福山



標高 302m    難易度 ☆     登り91分 下り35分    岡山県
倉敷からの距離   8Km        登頂日 2025/12/26   ガイドブック F写真 動画

駐車場(下横道南)7:03−7:09分岐(直登コース→)−7:19天神神社相撲場−7:20天神古墳群(rootX↑)−7:32岩壁に社−7:49上の横道(rootX出)−7:56分岐(幸山城跡)−7:57分岐(西郡コース)−8:01分岐(八畳岩)ー8:02八畳岩一番石仏−8:19妙見展望台−8:22root23↑−分岐−8:30西郡コースroot19出−8:34福山山頂8:38−8:41root18↓−8:49root18↓/root13↓−9:01分岐(root13↓)−9:05ゆっくり(root13出)−9:09下の横道−9:13駐車場

登山
 今日は福山(ふくやま 標高302m)を訪ねる

 登山支度をして出発する 駐車場の出口(登山口へ向かう方)に幸福の小径と書いた遊歩道マップと福山を歩こうと書いた案内地図が設置されている 福山には主要コース以外にもルートがある これまでにも幾つかルートを歩いた 前回訪ねた天神古墳群からのルートはわかりにくい所だが面白い、今日も訪ねる
 
 県道を横断する 横断して下の横道南コースを行く 平坦なルートを数分行くと東屋ならびに福山山頂へと書いた分岐がある そのまま直進する 右手に峠古墳群と書いた標識があり、すぐに直登コースの分岐に出る 歴史広場から登ってくるルートを数歩過ぎたところだ ここを登らず直進する
 
 以前歩いたRoot20入口の休憩舎のあるところを右に見て過ぎ、ルートを直進する 天神古墳群という標識が右手に見られる辺りから山へ入ってゆくルートが何本か見られるがそのまま進む Root20入口から7分程で自動車道に出る 自動車道を右にとり登ってゆく 左手にトイレがありその先に天神神社相撲場の広場がある 今日は団体さんがおられた
 
 広場とは道の反対側に案内標識があり、その手前に古墳へのルートがある そこに入る 入ってすぐ左手に丸太の階段のルートがあり、そこを登って行く 天神古墳8号墳と書いた標識や古墳を見ながらルートを進んで行く 古墳を過ぎ、山を右にして巻くように進んで行く ここは、わりと平坦なルート
 
 古墳から4分程進んだところで右に入れる分岐がある 気づかないとそのまま降りてしまう 分岐を右に折れ、竹が何本か見られる結構急な登りを登ってゆく 落ち葉が積もり滑りやすい 足元を確保しながら登って行く そうして出たところがお社のある岸壁
 
 迷わず岸壁の左手方向を登って行く ルートだと思って見るとルートに見えるがわかりにくい 急斜面を登って行くと、その先にルートがあるのがわかるので安心出来る 急斜面でコウヤボウキ*(*は実を意味する)の綿毛を見つける ルートがはっきりしていて追いやすかったが1,2分行くと落ち葉の積もった斜面に入りルートを読めなくなる 第二の難関だ 右手の方にテープナビがある これを見つけ、そこを目指して行けばその先のルートが読める シダが生えている間を抜けてゆく ルートは読めるが傾斜は結構きつい テープのあったところから10分程要し上の横道に飛び出る
 
 出た所の左手は大きな岩のところ 階段のルートを降りて行く 折角登ってきたのにという感じがするが左手の斜面は更に急でルートを選定出来ない感じだ 6分程で幸山城跡への分岐に出るが、そのまま直進 次の分岐を右折し西郡コースを行き、八畳岩を目指す
 
 幅広の西郡コースを登ってゆくと右手に八畳岩と書いた案内標識がある そこから入って行く 東屋が見えてきて大きな岩の前の広場に出る 石仏が並び大岩の一番奥の壁面に一番石仏がある
 
 八畳岩の大岩を左に見ながら登って行く 八畳岩の上に立つ事が出来、清音の市街地が見える 岩を過ぎ右に折れるようにしてルートを行き、岩が重なりあった岩の下を潜る 出たところにあるヒサカキ*を確認する そして、ちょっとした岩の斜面をロープを使って登る
 
 そこを登ると先ほど潜った岩の上に出る ここからも清音の眺望が得られる また、見上げると更に、大きな岩が重なっているのが見える 更に、岩を右手に回り込むようにして登って行くとその大岩の裏手に出る 大岩の上には石の三重の塔がある
 
 岩を後にルートを登ってゆく ロープが設置されているところもあり結構急斜面 でもロープを使わずに登って行ける ルート脇にヤブコウジ*の赤い実を見つけた そして妙見展望台に出る
 
 ここからも清音の市街地を展望できる 温度表示は0℃を示していた 展望台のすぐ前左手の切り株に木製の置物が置いてあった 手作りの作品だ 面白いのでパチリ
 
 すぐにルートを行き山頂を目指す いつものところにソヨゴ*が赤い実をつけているのを見つける すぐに分岐があり右に入る、標識は見当たらないが23の標識があったところだ このルートは上の横道からのRoot19と繋がっており合流点を左にとると山頂手前の西郡コースに出る コース出口には19と書いた標識がある
 
 西郡コースを行くと山頂広場に出る 広場には湊川決戦一週間前備中福山合戦*1)と書いた説明板がある 大きなヤブツバキの木があり花芽をつけていた 少し離れたところにサザンカが咲いていた 広場の左手、東斜面からは倉敷方面の景観が得られる 正面から太陽を受けまぶしい 団体さんが登ってきて挨拶を交わす 近くにイロハモミジ*のプロペラ状の実を見つけた
  
 東屋の方に戻る こちらは陽射しは無く風が強い 温度計はここも0℃だった 広場の外周ルートを行く 1234段の階段ルートは降りずにRoot18から降りる 右手に留意しながら行くと数分でRootの入口を見つける事が出来る 目立たないが小さい標識がある そこを降りて行く 降りる時は足元に目が離せないので花や実を見つけるのが難しい 何が幸いしたのか赤い実がチラッと目に入り ヤブコウジ*を見つける事が出来た このシーズンは赤い実を見つけられると嬉しい そして上の横道に出る 出たところにも標識がある
 
 上の横道を斜めに横断するような形でRoot13を降りて行く ルートが落ち葉で埋もれているところが多い でもなんとなくルートと判別できる 結構急で、足元に留意しながら降りる Root14への分岐を示すオレンジ色の標識を確認 14の方には行かず、反対の左へ折れ、13と書いた標識を見て降りて行く そしてゆっくり回り道コースに出る
 
 ゆっくりコースを降りる 左に入れるルートを見つけたのでそこを降りる 東屋のある分岐をショートカットした感じで下の横道に出る そのまま駐車場へ 駐車場は幾らか減ってはいたが入ってくる車も見られた 車載温度3℃だった

 この山では古墳 お社 沢山の石佛 合戦の記念碑など歴史を感じられるものが多い AIにこの山の歴史を調べてもらった上で 詩をつくってもらった

AIと創った詩は

山は記憶している

山は語らぬ
けれど すべてを抱いている
石の奥に 火の記憶
苔の下に 名もなき祈り
風が運ぶ 声なき声

人は登る
知らぬことを 知りたくて
道なき道に 足跡を刻み
手で触れ 目で追い
耳を澄ませて 問いかける

けれど山は 答えぬ
ただ ひとつの姿を変えず
古墳も 社も 石仏も
時の層に沈めて
静かに 待っている

人は書き 掘り 語る
忘れぬように 伝えるために
けれどその言葉は いつも
山の沈黙に届かず
ただ 自らを映す鏡となる

それでも人は また登る
知るとは すべてを得ることではなく
沈黙に耳を澄ますこと
山の記憶に 心を重ねること
そうして 少しずつ 近づいていく

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*1)湊川決戦一週間前備中福山合戦

海抜302mのこの福山は往古 神奈備(カンナビ)山、加佐米山、百射(ヒモイ)山とか言われたが、山岳佛教が栄えた奈良平安期 報恩大師が頂上に福山寺及び十二坊を建て伽藍(ガラン)が全山に並び繁栄を極め福山と呼ばれるようになった。

後醍醐天皇念願の親政が復活したが建武中興に加わった足利尊氏が論功行賞に〇〇(フンマン)を抱き天皇支持勢力の新田義貞、楠木正成等と対立した。この結果、尊氏勢が九州へ敗走し軍勢を立て直して再び京都を目指して東上を開始した。福山合戦はその途上の延元元年五月におこった。

足利直義十六日 朝原峠より攻撃を開始したが、城兵撃退す、十七日四方より総攻撃をかけ、城兵は石火矢、岩石落し、弓矢にて二万餘の死傷者を出したが 新手入り変り立ち変り遂に乱入され火をかけられ落城となった。大井田氏経一千騎引連れ山下の直義の本陣になぐり込み奮戦したが、味方は百騎程になり山上は火の海、氏経はこれ迄と部下を集め三石の本陣に加わらんと一方切り破り逃れた 福山城落城後直義は敗走する氏経を追い板倉より辛川まで十余度交戦を続け三石城へ逃れ去った。

直義は足利勢をここで休養させ首実験をして戦功を賞した。討首千三百五十三を数えたという。


アプローチ
 薄っすらと明るみはじめた頃倉敷を出発 車載温度2℃ 429に向けて走る 浜ノ茶屋北の交差点で429にのりすぐ次の交差点で県道469へ左折する 前方に見えてくる山が福山だ 安養寺を示す案内表示を見送り ピークを超える 左手に駐車場があるのでそこに入る 今日も、平日にもかかわらず多くの車がすでに駐車していた 車載温度1℃