不 思 議 不 思 議
(前編)

 次男が幼稚園に入ったので少しは朝に余裕が出来て嬉しくしている。 
園からの帰りがけにする道草−ちょっと遠回りをしてみると足は疲れるが,目先が変わって新鮮だ。思いもかけぬ発見も多く出るので止められない。 

 平成11年5月11日のことである。 
私が耳元で色々と吹き込むので,友人Oさんは最近双眼鏡を買ってしまった。 
「変わった鳥の鳴き声がするんだけど・・・」 
しきりにパクパク鳴き真似をしてくれるのだが,どうも解らない。 
  そんな彼女について小高い住宅地に自然観察かねて行くことになった。 
 彼女はそこに住んでいるので幼稚園からの帰り道。私の方はハッキリ言って,遠足に出かけるほどの道のりになってしまう。旅は道連れ世は情け,やっぱりそこに住んでいるHさんと共に3人で登ることになった。 
 頂上近くのHさんの家は借家で築30年とは思えなくモダンな外見だ。 
「へー,いい家見つけたねー」 
「庭も芝生で,屋根裏もあって・・・」 
ジロジロ,もうお宅拝見の域である。 
「あれ,何?」 
私は目敏い。 
「ほらほら,あの2階のベランダの上の横に付いているお面のようなもの。」 
「どこどこ? あ,ホントだ,あんな物があるの知らなかったワー」 
遠目にはクーラーのホースを出すところを埋めるパテのようにも見える。 
丁度持っている友人の双眼鏡を借りて覗く。 
「何か土の塊のようよ」 

 その日は当の家の持ち主,Hさんに 
「ベランダ越しに近づいて調べといてもらえる?」 
と言い残し,山を降りた。 
その後のメールで 
「何か見たことのない物が出そうになったら知らせてね。援護するから・・」 
と打ったところ,Hさんは色々と想像してビビったらしく 
「そんなことなら最初から小橋さんが手を下して頂戴」 
と全権を委任されてしまった。 

 決戦は金曜日。5月14日のことである。朝から気合いが入っている。 
持ち物準備。 
 双眼鏡,一眼レフカメラ,袋各種,筆記用具一式,各種図鑑・・・まで来て悩んでしまう。重いのだ。現場は山。大荷物は細身に堪える。しかも幼稚園経由なので,大層な格好「何ダ何ダ」とお母さん方に聞かれるとめんどくさい。図鑑だけは絞り込もう。 
 あの能面のような土の塊の可能性は何であろうか,予想してみる。泥細工の出来る生き物だ。動物は可能性が低いかも知れない。 
「キツネに泥団子を食わされた」 
なんて昔話で出てくるが,実際にキツネがこねてたりすると論文が書ける。 
サルならこねて遊びそうだが,ここ倉敷市では野生のサルは生息していないらしい。 
 植物? 有無を言わせず却下却下,残るは昆虫。これがどうも怪しい。 
 私は「野外の毒虫と不快な虫」(全国農村教育協会)という原色図鑑に的を絞ることにした。どこを開いても背筋が寒く,名の通り不快な感じのする虫の写真満載のオソロシイ図鑑なのだ。私は今となっても開かないように張り付けたいページがあったりする。が,意に反して気候が良くなると同時に不快な虫の出現も頻発し,その度ごとにこの図鑑は大活躍している。 

 用意は万全,いざ出陣。 
ズーズーしくH家の門をくぐり,二階のベランダに出てみる。 およよ,やっぱり何かなければ手が届かない位置だ。 
  Oさんの家はHさんのお向かい。脚立を用意して持ってきてくれていた。ああ,なんて気が利くOさん。
  が,さらに庭から
 
「これも使うかもよぉー」 
と,今度は何故か釣竿,その先に虫取り網を引っかけて,しかも長い針金まで引っ付けて,ベランダから魚を釣るごとく一度にツルツルと渡してくれた。彼女なりに精一杯考えてくれたのだ。 
「ありがとうー!」 
とは叫んだものの,一体何をどう使えばいいのか頭をひねっても解らぬまま,道具はドンドン増えていく。 

 さて,脚立を持ってしても,あの謎の物体には今一歩足りない。 
 よーし,仕方がない。約4センチ幅のベランダの手すりの上に乗っかるしかない。こりゃあ,極度の高所恐怖症でないことをありがたく思わねば。ちなみに転けたとしても,まだベランダに落ちるぐらいのスペースは残されているので,ひとまずは安心だ。が,道具も置く所がないし,動きの取れない私に変わって,近くで待機しているHさんに 
「はい,袋!」「はい,カメラ!」「はい,メモして!」 
と,補助してもらうことになった。Hさんは何を隠そう元看護婦,掛け合いの手際に賭けては百万力。もし強風にあおられてここから転落しても応急処置も万全だ。 

 お面状の謎の物体,ようやく間近で落ちついて見てみる。のっぺりとした表層が想像力をかき立てて,見れば見るほど目鼻口を付けたい衝動に駆られる。
 所見はこうである。 
 ・長さ11p,幅8.5p,高さ4p 
 ・2種類の色の土(まさ土)で表面が覆われて,モザイク状。 
 ・表面は至って固い。 
 ・どこから見ても表面には穴は空いていない。 
つまり,この中身は外界から守られた一つの要塞といえよう。
ますます中が気になるところだ。大事に守られている物は何であろうか? 
  
固い,非常に固い。 
初めは爪で表面の土をガリガリしていたが,全然歯が立たない。本当に固い泥団子状態だ。先の尖ったシャーペンで攻めてみる。少ーしずつ削れる。この少しずつさが程良い。一度にドライバーなどで攻めると中の物が破損したら困るし,何かオソロシイ物が吹き出した場合には,こんな所に立っている私が被害者第1号となろう。 
「アアッ,飛んだ!」 
あまりの堅さにシャーペンの首の部分が折れて,どこかに飛んでいってしまった。 

 それでもめげずに先を失ったヘンテコリンシャーペンでガリガリ続けているうちに,ふとある不安が頭をよぎった。 
「ねえねえ,Hさんが越してくる前に,ここに子供住んでいなかった?」 
 夏休み,お庭で子供が泥遊び,ポーンと投げたがここの壁。
「うーん・・・,確か以前は子供住んでいなかったよー」 
安心するのもつかの間,進まぬ作業にさらに不安がよぎる。じゃあ,大人夫婦が泥団子遊びを・・・な訳ないと思ったものの,可能性がないわけではない。そんな事を考えてしまうぐらい作業は難航していた。 

「あ,何かある!」 
とうとう1つの空洞に突き当たった。 
 Hさんはこの「何かある」の所で既に顔をしかめ,身構え体制に入った。 
この空洞,よく見ると2層に分かれている。下層には黒いツブツブ,上層には楕円形の袋・・・・・袋?  
思い切ってこの袋,そうろりと触ってみる。和紙のようだ。破けて中が見えるかな? 
 ビリビリビリ・・・ 

「オーッ! さなぎ! 真っ白!」 
「エエーッ???」 
「これは・・・,ハチだー!」 
中で守られていた物,それは白いハチのさなぎであった。 
   


「不思議な不思議な壁の物体」
後編 
  
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