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篠島ゆうき/小学4年生 10歳
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修学旅行中のホテルはネット環境になかったので、ここへの書き込みがすっかり遅くなってしまいました。まあ、書きたいネタはいっぱいありますので、これから時系列に沿って書き進めていきます。
19日(火曜日)<第1日目>
出発日だというのに、早朝から学校に出て仕事をしていました。仕事熱心だねえ、と、いうよりも、留守中の3年生の授業の自習課題がまだできてなくて、かなり焦っていたというのが真相です。ま、そんな引率者は他にはいなかったので、同僚からはしっかりとあきれてもらえました。中には、「困るなあ、そんなこと(出張の空き時間に出勤)されては」という人もいましたが。何とか自習課題の用意もできて、10時に出て、バスで空港に移動しました。
空港リムジンバスの運転士は、若い女性でした。最近は、タクシーやバスの運転士にも女性が目立つようになりました。女性の社会進出は、確実に男女格差の縮小に動いています。私の学生時代と大きな違いを感じるのは、工業高校や大学工学部における女子学生の比率の上昇と、女性校長の増加です。また、理系クラスにおける女子の比率の向上も顕著です。だいたい、理系が男子中心という発想がいかに科学技術の発達を阻害しているか、文系・理系という進路指導が日本国民の科学リテラシーの育成にどれだけ障害になっているか、・・・という話を始めたらきりがないので、もうやめますが。ただ、女性の社会進出のピークは、実は男子労働力が激減した戦時中にあるのですけどね。
空港には11時半集合でしたが、11時前から生徒は集まり始めていました。県教委の指示により、全員がマスク姿です。同じ便に乗り合わせた他校も全員がマスク姿で、一種異様な光景です。写真屋さんに、マスク姿での集合写真を撮ればいいのに、と言ったら笑われました。絶対に、思い出に残る写真になると思うのですが。ただ、マスクも売り切れ続出で、購入に苦労した生徒も多かったようです。那覇までは約2時間の飛行です。飛行機の中は、定員150人中の100人以上が修学旅行客でした。
着いた沖縄は、梅雨入りして雨でした。で、雨の中、那覇空港に着陸したのですが、窓の外に素晴らしい光景を見ることができました。那覇空港は、海上自衛隊との共用飛行場です。その格納庫の前に、10機以上のP3-C(対潜哨戒機)がずらりと並んでいたのです。いやー、壮観でした。しかし、こんなに駐機したままって、ちゃんと仕事をしているのかなあ。ま、冷戦が終わって出動が減っていると解釈しましょう。
まずは、観光バスで首里城公園へ。空港前からモノレールができていてビックリ。鉄道がなかった沖縄にも、とうとう鉄道ができてしまいました。5年ほど前の開通時には、珍しくて乗りに来た人でにぎわったそうです。さて、首里城ですが、警備員がみんな、琉球の民族衣装を着ているのが印象的でした。売店でのお釣りには、ここの守礼門がデザインに入っている2千円札が確実に入ります。売店では、ほとんどの生徒がトロピカル味のソフトクリームを買って食べているなか、私は「さとうきび100%生ジュース」を買って飲んでいたら「しぶい」と言われました。味は、黒砂糖を水に溶いて、さらに希釈した感じです。濃縮前なので糖分が少なく、手についてもベトつきません。
観光客のかなりの部分が、県外からの修学旅行と、地元の遠足です。で、パンツが見えそうな超ミニミニスカートの制服の女子高校生集団に遭遇。で、うちの生徒は度肝を抜かれていました。しかし、ほとんどの女子にとって、残酷な現実を突きつける制服になっています。だって、よほどの脚線美がない限り、似合っていないわけですから。眼福と言えるのは、ほんの一握りの生徒についてのみです。うちの女子生徒たちの反応の大部分は「あんな恥ずかしいの、はけない」でした。
沖縄本島は、南北に120キロありますが、東西で一番細い所は3キロしかありません。そんな島内を、最近できた高速道路でひたすら北上します。さすがに、沖縄ナンバーの車しか走っていません。で、面白い看板に遭遇。四国の高速道路では「鳥獣の飛び出し注意」ですが、米軍基地の近くと思われる場所で「流れ弾に注意」って、いったいどうしろと言うのでしょうか。「落石注意」以上にわけがわかりません。とにかく、翌日のマリンスポーツ体験を行う本部(もとぶ)半島のホテルに到着。
ホテルでは、大阪の高校の修学旅行と同宿になる予定でしたが、相手は新型インフルエンザ対策による休校になったため急遽キャンセルとなり、うちの学校の貸切状態になってしまいました。地元のニュースでも言っていましたが、関西からの修学旅行がキャンセルで壊滅状態のため、観光地では万単位で客数が落ちて大変なことになっているそうです。添乗員さんが言うには、キャンセルが急で大規模すぎるので、旅行業界も対応が大変な状態だそうです。ホテルなどでは空きができただけでなく、用意していた食材の廃棄というムダも相当出ているようです。うちの学校の「油断はしないが過剰反応もしない」で十分だと思うのですけどね。
ホテルの夕食はバイキングということでしたが、なぜかトレイの上に強制的に1品ずつ盛りつけられていきます。で、盛り合わせ定食みたいな夕食が完成。バイキングは、残ったおかずの取り放題でした。なんか、違うと思う。それにしても、最近の高校生は少食になっています。おかずはかなり残っていました。ま、ホテルも客が突然半減したので、材料が余って作りすぎたみたいでしたが。ちなみに、最近の大学生はオサレになって、愛媛大学の近所の「質より量」の学生向け定食屋のメニューも、私の学生時代に比べて7割くらいに量が減っています。最近の男子学生は、たくさん盛りつけても残すのだそうで。
この日の自動販売機や売店で見つけた変わりドリンクは次の通り。タンカンラムネ、シークワーサーラムネ、チョコドリンク、うっちん茶(各社いろいろ)、さんぴん茶(各社いろいろ)、さんぴん花茶、柿の葉入りグアバ茶、四季柑ドリンク、ルイボス茶、青切りシークワーサードリンク、充実野菜ゴーヤミックス、ハイビスカス花茶、マンゴードリンク(各社いろいろ)、グアバドリンク(各社いろいろ)、シークワーサー系ドリンク(各社いろいろ)、といったところです。ホテルの売店では、ウミウシ100種の図鑑シールを見つけてしまい、思わず買ってしまいました。生物準備室の同僚には、沖縄の海の魚図鑑の下敷き数種類を買ったのでした。
20日(水)<第2日目>
一部の運動部の生徒は、県総体直前ということもあり、滞在中も早朝トレーニングをしています。この日は朝食後、まずは海洋博公園の沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館へ。高さ10m、幅35m、奥行き27mという大水槽には、8m級の複数のジンベイザメや人間よりも大きなマンタの群れ、南方の魚類がいっぱいです。ちなみに、水槽のアクリルパネルの厚さは60センチ以上。と、いうアクリルパネルのサンプルを角度に苦労して撮影していたら、変な目で見られたのでした。ここは数年前にできたばかりのかなり大規模な水族館で、深海生物やサンゴ礁生態系、ウミガメ館、マナティー館、イルカラグーンなどもあり、とても見応えがありました。経路の途中にある説明シートを取っていくと、16枚そろって海洋生物図鑑ができあがります。ただ、広すぎて、2時間という制限時間内に全部回るのは無理でした。
昼食は、ナゴパイナップルパークで。ここはパイナップルの大規模農園で、いろいろな関連商品の開発が行われているようでした。ここでは、食後の売店で、いろいろなタイプのパイナップルワインやシークワーサーワインやパイン酢や各種ジュースの試飲、あらゆる土産物のお菓子の試食をしまくって、ほろ酔いで気持ちよくなってしまいました。お土産に、パイナップルワイン(甘口と辛口のセット)、シークワーサーワイン、パイナップルの芯の漬け物、姫パイン鉢植えセット、パイン炭(パイナップルを丸ごと1個炭化させた脱臭剤になる置物)を購入しました。
午後からは、マリンスポーツ体験学習。シュノーケリングやバナナボートなどです。あいにくの雨になりましたが、どうせ濡れるのだから一緒です。さすがに、この天気では他の客はなく、完全にプライベートビーチ状態でした。なお、スクール水着を基準とするという指導に逆らって、気合いを入れた水着を買っていた女子生徒も多かったようですが、ウエットスーツを着てゴム人間になってしまうので、その努力は全くのムダになってしまったのでした。ま、ここでの研修はインストラクターにお任せなので、引率者としては楽でした。
夕方からは、天気が回復したのでバーベキュー。肉やシーフードだけでなく、最後は焼きそばで締めになります。一番早く完食したのは、私が焼き奉行(?)を務めた教員チームでした。が、生徒たちはそれだけではすまなかったのでした。鉄板なのをいいことに、ご飯で焼きおにぎりを作り始める男子生徒、ご飯と焼きそばの残りでそばめしを作り始める女子生徒、残った具材でチャーハンを作り始める女子生徒、と、もうメチャクチャ。ホテルの人もしっかりあきれていました。ただ、沖縄の美しい海へのサンセットを眺めながらの野外食は、とても美味しかったです。
ホテルの部屋で見る沖縄のTVニュースでは、関西からの修学旅行の大量キャンセルが大きな問題になっています。新型インフルエンザへの対応は、本来は社会的損失を防ぐための方策であるべきなのに、対策を実施するほど社会的経済損失が増大していくという、本末転倒な事態になってしまっています。それにしても、昨年はマスコミで使用が問題視されていたタミフルが、新型ウイルスに効くとわかった途端に救世主のような扱いで報道されるのを見て、なんだかなあと思います。でも、今使ってしまうと、秋以降の本当の感染シーズンに足りなくなって困るんですけどね。100年前のスペイン風邪も、当時の手記を読んでみると、春から夏の第1波は弱毒株でたいしたことがなく、秋から冬の第2波が強毒化していて死者が続出したことがわかります。ですから、決して油断はできないわけです。
それよりもビックリしたニュースがありました。生徒指導用の記録簿に、非行歴や病歴を記載することに対して、ある地方の個人情報公開審査会で問題視され、保護者から記載の削除の訴えがあったというのです。で、沖縄県教育委員会が対応を協議中って、ちょっと待って、と言いたいですね。それを禁止されたら、進級する際に旧担任から新担任に生徒情報の伝達ができなくなります。ま、学校で生徒指導や個別指導をするなというのならわかるのですが、そういうことにはならないでしょうし。だいたい、非行歴を記録するのに「本人の承諾を得ていないのが問題」って、どうやったら承諾なんか得られるのでしょうか。あと、「書いてあることが正しいか本人や保護者が確認できないのも問題」なのだそうです。実は、請求があれば公開されることになっている「生徒指導要録」には、本人に不利なことを書いていると裁判で学校(教員)が負ける事例が続出し、本人が不利になる本当のことが書けなくなっているのです。そこで、公開されない内部資料としての内申書が別に必要になっているわけですが、それもダメとなると、口述伝達しかできなくなりますねえ。なんか、伝言ゲームでとんでもない間違いが伝わっていきそうですな。まったくもって困ったもんです。
21日目(木)<第3日目>
この日は、高速道路を南下して、まず琉球大学のキャンパス見学です。琉球大学では、教育学部の学生による高校生へのキャンパス案内の企画があり、それを利用しました。しかし、とにかく広い。国立大学では、北大、筑波大に次ぐ全国3位の敷地面積だそうです。で、錆びたガスボンベが鐘のようにぶら下がっていました。昭和25年の開学当時は、このガスボンベを叩いてチャイムの代わりにしていたのだそうです。また、教育学部の前には「教員採用試験まであと59日」という大きな掲示板があり、気合いが入っていました。失業率が全国最高という沖縄では、教員というのは最も人気がある職業の一つになっています。なお、ここで初めて沖縄ナンバー以外の車を見つけることができたのでした。
続いて平和学習です。まずは、ひめゆりの塔へ。生存者5名だったというそばのガマ(洞窟)を覗くと、思っていたよりも垂直に切り立っているのに驚きました。ちなみに、ここは1975年に皇太子(現在の天皇)夫妻が訪問したときに、中に左翼過激派が潜んでいて火炎瓶を投げつけた場所でもあります。皇族が来る時には普通なら警備上の事前チェックをするところですが、沖縄の聖地だから警察も中に入って調べることができなかったのだと言われています。が、左翼過激派の方が「聖地を汚した」として、地元でも急激に支持を失った事件でした。一方で、強制避難させられた皇太子の第一声が、そばにいた語り部の方の安全を気遣う言葉だったということで、株を上げた事件でした。で、当時の左翼寄りのマスコミは、事件を起こした過激派よりも、事件を防げなかった警察の失態を糾弾しています。そして、これに懲りたそれ以降の警察が事前チェックを強化すると、「過剰警備」と言って糾弾を強化しています。で、マスコミではそういう理不尽な反体制記事を書いていた当時の若手が、今の幹部世代なんですよね。ちなみに当時、地元の記者は犯人が潜んでいたことを事前に知っていたと、TVで自慢気に語っています。
うちの生徒たちも、ひめゆり部隊生き残りの語り部(80歳のお婆さん)から、当時の体験を聞きました。あまりにも生々しい話に、生徒は息をのんで聞き入っていました。語り部の方が自分たちと同じ年齢だった時の体験談なのです。最後まで一緒に逃げていた18人を一度に失って(米軍の銃撃と自決)、自分だけが生き残ったという人でした。普通なら、事後に拍手が起こるところですが、今回ばかりは凍り付いたかのように何のリアクションも起こりませんでした。私は、当時の日本軍の、プロの軍人とは思えない拙劣な指揮に腹が立って仕方がありませんでした。だって、日本人の戦死22万(うち、民間人が7割、県民の4人に1人の割合)に対し、連合軍側の戦死者は2万ですよ。こんなのは、プロの戦争になっていません。しかも、次の証言で、怒りが頂点に達しました。動員された当初は、食料の支給が1日にピンポン玉大のおにぎり1個だけだったそうです。が、途中から食料支給が止まり、「各自で食料の調達」が指示されたというのです。一日中こき使われ、砲弾が飛び交う中での食料自給などできるわけがありません。栄養失調で、同級生は目が見えなくなったり倒れたりしていったそうです。こういう無責任な仕事をする連中は、大嫌いです。同じようなことが、今、関西独立リーグで起こっていますね。(選手に給料が支払われることがないまま、親会社が撤退を表明しました。)
その後、ひめゆり平和祈念資料館を見学し、少々圧倒されました。240名の顔写真がズラリ、その死に方まで詳細に記録されています。引率の教員も全滅しているわけで、身につまされる思いです。ただ、生徒と一緒に手榴弾で自決したという教員には、そういうことを強制した時代に、とにかく反発を覚えます。語り部によると、引率の教頭先生が病院を攻撃する米軍の「戦時国際法違反」を訴えていたということですが、それを一般兵士に教育しなかった日本軍がどうなったかは、歴史が示している通りです。戦時下の教育の偏向は、現代の周辺国の反日教育にそのまま引き継がれていますし、語り部も「受けている教育が本当に正しいかを考えること」を強調していました。実際、生徒が常に疑問を持ってくれる方が教え甲斐があるし、洗脳の楽しみも大きくなります。←オイオイ
昼食に沖縄そば(そばというよりも、細うどんですね)と沖縄風炊き込みご飯(鶏肉の代わりに豚肉)をいただき、摩文仁の丘に移動です。愛媛県戦没者名の石碑を見た後、愛媛の塔(慰霊碑)に献花しました。途中ですれ違った関西からの修学旅行団は、ここでもマスク姿でした。ただ、炎天下で日陰がない中での徒歩での移動は、なかなか厳しいものがありました。気温は30℃でしたが、沖縄の直射日光は、実際の気温よりも5℃くらい体感温度を高く感じさせます。水分補給を頻繁にすると、トイレが近くなるという弊害が生じ、バス移動にとってはなかなかの問題になります。ま、先週の雨よりかはましですが。
その後は、那覇市内に移動し、国際通で自主研修という名の買い物タイムです。私は、変な地元商品を求めて散策しました。ネタ物は、表通りよりも裏道の商店街に多かったですね。見つけた商品は次の通り。「ゴーヤージュース+よもぎとリンゴ(PETドリンク)」「飲む極上ライス・ミキ(缶ドリンク)」「飲む玄米・黒糖玄米(缶ドリンク)」「ヒー(山羊肉)ジャーキー」「らっきょうフライ」「ゴーヤーかりんとう」「ゴーヤーチップス」「ミミガーチップス」「ミミガードロップス」「タコライスドロップス」「ラフテードロップス」「ゴーヤチャンプルドロップス」「ソーキそばドロップス」「ビールドロップス」「泡盛ドロップス」他にも黒糖関係のお菓子がいろいろそろいました。変なドロップス・シリーズは、3軒分の店にまたがっての収穫なので、他にも種類があるかもしれません。
夕食は、「料亭・那覇」で琉球料理の体験でした。揚げたミミガーのサラダに、ジーマーミ豆腐(ピーナツで作った豆腐)に、ウコンを練り込んだ沖縄そばに、ラフテー(豚肉の角煮みたいなの)に、田イモ(里芋とジャガイモの合いの子みたいなイモ)の煮物に、ゴーヤチャンプルに、もずくの吸い物に、サーターアンダギー(沖縄ドーナツ)に、紫芋ゼリーといったメニューでした。割と豚の脂が多い料理が多いのではないかと、生徒の食べ残しを心配していたのですが、お子さまな生徒がゴーヤを残した以外はほぼ完食できていて、珍しい料理を楽しむ雰囲気もあって、まずまずでした。
食事が終わると、琉球舞踏と民謡の披露が約30分間ありました。踊り子の中にものすごい美人のお姉さんがいて男子生徒の目は釘付け、美しい琉球衣装に女子の目は釘付けでした。琉球王朝の宮廷舞踏、島嶼部の民間舞踏、現代風舞踏、三線を弾きながらの民謡2曲(箸袋に歌詞の印刷あり)を鑑賞した後、阿波踊りみたいな祝い事での踊りをみんなで体験しました。司会進行のおじさんの口笛芸にも感動しました。舞踏中の楽器的な使用に加え、イルカやヤンバルクイナのリアルな鳴き声も口笛で再現したのです。沖縄を体験する修学旅行として、本当に良い体験になりました。
最後の夜は、修学旅行は原則として受け付けないという、ちょっと高級感のあるホテルです。でも、部屋にネット環境はないのでした。ホテル内のコンビニでも、珍しいご当地商品を何点かゲット。今回の修学旅行は、1日目:歴史学習、2日目:体験学習、3日目:平和学習と、とてもコンセプトのはっきりした活動でした。
22日目(金)<第4日目>
最終日の午前中は、ひたすら移動だけです。空港では、またマスク姿に変身です。しかし、実際にマスクをしていて感じたのですが、マスクの内側は適度な湿度と体温で、ウイルスの増殖にはベストコンディションになっています。マスクでウイルスそのものをブロックすることはできず、あくまでも飛沫感染の防止効果程度の期待しかできません。が、長時間マスクをするということは、ブロックしたマスク内でウイルスを培養することにはならないでしょうか。また、感染者のマスクは、その廃棄処理を誤ると新たな感染源になってしまいそうです。
なんてことを考えていると、昼に松山空港に着き、車を置いたままの学校へ。この日は、他学年は遠足に出ていて、校内は無人状態でした。事務室でいろいろな確認をしていると、他の団は大変だったみたいです。北海道団では発熱患者の発生、関東団ではディズニーランドで行列に割り込んできた有職少年に殴られてケガ人発生とか、いろいろ大変だったみたいです。沖縄団は特に問題がなかったので、よかったですね。ま、仕事は土日に出てきてやることにして、とりあえず帰宅したのでした。
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