日でここまでの関係を築けたものだと感心するやら呆れるやら。
 「まあ、『手懐ける』だなんて。ファムさんはとても素直で可愛らしい方ですよ」「そう云って下さるのは嬉しいのですが……」ちょっぴり頬を膨らませたフォニームが見えたのでこれくらいで自主規制。そういえばいつの間にか『ファムさん』になってるし。

 「あ、あれ?」夕陽に照らされたフォニームの肩に何やら妙なモノが。どうみても毛、それも狐耳の毛だよね……?
 「あ、付いてた?」サラリと流すフォニーム。慌てて貴子さんに目を遣ると苦笑気味の微笑みが返って来た。何かもう色々と考えるのが馬鹿らしくなってくるなぁ。
 「……貴子さん。妹を一人飼ってみる気はありませんか?」折角なので卒業までの短い間だけど、フォニームの事をお願いしようかな。
 「宜しいのですか? 糾さんはてっきり光源氏を目指していらっしゃるのかと思っていましたが」突然の事に目が点になっている瑞穂さんを尻目に、あっさり引き受けてくれる貴子さん。まぁ予想は出来てたけど、僕達二人の関係もバレてるよねきっと。
 「……若紫には北山の尼君が必要でしょう?」「ふふっ、責任重大ですね」意味深な笑いを浮かべる貴子さんにフォニームを押し遣る。
 「貴子お姉さま。これからもよろしくお願いします」「こちらこそよろしくお願いしますね、ファムさん」
 「あ、あはははは……」あ、瑞穂さんが本日二回目のorz
 「……僕にだって奏ちゃんが居るんだから、糾さんがファムちゃんの『お姉さま』でもいいと思うんだけどな……」わはは、何か拗ねているっぽい。
 「でもお二人は『兄妹』ですから、『お姉さま』を務めるにも限界があるのでしょう。折角のお願いですし、お引き受けしますよ」そんな瑞穂さんのご機嫌を取りつつ僕達二人の関係もフォローしてくれる貴子さん。
 「ところで……『姉妹』になる際は何かしきたりなどがあるのでしょうか?」「さあ、別に…」「接吻しないといけません」へ? 「瑞穂さん、今何と仰いました?」そんな事一子ちゃんから聞いてないよ!?
 「姉妹で接吻を取り交わす必要があります」拗ねモードからいぢわるモードに入ったらしい瑞穂さんが無茶を云い出す。
 どうなることやらとワクワクしながら見守っていると、出来立ての姉妹は一度僕を見てから、貴子さんが両手でフォニームを抱き寄せて……額にキスをした。それを受けて今度はフォニームが貴子さんの掌を取って唇を寄せる。
 いぢわるをいぢわるで返された瑞穂さんは本日三回目のorz
 「……ここまで落ち込んでいらっしゃる瑞穂さんを見るのも久しぶりな気がします」「姉妹愛の勝利ですね!貴子お姉さま」どちらかと云えば瑞穂さんの自爆だよね、うん。

 「でも、そこまで焼き餅を焼いて頂いて、嬉しいですよ」そう云うと貴子さんは瑞穂さんを抱き締めて……「見ちゃダメ!」

 ・
 ・・
 ・・・

 「あの三人、初めから仲良しさんでしたね。瑞穂さんは気付いていらっしゃらないご様子でしたが」「今の貴子しか知らないせいか好意丸出しでしたからねー。貴子は貴子であんな好意を向けられた事が無いもんだから、馬鹿みたいに素直だし」
 「でも、それはそれで良いのではないでしょうか。貴子さんも可愛らしいですし」
 「どうせなら紫苑様に『お姉さま』をお願いすればいいのに。……でもまぁ、今の貴子にならしょうがないか」「まりやさん。ちゃんと貴子さんへの評価、高いんですね」「不本意ですけどね。こんなの絶対貴子には聞かせられないわ」



※あとがきみたいなもの※

 ネタとしてはそれこそ『ハプニング』掲載当初から考えていたものの、ロンドンオリンピックと共に創作の妖精さんが舞い降りたらしく、今頃形と相成りました。
 本来は7話シリーズという設定だけは壮大な話なので、後半に位置している本話だけでは分からない伏線やら設定やらが組み込んであるのですが、単品向けにその辺を若干アレンジしたバージョンでお届けします。



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