>大原孫三郎  

大原孫三郎とは
倉敷のありように触れるときには大原孫三郎を避けることができない。大原孫三郎は倉敷の実業家であり、大地主でもあった大原孝四郎の三男として誕生し大原家を継承した。明治13年(1880)生、昭和18年(1943)没、享年62才。
大原美術館を初めとして、文化・研究・福利・産業などの各方面に私財を投入し数多くの施設を残した。ノブレス・オブリージュを果したわが国では希有の人材と言えよう。
江戸時代初期の岡山池田藩士であった津田永忠が今の岡山県の礎を築いたとすれば、大原孫三郎は今の倉敷市の形を築いたといえる。岡山県には歴史に名を残した人材は数多くいるが、真に偉大と言える人はこの津田永忠と大原孫三郎の二人しか思い浮かばない。
大原孫三郎についてはウィキペディアに詳しい説明があるが、「わしの眼は十年先が見える−大原孫三郎の生涯(文庫版)」にも詳しい資料が記載されている。城山三郎は10年先が見えると書いたが、今から見ると100年先を見据えていたとしか思えない。その大原孫三郎の数々の遺産の中で最高のものが、孫三郎を超えたとも評される子息の大原總一郎である。

  大原孫三郎(ウィキペディア)

  「わしの眼は十年先が見える − 大原孫三郎の生涯」 (城山三郎/飛鳥新社/1994)

  「わしの眼は十年先が見える − 大原孫三郎の生涯(文庫版)」 (城山三郎/新潮社/1997)


  大原總一郎(ウィキペディア)

  「大原總一郎 − へこたれない理想主義者」 (井上太郎/中公文庫/1998)