駐車位置8:20=8:23登山口−8:48(見張所)8:55−9:14天神地蔵−9:28三の丸−9:36天神山城跡本丸−10:05天神山10:07=軍用石=10:12三角点=10:17天神山−10:40分岐下山口−11:09分岐侍屋敷入口−11:14登山口=11:29駐車位置
今日は佐伯天神山(てんじんやま409m)を訪ねる登山支度をして出発する 風は無いもののウインドウブレーカは着たまま 正面に見える筈の山容が霧の為見えない 国道を少し戻るようにして登山口へ向かう 右手の吉井川も薄っすらとわかる程度、さっきより霧が濃くなってきたようだ 勝手知ったる道 近づけば数メートルは見える 河本のバス停の手前の三叉路を左に折れる トイレがあり そのすぐ先が河本登山口 その斜面を登って行く 天神山城跡と書いた石柱があり、すぐに天神山城址登山口と書いた大きな標識がある そこを回り込むようにして登山道にとりつく
いきなりの急登である ジグザグにルートを登って行く 枝を掴んだり 岩に手をついたりして登る すぐにロープが設置してある岩のところに出る ロープ摩耗注意の標識が相変わらずついている 今年の2月と同じだ ロープなしでも登れるのだが、ロープの助けがあると楽である 急激な負荷をかけないようにして利用させて頂き登る
少し登り、振り返ると岩の先に吉井川を眼下に見る事ができるのだが、今日はガス 足下の道路の存在が一部わかるがいつもの見晴らしは全く得られない 登りは続く 時々振り向いて眺望を確認するのだがやはり見えない 足元に赤い実が落ちていたので近くの木を探すと、枝先に実をつけているのを見つけた 葉は落ちて実だけ GooglLensに聞くとアズキナシ*(*は実を意味する)との事 12月でも見られるのかと調べると残っているのもあるとの記載があった 前方山肌に岩がセリ出ているのが見えるところに出る 見張り所だ 霧の中に墨絵のよう 逆光になるが撮る事が出来た 下流の新田原井堰付近や上流を見張る場所だが今日は見えない 向かいの山容が霧の中に頭を出しいるので、これを背景に記念写真を撮る 撮った写真を見ると青空が写っていたまだ登りが続く ソヨゴ*の赤い実を見つける 見上げると青空を背景に赤い実を沢山つけていた コシダの茂るルートを抜け登って行く 左手も右手も樹間から山肌にかかる雲海が見える だが時間と共に消えて、見える部分が広がってきている しばらく登ると天神地蔵と書いた標識にでる ここを右に入ると小さな地蔵があり展望の得られる場所に出る ここからも吉井川を伺う事が出来る 雲海が陽射しを受け輝いている 霧も大部消えてきたようだ吉井川の上流が見えてきた
ルートに戻り引き続き登って行くと下の段*2) 西櫓台を経て 東屋のある三の丸*3)に出る 三の丸からも樹間から吉井川を俯瞰出来るのだが見えたのは雲海で吉井川は見えなかった
三の丸から天神山城跡へ向かう 随所に説明板が見られる 帯曲輪*4)と称されるなだらかな尾根道が続く 鍛冶場*5) 桜の馬場*6) 大手門跡*7) 長屋の段*8) 二の丸*9) 空堀*10) と続き 本丸*11)に出る 本丸には天神山城跡の標柱と浦上遠江守宗景之城址と記した大きな石碑がある ヤブツバキ#(#は花芽を意味する)が花芽を膨らませていた
本丸には、天津社*12)と記した社もある また、侍屋敷跡*13)ならびに天瀬登山口へ下山する分岐がある 今日も三角点まで行き、ここに戻って下山する予定ここから太鼓の丸まで700m 飛騨の丸*14) 竪堀*15) 馬屋の段*16) 南櫓台*17) 南の段 南櫓*18) 掘切り*19) 亀の甲*20) 下の石門*21) 上の石門を過ぎて山頂と私が呼んでいるところに出る ここからは、北の方角に棚田(田土の棚田)を見る事が出来る 倒壊した天神山鳥瞰図を示した案内図は撤去され 山頂と書いた標識も無くなっており昔の面影はない(登山記録のデータ上今後もここを山頂として書いてゆく) このルートではコウヤボウキ*の綿毛をいつも見つけるのだが、綿毛の無い花茎はいくつもあったが綿毛を残しているものを見つけられなかった
ここで少し棚田に触れておこう AIを使って山登りの写真から詩を創ってもらっている その時に山城の歴史やどの程度の人がここで生活していたかを調べて貰ったところ 数百名規模で百貫井戸があり水を確保し この棚田も農作物の収穫に使われただろうとの事 ちなみに棚田は安土桃山時代に開発が始まったとの事で歴史の深みを感じる
太鼓の丸には太鼓の丸城*22)と記した説明文があり、ここからも吉井川下流の展望が得られる 更にルートを行くと軍用石を過ぎ 三角点に出る ここからは眺望は得られない この間ソヨゴ*を見つけた
太鼓丸 城跡本丸と戻り 本丸から天瀬登山口に向けて降りて行く 結構傾斜のある下り坂 重層している落ち葉で難航するかと心配していたが思ったほどでなく 足元に注意しながら降りて行く事が出来た 途中ルートを判別しにくい所があるが、テープナビもあり追って行くことが出来た 降り始めてすぐにコウヤボウキ*の綿毛に出会えた あとヤブツバキ* ソヨゴ*を見つけた 侍屋敷跡と書いた分岐があるが、そちらには向かわず反対の右へとり降りて行く 出たところは片上鉄道跡のサイクリングロード そこには案内標識が設置されているサイクリングロードを河本登山口の方角へ向かう 天神山1号トンネル 2号トンネルを抜ける 片鉄ロマン街道*1)と書いた説明板が設置されていた カキ*がたわわに稔っていた ノイバラ* コセンダングサ*に出会う 天石門別神社には白いサザンカが咲いていた 三叉路に出、登りのルートと合流する もう霧は消え 山容も吉井川も青空に映えていた 国道沿いを少し歩き駐車場に 車載温度は9℃
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AIと創った詩百貫の井戸、百年の夢
霧の底から棚田がのぞく
石の腰掛けに座り 風を聴く
ここにいた誰かの背中が
まだ 木立の向こうに見える気がした百貫の井戸 深く息づく水
かつての兵が 掌ですくったその冷たさ
喉を潤すたび 命が戻る
それだけで 今日を越えたのだろう楽しみはあったのかと ふと思う
月の出を待つ静けさ
遠くの笛の音 あるいは
春の山菜 一口の甘さ今 私はただ歩く
誰の命も背負わずに
けれど この山の静けさが
なぜか 胸を打つ百年の夢は まだ醒めない
落葉の下に 声が眠る
水は今も 澄んでいる
誰かの祈りを 映しながら
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*1)片鉄ロマン街道 和気町エリア
天神山西峰(390m)の山上に戦国時代の大名・浦上宗景が築いた連郭式の山城である。城山は峻嶮で西側に吉井川が流れており天然の堀をなしていたものと思われる。*2)下の段
隠曲輪で西方より侵入して来た敵を上から攻撃する郭で、五十騎一備の桝形である。
*3)三の丸
三の丸とは通常、二の丸と同様に城主の館、もしくは重臣(家老格)の屋敷が置かれていた。城本来の機能的構成部分の外郭に相当する。虎口は他の曲輪と比べて厳重を極めている。
*4)帯曲輪
帯状に細長い曲輪もしくは城のまわりを囲む曲輪をいう。帯状にならなく短い曲輪を腰曲輪という。
*5)鍛冶場
城の拡幅工事に必要な器具の製造・修理・武具・武器の確保のため鍛冶職人を常に置いていた。
*6)桜の馬場
連郭式山城最大の曲輪、両側面には帯曲輪・腰曲輪・犬走りなどが有る。中央北側に大手門があり、西隅に鍛冶場があった。
*7)大手門跡
櫓門で四本柱の上に矢倉を築いたもの。大手門外の帯曲輪は、百貫井戸の水の手曲輪がある。
*8)長屋の段
倉庫があり、鉄砲櫓・食料櫓・武器櫓などがあった。
*9)二の丸
本丸を保護するいわば第二の拠点である。
*10)空堀
水が無く、断面がV字形である。本丸防衛の為の掘割である。
*11)本丸
連郭式山城の中心郭で戦の場合城主の本陣となる。
*12)天津社
城には古来、守護神が付き物である。天文二年本丸築城の時、山麓に遷宮した。(現天石門別神社)
*13)侍屋敷
この下に宏大な侍屋敷 見事な石垣に囲まれた物資貯蔵曲輪がある。
*14)飛騨の丸
宗景の重臣明石飛騨守景親の屋敷跡。野面積の石垣は代表的な築郭法である。
*15)竪堀
中世の山城に多く見られる空堀の一種である。山の斜面に直角に作った空堀をいう。
*16)馬屋の段
本丸で通常使用する馬屋で、戦争の場合は三の丸に臨時的につくる。
*17)南櫓台
太鼓の丸と本丸との連絡と、城外と城内をみまもる目的がある。
*18)南櫓
隠曲輪で敵兵が城内に侵入してきた際に堀切の敵を上から攻撃する曲輪。
*19)堀切り
山城に用いる空堀で、尾根を包丁で切った感じの空堀である。
*20)亀の甲
旧天神山城防衛の為に敵が塁をよじ登って来た時、石落し用としての石積の小山。
*21)石門
旧天神山城防衛の為の門である。
*22)太鼓の丸城(旧天神山城)
室町時代以前に、日笠青山城の出城として日笠氏が築城したもので、浦上宗景の亨禄四年天神山出陣の足掛かりとなり、天文時代より太鼓櫓として物見台の役目と家臣団集合の合図をした役目の櫓「人桝」と呼ばれ、東方に根小屋が有り搦手門となる。
薄っすらと明るくなったころ倉敷を出発 車載温度は2℃ 2号線を岡山へ向かう 入った途端、岡山市街地渋滞の恐れの表示 車も多いように感じる 岡山に近づくにつれ流れは遅くなる それでも長い停止はなく動いている 180号との分岐を過ぎて少しは流れが良くなった ラジオが濃霧注意報を報じている 西大寺バイパス出口にかかった辺りから霧が出てきて周辺の景色が見えなくなってきた バイパスを抜け2号線に出、吉井川を渡る 左手に見える筈の熊山は全く見えない 香登駅を過ぎた辺りから山容が見えてきて青空も顔を出す JR伊部駅を過ぎ伊部東の交差点を左折して374に入る 和気インターチェンジを過ぎ、和気の市街地へ向かう 向かう先もまた霧 川に沿った川霧かも知れぬ 金剛川を渡り、吉井川に沿って走っているのだが周辺の景観が全く見えないすぐ横の川すらわからない 目的の場所で曲がれるだろうかと心配になる 天神山登山口のある河本に近づくと川は左にカーブし その部分の霧が幸いなことに薄れ道路状況を伺う事が出来た 河本バス停のある三叉路をすぎて、左にカーブ、すぐ右手の取り付け道路へ降りて行く そこに登山者用駐車スペースがあり、利用させて戴いている 車載温度は2℃ 駐車している車は無い 所要時間を見たら前回より40分も余計かかっていた