徳倉城跡(232m)
徳倉城(徳蔵城)築城年代は定かでないが
南北朝時代に須々木氏の居城であったともいわれ
現存する遺構は松田氏の時代のものである。
松田氏は最初一族の松田親秀をいれ後に家老宇垣氏を置いた。
永録11年(1568年)宇喜多氏が松田氏を滅ぼすと重臣遠藤河内を置いたが
関ヶ原合戦後に宇喜多氏が滅亡して小早川秀秋が入封すると廃城となった。

午後12時35分、登山口へ到着。
車は小遠藤のごみ集積所か、青空市場の路肩に駐車出来るが
今日は時折小雨が降っているので、登山口に駐車させて頂く。
左が登山口 本丸登山道を登る

午後12時40分、薄暗い登山口を出発。
登りはじめは、なだらかな竹林の中をピンクテープに沿って
登って行く。
薄暗い登山口 初めはなだらかな道

登山道はよく手入れされ、随所に案内板もあり
迷うような事はない。
随所に案内板あり 手入れされた登山道

堀切を過ぎる辺りから、傾斜が増してくる。
途中の曲輪群の遺構を見ながら登って行くと、長曲輪跡へ着く。
傾斜が増してくる 長曲輪跡

長曲輪跡を過ぎると、少し下って登り返す。
道は右へ左へとコースを変えるが、ピンクテープに
沿って登れば、間違える事はない。
少し下る 随所にテープ

登山道からの展望は、終始良くないのが残念。
石積みが残る虎口を経て段々、核心部に近づいて行く。
登山道からの展望は良くない 石積み

しかし樹林帯の中は風も通らず、もう汗でビタビタだよ〜。

そんな中、登山者3名と遭遇。
こんなマイナーな山に、こんな天気の日に登山者がいるとは
思ってなかったので、突然会った時にはビックリしたが
どうも城跡オタクのようだ。(^^ゞ
汗でビッショリ 登山者と遭遇

大手曲輪からは、壁のような階段道が続く。
階段が続く 壁のような階段(^^ゞ

階段道を登り切ると、井戸跡がある。
更に登ると二の丸を経て、本丸の大手虎口の石垣が見える。
野面積みの石垣は、下から見上げると結構迫力がある。
二の丸にある井戸跡 野面積みの石垣

午後1時、大手虎口の徳倉城跡へ到着。

本丸北側(大手側)には社があり、南側(搦手側)には
多聞櫓を配していたような石垣が残っている。
本丸跡(搦手側) 本丸跡(大手側)

本丸跡の大手側には、妙見宮の祠が祀られていてる。
妙見宮 本丸跡

城跡からの展望は良く、南に高尾山、西には岡山空港ゴルフクラブが望める。
高尾山方面 空港方面

また北に土倉山、東には金山、本宮高倉山、遥か佐伯の山々まで
見渡せる。

時折小雨が降っていたけど、青空が望めるようになってきた。
と思ったのも束の間。
すぐに曇り、またまた小雨が。
土倉山方面 一瞬の晴れ間

午後1時、遅めの昼食タイム。

コンビニおにぎりを食べていると、タイミング良く飛行機が降りてきた。
でも思っていたより高度があり、ちょっと残念。
もう少し低空で飛んでくれたら、迫力があるのだが。
金川方面の展望 タイミング良く降りてきた

午後1時15分、名残惜しいが下山とする。
本来は高尾山まで往復し、
搦手登山道を下りたかったが
天気が良くないので、残念だが往路を下ることにする。
搦手登山道 案内板あり

足早に下り、午後1時30分、約15分で下山。
これで今年最後の山歩きも終了。
1時間にも満たない山歩きだったが、この天気では仕方ない。
また次回、ここから高尾山まで縦走して見よう。
下山完了 ガードレールが県道61号線

 登山口 → 本丸登山道 → 徳倉城跡:約20分
 徳倉城跡 → 本丸登山道 → 登山口:約15分

                            合計:約35分(昼食休憩含まず) 

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