ブルマ 体育祭
即興ダンス&東京メトロクイズ第2弾(10/6、チームK 4th 80 ...
... 体育祭ですよ。いろんな思い出や好きな競技とか苦手な競技 ... 大堀 「体操着はどんなだったの? もちろんブルマでしょ?みんな」 佐藤(夏) 「ジャージでした」 他メン「普通の」 秋元 「今、ブルマ履いてないよ」 佐藤(夏) 「めーたん ...
酸性→アルカリ性、世の中は便利な道具がいっぱい。
... 今回は体育祭丼はあえてジャンキーにしました。 B級グルメハンターコタロー君もおすすめ。 ご飯 に、ふりかけのりタマを混ぜて。 その上にハムエッグ。 ... ブルマなど含めて搬入しました。 あこちゃんがTシャツを買って ...
*某SNSに書いた自分の日記と同じです。
冷蔵庫のドアが閉まっている時に、中の電灯が消えていることをどうやって確認したらいいか、たいそう考え悩んでいましたが、みなさま、お元気ですか?
富士には月見草がよく似合う、といいますが、僕にはゴミの分別収集がよく似合います。ということで、とうとう、京都市もゴミを分別収集することになりました。
あまりにも遅すぎる。やっとですよ。今までは、適当にビン、カン、ペットボトル、くらいは分けていたんですが、実際は全部焼却処分されていたらしく、ずさんな市当局への批判もありました。
しかしながら、僕の暮らす所は業者回収なんです。で、分別しようが、何しようが、全て業者によって怪しげに処分されている。
僕の知人が言った名言、ゴミ収集車は、絶対にこれまで一度くらい人身事故をおこしていて、で、その被害者を収集車の後方からポイして収集しているハズだ!うむむ、妙に生々しい話です。
と、こんな話がしたかったわけではないんです。今日は、そうですね、えぇっと、そうだな、秋になった喜びを分かち合いましょう。
秋になりました。空の淡い青が素敵です。光もいい。日陰では少し肌寒く、部屋にこもっていてもそれなりに身の収まりがよく落ち着く。ちょっとした散歩なんかしたりして、いたずらに神妙な面持ちになってみたりして。
こんな素敵な秋ですが、一つだけ悲しいことがありますね。そうです、女性諸氏の露出度が控えめになってくること。そしてブラ線が見えなくなってしまうこと。
これは悲しい。また数ヶ月、お預けです。どうですか?男性諸君、思い返してみて下さい。冬に偶然に目にするブラ線の希少さ、その感動と、夏のそれとを。
みなさん、今年の夏も、きちんと各々の状況下で目にしたブラ線を、冬に目にするそれをと同じくらいの有り難さでもって、感謝の念でもって拝見しましたか?
冒頭で引用した「富士には月見草が・・・」は太宰治の一言です。彼は同じく、秋の蚊のこと哀蚊と呼び殺めてはならない、と乳母から聞いた、と書いてますが、
秋のブラ線は哀蚊に同じく「哀ブラ線」で、最大限、目で舐め回し脳で味わい、夜に活用し、なくてはなりません。
みなさん、きちんと、毎回、一合一会の出会いと気合でもって拝見してましたか?単に、「あ、黒だな」、とか、「お、レース地か」、とかの、お座なりな対応をしてなかったですか?
自戒の念を込めて暴露しますが、恥ずかしながら、僕も7月半ばにはブラ線に慣れてしまい、その有り難さを軽視してしまってました。
もったいない。このもったいなさは、極端に言えば、高校生の時代、前の席の女の子のブラ線も凝視せずに寝ていた、体育の授業中に、ブルマ姿の女の子を何の感謝の念もなく一瞥(いちべつ)にふしていた、
そんな、今から考えたらパラダイスな世界、もう取り戻せない、あの時代、なんで俺は寝ていたんだ?なんで本気でサッカーなんかしてたんだ?
おいっ!俺っ!他にすることがあるだろっ、他に見るべきものがあるだろっ、俺、おい、高校時代の俺っ、って、そんな感覚に似て、これと同様に必ずや冬に後悔しますよ。
これからどんどんと女の子は厚着になってきます。厚着は脱がす面白みを与えてくれると共に、秘められたるその秘部への妄想も活発にしてくれますが、
その一方で正解の知れないマジックみたく、歯がゆく手応えを知れぬままに、いえ、いずれにしても正解は永遠に未知ですが、少なくとも妄想と推測の溝を埋めてくれる、あのヒントのような体型より知らしめてくれる女性の優しさ(←このあたりはもう妄想の世界で謎ですが)、を、もう拝受出来ない季節になってくる、悲しい。
目は歳相応に肥えてくるもので、限りなく童貞に近い童貞な僕でも、それなりに妄想によって、形態や質感等、ある程度は本質に肉薄することが可能になってきましたが、
しかしながら、冬にはまったく歯が立たない。そして、時として詰め物による詐欺が横行し(←これも、だまされた事など知る機会なんてないので、まったくの被害妄想ですが)、清廉潔白、清貧貞潔、純粋無垢な、そんな僕は、何の疑念もなく素直に信じ込んでしまうものですが、
ん?まてよ、
もし、本当の体型を知り得ないのなら、たとえ騙されていたとしても、わからないのだから、ということは、上手く騙して頂き、その仮想が事実と思い込んでいれるなら、それは幸せなのかもしれないな。と、思うと、厚着も悪くないな。
おおおお!、危ない、騙されるところだった。この厚着の上からの妄想は、あくまでも、ブラ線が見い出せない時の非常の措置であって、やはり夏服に代わるものなし、だ。
ああ、悲しいな。また数ヶ月、ブラ線とおさらばか。秋は好きなんだけど、この点だけは悲しい。いや、こういうブラ線との別れがあるから、また秋の夜長は哀愁に満ちて素敵なのかな。
そうだ、どことなく哀愁に包まれる秋の魅力とは、夏服のブラ線との別れがあるから、より深まるのだろうな。年中ブラ線大解放なら、有り難味もなくなるしな。
そう考えると、ますます秋の素晴らしさに感服せずにはおれませんな。なんて四季は美しいんだろう。僕みたいな、1%の希望と99%の妄想で生きている絶対他力本願な人間にとって、秋とはこの99%の己が実力を存分に発揮できる、わが世の春ってことか。
まあいいや。とりあえず言いたいことは、ギリギリまで薄着でいて下さい。どうかお願いします。子犬のような澄んだ瞳で祈ります。
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