算第25日  02年5月25日 (土) 晴れ             
           やなぎや 旅館 〜 87番 〜 88番 大窪寺 〜 高松本四フェリー乗り場

やなぎや旅館7:20出発、すぐ近くの 87番 長尾寺 参詣、昨日行ったジャングルのような志度寺と異なり広い境内はグランドのよう、所々に木がある程度、寺男が竹箒で落ち葉を掃き集めているすがすがしい朝の風景だ。

南に向かって進む、前川ダムの手前より登り坂、自転車を押したり乗ったりしながら10.4km行く。
額峠を越え降りたところが多和小学校、ここからまた2kmの坂道を上って下って、いよいよ最後の坂2.4kmを上って峠を越えた、そのすぐ向こうに結願の寺 88番 大窪寺 が見えた。

ここが最後のお寺、残った線香とローソク全てに火を付け、お賽銭の入った巾着は逆さにして振りお賽銭箱へ全て入れた。
結願の時感激のあまり涙が止めどなく流れたとか聞いたことがある。
しかし私は修行が足りないのか特に感激もない。

山門の近くで長机の上に接待用のお茶を置いて遍路についてのアンケートを取っている若者に会った。
質問に答えている内になんとなくすがすがしい開放感と一抹の寂寥感に襲われた。
私の夢、私の旅は終わった・・・何十年もの間、温め続けた夢が・・・。
でも・・・なんだか終わった気がしない続けたい、そうだ又来よういつの日にか。

門前の土産物兼食堂「八十八庵」で「打込みうどん」を食べ11:20出発。
帰途 道の駅「ながお」前の遍路資料館へ寄った。
明治時代の寺の写真や遍路風景 その他昔の遍路用品や資料が沢山展示してあった。

昔は大変だったろう、命がけで回ったのだ・・・そのような中に歩き遍路で何十回となく回った人の写真があった。時の経つのも忘れ時間を費やした。
自分は自転車でやっと一回・・・まだまだ ひよこ いや それ以前 「ひ」 にもなっていないか・・・。

へんろに出るには気力、体力、時間それに家族のささえがなければ出来るものではない。
家族に感謝、いやそれ以上に四国のみなさん暖かいお心ありがとう。
四国路には現代社会がとっくに無くしてしまった良き時代の日本の優しい心がありました。

そのようなお心に出会う度に心が洗われ優しくなろう、素直になろう、親切にしよう、もっと感謝する心を持とうと思うようになりました。ありがとうございました。

ただ一つお接待は車の乗車以外お断りしてはならないと云う。
しかし現金の接待には困った・・・だってそのような人に限りお金が有り余って接待しているとはとても思えないからだ、「あなたにするんじゃない弘法大師にするんだ」・・・といわれたって。心苦しい 申し訳ない。
わたしは何もして上げられないのに・・・。 

嬉しいお接待は声援であり、親切に道を教えて頂いた時など言葉のお接待だった。
野宿の人達の為の善根宿とかお風呂の接待は別として、せいぜい果物1〜2個とかジュース1本程度までと思うのは私一人であろうか。

温かい言葉や心、四国の深い山、渓谷のせせらぎ、ゆっくりと流れる大河、果てしなく続く土佐の海、鳥の歌声、路傍の花などが心の傷やわだかまりを少しずつ 少しずつ、癒してくれる、素晴らしき四国路。

又いつの日か へんろに出たい 次は歩きで・・・しかし・・・私は はや65歳。
あまり時間の余裕はない。     
 
本日の走行距離   50.84km
累計距離      1302.3 km
AV             12.2 km

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やなぎや旅館 7.100
打ち込みうどん 750
ジュース 240
フェリー 500
合  計 8,590
累  計 265,144