ペルソナ 第3話
「実はね…私が教師だったのは今年の5月までなの。それ以降、学校には通えていない。もう、『先生』じゃないの。」
なるほど…なんとなく、僕は納得していた。僕が彼女の話しで初めに違和感を覚えたのが、今が平日の昼間だという事。なぜ『学校の先生』がこんな時間に人と会っていられるのか、ということだった。
もちろん、教師にだって休日はあるだろうし、平日が休みの事情でもあるのかもしれない。学校の振替え休日だとか、用事のための休暇だとか。
でも、彼女ほど教師という職業に熱意と誇りを持っていて、きちんとしている人間が、ネット上の訳の分からない男に抱かれるために学校を休んだり、大切な休日を使ったりするとは思えなかった。
まして、この駅は彼女の町から離れているとは言え、十分に安全な距離だとは思えない。
こんなに『目立つ場所』で誰かに見られても平気なのか。
それは彼女の印象とはかけ離れた迂闊さだった。
しかし、彼女が学校に通えていないなら、ある程度の事情は察することが出来る。
彼女が語ったストレスの内容は本物だったのだろう。
彼女はこんな僕にさえ、すがりたいほどに追い詰められているのかも知れない。
そう考えると、ドミノ倒しのようにパタパタと違和感が解消され、彼女の印象と行動が繋がり始めた。
熱意を持って教師と言う職業に就いた。しかし、その生真面目さゆえに現実に馴染むことが出来なくなり、やがて、理想とそれに追いつけない自分との乖離に、更に苦しんでいく。
絶望のスパイラル。
仕事に行く訳でもないのにきちんとした身なりや、攻撃的な強い言葉遣いは彼女の仮面。
その内側には、倒れることさえも出来ないほどに傷だらけの女の子が見える気がした。
僕の中の何かが彼女を求めた。
「そうなんだ…わかった。僕でいいのなら、僕はあなたと寝てみたい。何が変わるとも思えないけど、それでも誰かに抱かれることを求めているなら。」
彼女は黙って頷く。
僕たちは店を出て、タクシーに乗り込んだ。
タクシーの中で、ヒトエは指を絡めてくる。
僕はそっと、その指を掌で包んだ。
田舎町の郊外。
ホテルの手前のコンビニエンスストアでタクシーを降り、僕たちは歩いてホテルに入る。
締め切った、外の明るさから遮断された世界。
部屋のライトは隅々までを照らし出すほどに明るいけれど、堅く閉ざされた窓が独特の雰囲気を醸し出す。
ラブホテル特有の空気。
日常から隔絶されたことにより、彼女は少しリラックスしていた。
ソファに並んで座って、大型のテレビを点ける。
分割された画面の中では、様々な世界が共存していた。
外国の田園風景も、平均株価を示すチャートも、大げさに絡み合う男女も。
ヒトエが何かを話しかけようと僕の方を向いた。
僕はそのままキスをする。
一瞬驚いて彼女は身体を離そうとするが、僕がしっかりと腕を背中に回すと、身を預けてきた。
舌が絡まる。粘っこいキス。
僕は口を離すと、彼女を見つめて言った。
「何を試すんだっけ?」
彼女は恥ずかしげに視線を逸らした。
僕は目の前に来た繊細な曲線の耳たぶに噛み付く。
甘く歯を当てると、吐息が漏れた。
「どうしたいのかな…センセイ。」
僕の問いかけに彼女の表情が崩れる。
深く傷ついた痛みと現実からの逃避は、強烈な快楽への熱望に変わって、彼女を満たしていく。
ペルソナの堕ちる音が、はっきりと僕の頭に響いた。