『英語コーパス研究』第9pp.93-104, (2002)、英語コーパス学会

[研究事例3] 英語教育における日英パラレルコーパスの利用

鷹 家 秀 史

1. はじめに

英語コーパスを利用した英語教育に関して,すでにWichmann, et al. (1997), Kennedy (1998)がいわゆるData-driven Learningを紹介しているが,日本の高校生を対象にした授業にそのまま応用するのは難しい。本論では,高校3年生の選択英語の40名を対象にして行った日英パラレルコーパスを利用した授業実践を紹介し,コーパスベースの英語学習の面白さと課題を明らかにするとともに,指導の中で得られた知見の一部を紹介したい.

高校での英語学習における困難な課題の一つは,英語と日本語という系統の異なる言語間に見られる表現の「発想の違い」をどのように効果的に定着させるのかという問題である。今回の授業実践では,日英表現の比較研究の分野で従来から指摘されてきた「発想の異なる表現」の中から代表的な8つの視点を取り上げ,日英パラレルコーパスを利用して「発想の違い」を帰納的に学習させた。

2. 指導の手順

最初に,以下に述べるような8つの視点にもとづいて,「英語らしい表現」「日本語らしい表現」を伝統的な学習文法の枠組みを用いて説明した.次に,取り上げた「日本語英語」の用例から推測される「日本語らしい表現」「英語らしい表現」の具体例を各自で考察させ,日英パラレルコーパスを用いて対応する英語・日本語の表現を収集させた.

3. 日英語の発想の違いを認識する8つの視点

3.1. 日本語=「体言」vs. 英語=「用言」

日本語では(1)「お腹が痛い」「頭がずきずきする」のように,痛む身体部位を主語にして形容詞・形容動詞・動詞など用言を用いて表現することが多いのに対して,英語ではSVOの形式を用いてI have a terrible stomachache.のように主に名詞(体言)pain, headacheを用いて表現することが多い。従来の高校の学習では英語と日本語との発想の差を強調するあまり,「痛みを表す動詞や形容詞は用いられない」などと飛躍した指導が行われることもあったが,出現頻度は少ないものの,動詞ache/ hurtや形容詞soreなどを用いる例が検索され,極端な一般化を慎む必要性が痛感された。このことは以下の用例検索の中でも繰り返し観察された現象で,伝統的な英語教育が抱える思いこみを中和する意味を持っていると考えられる.

(1)【検索語 =痛】

頭痛なんかがひどいときにねLike when I have a terrible headache, he uses an impulse to cancel out my awareness of pain.(『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』)

痛みます。頭の芯まで、ずきんずきんというてThey hurt. I have an awful pain in my head.”(『華岡清秋の妻』)

おなかでも痛いのですかIs your tummy sore or something?’’ (『塩狩峠』)

 

(2)「笑う」の場合,日本語では「うれしそうに」「にこやかに」など主に形容詞・副詞などの用言を用いて「笑いの相」を示すのが普通だが,英語ではgive a happy [loud, good, cool] laughのように形容詞+名詞を用いることで表現の幅を広げることが可能になる(1)もちろんgiggle, sneer, guffawなど笑いの相を具体的に表現する動詞を用いることも英語の大きな特徴の一つであることに注意を向ける必要がある(cf. 3.6. 日本語=「様態副詞」vs. 英語=「具体動詞[名詞]」)。実際の出現頻度を比較すると「形容詞+名詞」を用いる例が多く,従来の指導の適切さが検証されることになった.

(2)【検索語 =laugh

Nobuo gave a wry laugh. 信夫は苦笑した。(『塩狩峠』)

Hatsumi let out a big laugh. “Boy, is that cheap! ハツミさんは大笑いした。「安いわねえ」(『ノルウェイの森』)

She laughs her clear, cool laugh. 彼女は、涼しく笑っていた。(『一日中空を見ていた』)

(3)日本語の「〜が上手だ・下手だ」などの表現も,英語ではa good player [calligrapher, artist]play an impressive “Michelle”, …make a good choiceなど名詞を使って表すこともできる。この類の「日本語英語」の用例をモノリンガルコーパスで収集するとどうしても用いられる形容詞が限定されてしまい,豊富な誉め言葉を持つ英語表現の実例を集めるにはパラレルコーパスがきわめて有効であることがわかった.

(3)【検索語 =上手|下手|じょうず|へた】

日蓮は草日蓮と云われる位で,草書が大変上手であったと坊さんが云った時,字の拙いKは,何だ下らないという顔をしたのを私はまだ覚えています。When the priest remarked that Nichiren was such a master of the grass script that he was called “Grass” Nichiren, I remember that K, who was a poor calligrapher himself, looked impatient.(『こころ』)

彼女はそう言いながら『ミシェル』をとても上手く弾いたThat said, she still played an impressive “Michelle.” “I can hold my own at Four Spot. I’m not the best player around, though.”

 

(4)日本語の「断定するように」「やすやすと」「慎重に」などの副詞句をwith conviction, with ease, with careなどの「with+抽象名詞」の形式で表現すると英語独特の引き締まった表現が可能になる.また(5)「〜と思って」「〜を見て」をsight, thoughを含む名詞句(節)を利用して表現することも可能で,これらは3.3.日本語=「ナル」vs.英語=「スル」や3.4.日本語=「副詞句」vs. 英語=「無生物主語」に通じる表現技巧と考えられる。しかし,この検索は今回の授業で最も苦労した項目で,膨大な用例から求める用例を探し出すには多くの時間がかかった.日本語も英語も表現の種類が多様で,検索語を狭めると求める用例に出会わず,逆に検索語を広げるとヒットする用例が多くなりすぎて授業には使用しにくいことがわかった.

(4)【検索語 =with

“No, I could tell if that was the case,” Nanako said with conviction. 「それなら様子で分るわよ」と奈々子は断定するように、「あの男、私たちの棟を監視してるみたいだったわ」(『真夜中のための組曲』)

 

(5)【検索語 =sight|thought

The only bother was that he’d fumigate the entire room with insect spray at the mere sight of a bug, at which time I’d retire to the chaos of a neighboring room. 困るのは虫が一匹でもいると部屋の中に殺虫スプレーをまきちらすことで,そういうとき僕は隣室のカオスの中に退避せざるを得なかった。(『ノルウェイの森』)

 

3.2. 日本語=「状況中心」vs. 英語=「人間中心」

日本語で「状況・事態が危険だ(面白い)」のように「状況中心に」発想する場合に,英語では人間を主語に立てて立体的,動作的に表現することがある。たとえば(6)「〜が危ない」というとき,主語にYouを立てて(You) Watch out [Look out].などと表現したり,(You) Mind how you go.「危ないから〜しなさい」のように具体的に指示を発したりすることがある。また(7)「〜が面白い」の場合もYou find it interesting.のように「面白い」と感じる主体を明示することを好む面がある。これは3.3.日本語=「ナル」vs.英語=「スル」と密接な関係を持つ表現で,立体的な動作表現と見ることもできる。この視点は生徒が楽しんで検索できた項目で,「楽しい」「怖い」「寂しい」など無限に検索例を思いつくことが可能な発見の多い学習であった.

(6)【検索語 =危ない|あぶない】

あぶない、あぶない」と丑松が言えば、 Mind how you go, Kazama!” Ushimatsu warned him.(『破戒』)

あぶない。出ますよ」 Look out there! She’s off!’(『草枕』)

「動くな、あぶない “Don’t move! You’ll get hurt,”(『黒い雨』)

 

(7)【検索語 =面白|おもしろ|楽し|たのし】

「おもしろ半分でも,欠かさず聞いていれば,いまにほんとうにおもしろくなりますよ ‘Even if it’s just for fun, you’ll sooner or later find it really interesting if you never miss a meeting.’(『塩狩峠』)

「トットちやん!いろんなこと,楽しかったね。君のこと,忘れないよ」 “Totto-chan, we had a lot of fun together, didn’t we? I’ll never forget you. Never.”(『窓際のトットちゃん』)

 

3.3. 日本語=「ナル」vs. 英語=「スル」

日本語では「何かが自然に〜になる」と受動的に発想することが多いのに対して,英語では「何かが対象に働きかけて〜の結果を生み出す」と能動的に表現することがある(2)(8)では「〜がない」= There is no…と表現できる場面でもI have no pen./ He failed to recognize them.のようにbe動詞を用いずに能動的に表現した例を集めた。(9)では「〜に(自然に)なる」という日本語をHow I wish I could…!, I found that I wanted…のように表現するもので,自分自身の心の変化さえも客観的な動作の対象として表現している例である。また「花見」や「祭り」の変化を認識する主体としての「我」= Iを主語にしている点が興味深い。

生徒にはインパクトの大きい検索であり,「言葉では表現しがたい日本語と英語の隔たりの一端を垣間見た気がする」といったコメントを寄せた生徒もいた.また日英語の比較研究をすすめる意味でも豊富な実例を集めることが可能で,膨大な資料に埋没する疲労感よりも至福とも言える瞬間を味わうことができる視点である.

(8)【検索語 =がない】

あなたのために詩を書きたいのに私にはベンがないI wanted to write you a poem I have no pen.(『ノルウェイの森』)

重太郎は、自殺者の二枚の写真を見せたが、まったく記憶がないと答えた。Torigai showed him the two pictures but he failed to recognize them.(『点と線』)

 

(9)【検索語 =くなくな|なる|なった】

私の頭には再び先生の顔が浮いて出た。私は又先生に会いたくなったI began to think of Sensei, and I found that I wanted to see him again.(『こころ』)

清はおれの事を慾がなくって,真直な気性だと云って,ほめるが,ほめられるおれよりも,ほめる本人の方が立派な人間だ。何だか清に逢いたくなったKiyo had always praised me and said that I was unselfish and straightforward, but she was a far finer person than me. How I wished I could have been with her then.(『坊ちゃん』)

だが,このごろは花見も祭りも格別楽しくはなくなった…but he found little pleasure in flower viewing or festivals these days.(『塩狩峠』)

 

3.4. 日本語=「副詞句」vs. 英語=「無生物主語」

高校で扱う英語表現のなかで最も英語らしい表現のひとつが「無生物主語」である.日本語では原因・理由を副詞的に表現することが多いのに対して,英語では原因・理由(を示す行為・物)を主語に置き「主語の働きかけが〜の結果を生み出す」と表現することが可能である。3.3.日本語=「ナル」vs.英語=「スル」と異なるのは,ここでは抽象的な概念に「動作主性」を与えている点にある。

日英パラレルコーパスを検索すると,こうした無生物主語をともなう生き生きとした用例を多数集めることが可能になる。しかし同時に,出現頻度の観点から考えると,「無生物主語」の構文が必ずしも頻繁に用いられる表現ではないということもわかる。あくまで,日本語とは異なる発想が英語では用いられることがある,という認識が必要である。その意味で伝統的な英語教育が抱える思い込みを中和させるという機能が日英パラレルコーパスにある.また,日本語から検索することが難しく,最終的には既存の英語の知識を用いないと有効な結果を引き出すことができなかった.(10)「どうして?」ではWhy…?を用いるのが普通だが,同時にWhat makes…?, What brought you…?などの表現も用いられる。(11)(15)では,この構文で用いられる代表的な動詞を検索した。最後の(14)(15)3.1. 日本語=「体言」vs. 英語=「用言」にそのまま通じる名詞化表現と考えられる。

(10)【検索語 =どうして】

どうして,お坊さまになりたいの?頭をつるつる坊主にして,長いお経を読むんだろう?」 What makes you want to be a bonze ? You’d have to have your hair all shaved off and chant long Buddhist sutras, you know.’(『塩狩峠』)

 

(11)【検索語 prevent|prevented

As he knew already, his own train and the one alongside at platform 14 prevented him from getting a clear view of platform 15. こうして見ると,今も,この電車と十四番線についている列車にさまたげられて,十五番線ホームの見とおしはやっぱりできないのだ。(『点と線』)

 

(12)【検索語 =fail|failed

‘What !’ Nobuo was startled and words failed him. 「えっ」信夫は驚いて言葉がつづかなかった。(『塩狩峠』)

 

(13)【検索語 =bring|brought

I thought this strange, and wondered what had brought her here in the first place. 余は不思議に思った。元来何の用があるのかしら。(『草枕』)

 

(14)【検索語 =sight

The sight reminded me of the rows of silkworm cocoons shelved all the way up the walls in a Japanese farmhouse. このありさまを見て,自分の故郷で,かいこの繭が,棚に数かぎりなく重なってならんでいる,あれに似ていると思いました。(『ビルマの竪琴』)

 

(15)【検索語 =thought

That he should break his father’s solemn commandment: as he walked out through the temple gate, the thought filled him with sadness, and with defiant courage, too. 破戒――何という悲しい,壮しい思想だろう。こう思いながら,丑松は蓮華寺の山門を出た。(『破戒』)

 

3.5. 日本語=否定vs. 英語=肯定

日本語では,断定を避けどちらかと言うと否定表現を積極的に用いる傾向があるが,英語では肯定的な表現を多用する傾向がある。英語でも否定疑問文のような否定表現も用いられるが,日本語と英語で肯定・否定が逆になる場合も多い。(16)「〜しませんか」では,断定を避けた遠回しの表現が日本語では丁寧さに通じるという側面を持つが,英語ではあっさり肯定表現を用いていることがわかる。(17)ではonlyが否定極性を持って使用されているが,表面上は日英語の否定・肯定が逆転しているように見える。

(18)(22)では英語の肯定的な言い回しが日本語では否定的に表現される代表的な例を検索したが,生徒にはむずかしい検索で,あらかじめ検索されるべき「日本語英語」のパターンを思いつかないと容易にはパラレルコーパスを用いて効果的に用例を集めることはできない.

(16)【検索語 =ませんか】

「ほかに何かありませんか?」 Do you have anything else on your mind?”(『点と線』)

「じゃあちょっと今説明しますから,申しわけないけど伝えてもらえませんか,緑さんに」 “Well, then, let me explain to you and maybe you can tell Midori.”(『ノルウェイの森』)

釣りに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。 Would you like to come fishing?” asked Redshirt.(『坊ちゃん』)

 

(17)【検索語 =しかいない】

二等車には,十二,三人の客しかいなかったThere were only twelve or thirteen passengers in the first-class car.(『菩提樹』)

 

(18)【検索語 =とんでもない】

とんでもない姉だ,と自分はひそかに苦笑しました。 What an extraordinary sister I have,” I told myself with a wry smile.(『津軽』)

 

(19)【検索語 =All you|All he|All they

All they could do was to be patient and wait, so they set about eating their packed meals as slowly and deliberately as possible. 二人は気ながに待つよりほかはなかったので,ゆっくり弁当を食べていると上り列車が入って来て,三十人ばかりの下車客がプラットフォームに降りて来た。(『黒い雨』)

 

(20)【検索語 =know better

“Where were you on the fourteenth of February? I was waiting for you. But I’ll know better than to believe you next time.” 「あんた二月の十四日はどうしたの。嘘つき。ずいぶん待ったわよ。もうあんたの言うことなんか,あてにしないからいい。」(『雪国』)

 

(21)【検索語=less

I thought I would visit him during that time. A few days after my return, however, I began to feel less inclined to do so. そのうちに一度行って置こうと思った。然し帰って二日三日と経つうちに,鎌倉に居た時の気分が段々薄くなって来た。(『こころ』)

 

(22)【検索語 =more than I can

This is more than I can bear. これも,やはり己には堪えられない。(『袈裟と盛遠』)

 

(23)beyond

The walls were peeled and the woodwork was so worm-eaten as to seem almost beyond all possibility of repair. 壁は割げ落ち,柱は虫に食われ,ほとんど修理の仕様も無いほどの茅屋を買いとって自分に与え,(『人間失格』)

3.6. 日本語=「様態副詞」vs. 英語=「具体動詞[名詞]

日本語では「ニコニコ」「すやすや」などの擬態語(様態の副詞)を用いて表現する場合に,英語では具体動詞(graphic verbs)を用いることが多い。(24)(27)では代表的な擬態語に絞って検索を行い,様態副詞と具体動詞[名詞]の対照を試みた。3.2. 日本語=「状況中心」vs. 英語=「人間中心」と同様に,生徒には興味深い検索となった.多様な擬態語・擬声語が無限に見つかり,しかも同じ日本語に多様な英語表現が対応し,逆に同じ英語が多様な日本語に対応する例が多く,異なる言語間の一対一対応という高校生が抱きがちな幻想を打ち破る良い機会となった.また「言語の恣意性」と呼ばれているものが擬態語・擬声語には当てはまらず,シニフィアンとシニフィエの間に密接な関係があること,その意味で擬態語・擬声語は言語の体系の中で原初的な存在であることなども話題にすることができて充実した授業となった.

(24)【検索語 =ゲラゲラ|ニコニコ|クスクス|ゲラゲラ|ホホ】

うわっはっは,とまず,ヒラメが大声を挙げて笑い,マダムもクスクス笑い出し,自分も涙を流しながら赤面の態になり,苦笑しました。Flatfish was the first to respond, with loud guffaws; the madam tittered; and in the midst of my tears I turned red and smiled despite myself.(『人間失格』)

 

(25)【検索語 =よちよち|とぼとぼ|うろうろ|ぶらぶら|よろよろ|大股で】

この辺で,少しぶらぶらして,アヤたちを待つ事にしませう。Let’s hang around here for a while and wait for Aya and Yoko,(『津軽』)

よろよろと,男子生徒の群がる横を歩いた。She tottered past the boys, pulling her stomach in as hard as she could.(『葡萄が目にしみる』)

 

(26)【検索語 =めそめそ|しくしく泣く|わんわん】

それでもしくしく泣いたりされればまだ可愛げがありますけれど,When she sobbed, she was still appealing;(『痴人の愛』)

けれども自分は,そんな事より,死んだツネ子が恋いしく,めそめそ泣いてばかりいましたI thought instead of the dead Tsuneko, and, longing for her, I wept.(『人間失格』)

 

(27)【検索語 =ちびちび|ぐいぐい|がぶがぶ|ごくごく】

「久し振り。久し振り。」とMさんはご自分でもぐいぐい飲んで,「木造は何年振りくらゐです。」 “It’s been a long time! A long time!” Mr. M. helped himself to some hefty gulps of sake.(『津軽』)

あなたは今隣りに座ってごくごくとコーラを飲んでいますYou sit down next to me and guzzle your coke. (『ノルウェイの森』)

 

3.7. 全体と部分

日本語の発想では「彼女の肩を掴む」となるが,英語ではgrab her by the shoulderのように,まず彼女という全体を明示し次に掴んだ部分を明示するという,「全体から部分への分析的な描写」が行われることがある。(28)はこのような描写を行う代表的な動詞に絞って検索を行った結果の一部である。

注意を要するのは,必ずしも「全体から部分へ」と描写が分析的に行われるわけではなく,grab her shoulderの形が少なくないこと,catchなど英語教育界では伝統的にこの構文をとると説明されることが多い動詞がコーパス上に見つからず,むしろ「体の一部をつかむ」の意味ではgrab, seizeを用いることが多い点など今後の語法研究にも示唆を与える観察が可能となった。

(28)【検索語 =grabbed/seized|caught|patted|kissed

“Get out!” I shouted again. Driven by hatred, fear, and beauty, I grabbed her wildly by the shoulders and thrust her toward the door. 「出て行け!」と,私はもう一度叫ぶや否や,何とも知れない憎さと恐ろしさと美しさに駈り立てられつつ,夢中で彼女の肩を掴んで,出口の方へ突き飛ばしました。(『痴人の愛』)

He took his right hand from his pimple, and, bending forward, seized her by the neck and said sharply: そうして,一足前へ出ると,不意に右の手を面皰から離して,老婆の襟上をつかみながら,噛みつくようにこう云った。(『羅生門』)

I kissed her neck and shoulders and breasts, and she did me by hand, same as before. 僕は彼女の首や肩や乳房にそっと口づけし,直子は前と同じように指で僕を導いてくれた(『ノルウェイの森』)

Moko hunched over and screeched. Kei looked up and came over, saying, That looks kind of Fun. Moko was crying. Kei grabbed her hair and peered into her face.モコは背中を丸めてひどい声をあげ,そっちを見たケイがあらおもしろそうと近づいて,泣いて尻を突き出すモコの髪を掴んで顔を覗き込み(『限りなく透明に近いブルー』)

 

3.8. 丁寧表現

英語には日本語的な意味での敬語が存在しないが「丁寧表現」は存在する。(29)(30)では主に「依頼」「勧誘」表現に絞って検索を行い,丁寧さの観点から否定疑問文,仮定法助動詞の使用など丁寧表現を形成するいくつかの特徴を発見させることを試みた.

しかし,「ねえ,ついでにうちのも少し落してくれない?」While you’re at it, would you mind shoveling a little from ours?(『雪国』)のように,必ずしも日本語の丁寧度と英語の表現の丁寧度が一対一に対応しているわけではないことが読み取れる。特に文学作品の場合,言葉の表面だけの言い回しだけでは表現のトーンを決定することは難しく,作品全体の中での人間関係や微妙な心の動きが表現に反映されているために,高校生段階の学習には必ずしも適切ではないことに注意する必要がある。

(29)【検索語 =ません】

どうかこの度だけは,何とか助けてやっていただけませんか。But won’t you help him, just this time ?(『塩狩峠』)

でもこんなこと言って気を悪くしないで下さい。僕と個人的に付き合ってもらえませんか? I hope you won’t take this the wrong way, but I would really like to see you again, on a personal basis.(『真夜中のための組曲』)

 

(30)【検索語 =くれない|頂戴|してよ】

誰か,二十銭,かしてくれない? Can anybody lend me twenty sen? (『窓際のトットちゃん』)

「ワタナベ君,グラスもう一個持ってきてくれない? “Watanabe, could you bring one more glass?” (『ノルウェイの森』)

でもね,一回くらいちょっと私を出演させてくれない? Just once, though, won’t you cast me in the role? (『ノルウェイの森』)

 

3.9. その他

英語で表現しにくいと思われる日本語の言い回しをいくつか検索した。このような検索例から日本語と英語の発想の違いを効果的に学習させる手法を,今後,考えていきたい。

痛い、痛いーツ Ow, ow, oouuch!”(『葡萄が目にしみる』)

痛い、痛いわ Ouch, it huuurts!” (『葡萄が目にしみる』)

甘えん坊だな)そう思いながら、信夫が、「いただきます」と箸をとった時、待子がびっくりしたようにいった。Thinking ‘What a little flirt she is,’ Nobuo picked up his chopsticks, said the customary words of thanks and began to eat.

将棋の駒の形のアイスキャンデーが溶けて、汁がポタポタと床に落ちた。やった、と僕は答えた。The popsicle was melting and dripping on the floor. “Yeah, I did it.”(『Sixty Nine』)

ああ出来た、出来た。これで出来た。寐ながら木瓜を観て、世の中を忘れている感じがよく出た。 Done it! I’ve done it!’ The words escaped from me with a contented sigh.(『草枕』)

 

4. 結論

日英パラレルコーパスを利用して「日本語と英語の発想の違いを学習する」という当初の目的は,ソフトの使い方に混乱する生徒を右往左往させながらも,楽しみながら帰納的に日英語の相違を意識させ,定着をはかるという期待通りの成果をあげたようである。日頃,規則にもとづいた演繹的な学習しか行ってこなかった生徒には,自分独自のデータベースを作りながら既習の知識を再確認するという作業は新鮮で,コーパスベースの英語学習の面白さを満喫できたようである.

反面,検索の際にソフト使用の習熟や日英語の違いに関する背景的な知識が必要な項目もあり,パラレルコーパスの利用が効果的な場合とそうでない場合があることが明らかとなった.3.1. (1)「日本語の副詞句 with+抽象名詞」のように分析に膨大な時間が必要な項目や,3.8.「丁寧表現」のように形式的な検索だけでは問題の本質に迫れない項目もあれば,3.6.「擬態語・擬声語」,3.4.「無生物主語」,3.2.「状況中心」と「人間中心」のように検索が容易であるだけでなく楽しみながら既存の知識を再確認できるものもある.また,3.3.「スル」と「ナル」のように,高校生を発想の違いの深層に触れるような学習体験に導く視点もあることが明らかとなった.また,3.7.「全体と部分」におけるcatchのように,語法研究の観点から見て興味深い事例に出くわすこともあった.

最後に,パラレルコーパスの構成に関して高校生の利用の観点からいえば,森鴎外や丹羽文雄のような作家の作品を取り上げることは適切とは言えず,今後,新しいパラレルコーパスの構築が待たれる.



(1) 他にも(3)break into a smile, The smile was forced…, …shriek with laughterなどを用いて「笑い」の微妙な相を表現することを可能である。
僕はにっこり笑った。「いいですよ。海苔つけますか?」彼は小さく肯いた。I broke into a smile. “All right. With seaweed?” He gave a little nod.
番頭は,この問いにうすく笑った。「へ,へ。私どもでは,お客さんの電話は盗聴しない躾をしておりまして」The clerk’s smile was forced. “We’re forbidden to listen in on guests’ phone calls.”(『点と線』)
馴れないのでナオミはつるつる湯の中で滑ってきゃっきゃっと笑ったNot being used to it, Naomi slipped and slid around, shrieking with laughter.(『痴人の愛』)

(2) 安西(1983),池上(1981)では詳しくこの問題を扱っている。ほぼ同一に時期に二人が同じ認識に達したことは興味深い。

<参考文献>

安西徹雄 (1983) 『英語の発想翻訳の現場から』 講談社現代新書.

安藤貞雄 (1986) 『英語の論理・日本語の論理』 大修館書店.

池上嘉彦 (1981)『「する」と「なる」の言語学』大修館書店.

木村哲也 (1993) 『英語らしさに迫る』研究社出版.

ジョン・ハインズ (1986)『日本語らしさと英語らしさ』くろしお出版.

外山滋比古 (1992) 『英語の発想・日本語の発想』NHKブックス.

中右実編 (1997) 『日英比較選書 @文化と発想とレトリック』研究社.

楳垣実 (1961) 『日英比較語学入門』 大修館書店.

楳垣実 (1975) 『日英比較表現論』 大修館書店.

松岡陽子・マックレイン (2001) 英語・日本語コトバくらべ日本語教授30年の異文化摩擦』中公文庫 中央公論社.

水谷信子 (985) 『日英比較・話し言葉の文法』くろしお出版.

Kennedy, G. (1998) An Introduction to Corpus Linguistics. Harlow:

Addison Wesley Longman Limited. p.280-294.

Wichmann, A., S. Fligelstone, T. McEnery, and G. Knowles (1997) Teaching and Language Corpora. Harlow: Addison Wesley Longman Limited.