プラエトーリウム=ソムヌスのお正月(第1話)

§お正月の準備『お飾り篇』

12月29日:晴れ

「ご主人様,今日は特に何か御予定はおありですか?」
 いつものように美味しい朝御飯を食べた後,お茶を飲んでいる最中にフィンさんが聞いてきた。
「いえ,特に……」
「あるわけないわよねぇ〜。いっつもダラダラしてるんだもん」
「……」
 僕が言い終わるよりも早いフォニームの一言。
 否定できないところが情けないかもしれないけど……。
「何かあるんですか?」
 言い返そうとしたって「なによ〜,ホントのことでしょ!」とか言われそうだし,ヒマなのは事実だからフィンさんが何か用事があるのならそれに付きあうのも悪くはない。
 そう思って返事をしたんだけれど……。
「無視するんじゃな〜い!!」
 カンッ!
 フォニームの持っていたお盆が僕の後ろ頭に命中する。
 どうしろって言うのさ……。
「あらあら,まぁまぁ」
 フィンさん……笑って見てないで止めてほしかったなぁ……。

 で,結局何だったのかと言うと……。
「そろそろ『お飾り』をつけないといけませんわねぇ〜」
だった。
「それでですね……ホントはご主人様にこんな事をお願いするのは申し訳ないんですけれど,『お飾り』っていうのは殿方が作るのが慣わしということですから……そうなりますと,この館の男手ってご主人様しかいらっしゃいませんでしょう?」
 そう言われれば,確かに正月の飾りについてはそんなことを聞いた憶えもある。
「うん,それくらいならお安い御用だよ」
 普段,何から何まで皆にやってもらってばっかりで,何か一つでも体を動かしたかった僕としては,願ってもないチャンスだ。
 しかも……「正月飾りは男手でないとダメ」という大義名分があるから,アメリアさんもこればっかりは邪魔できないだろう。
「裏の離れの方に必要なものは用意してありますので,よろしくお願いしますわ」

「あ,ご主人様♪」
 離れに行くために外へ出たところで,外の見回りから帰ってきたところらしいマージに出会った。
「お散歩ですか?」
 相変わらず散歩が好きなマージらしいよね。
「散歩じゃないんだ。これから離れで,お正月用のお飾りを作るんだよ」
「お正月用のお飾り……ですか?」
 ちょっと首をかしげるマージ。
 頭の上にクエスチョンマークが2つ3つ浮かぶエフェクトが似あいそうな感じだ。
「あぁ,そうか。これまで『日本の』お正月がどんなものかっていう経験はなかったんだっけ」
 もともとフィンさんたちはヨーロッパの方の出身だから,日本のお正月がどんなものなのか(どんなことをするのかとか)は経験する機会はなかったんだろう。
 だとすると,「正月用のお飾り」と言われたところでそれが何なのかイメージできなくても無理はないよね。
「今,時間があるんだったら一緒に行く?」
 口で説明しようにも,うまく説明できる自信はないし,だったら見てもらう方が早い。
 それに……どうせならマージと二人っきりの時間も悪くない(って,毎晩二人一緒に過ごしてるんだけど)。
「いいんですか?」
「もちろん」

 離れに置いてあったのは,砧〔きぬた〕を打って柔らかくした藁束。
「って……やっぱり藁を綯〔な〕うところから……なんだろうなぁ」
 ちょうど一週間ほど前に,学校の行事で地元のお年寄りを招いて簡単なお飾りを作ったばっかりだったので,やり方は知ってるわけだけど……。
 もし知らなかったらどうさせるつもりだったんだろう?
「さて」
 藁の束を適当に取って綯〔な〕い始める。
「それが,『お飾り』なんですか?」
「その一つ」
 マージに答えながら,次の藁を足して続けて行く。
「一つ?」
「『お飾り』って一口に言っても,どんな場所に飾るかでいくつか種類があるんだよ」
 最初は細い縄から初めて少しずつ太く。
「それはどんな場所に飾るものなんですか?」
「これはね……えっと……!」
 何気ないマージの質問に答えようとして,思わず手が止まってしまった。
 しまった……注連縄〔しめなわ〕って,もともとは神域に不浄が入り込むのを避けるための物じゃないか。
 こ……この場合は……。
「……そうそう,入り口に飾るんだよ。
 要するに……家の外から悪いものがやってきませんように。っていうおまじないだね」
「そうなんですか。だからこんなに大きいんですね」
 ふぅ……なんとか誤魔化せた……かな?
 まぁ,そんなに間違った解釈でもないよね。
 …………多分。
 でも,まぁ,やっぱり垂手〔しで〕はつけないでおこう。

 そんな風にお喋りをしながら,午前中一杯を掛けて,なんとかお飾りを完成させた。
 ちょっとばかり目算を誤って,注連縄〔しめなわ〕が長くなってしまったけど,フィンさんの意見で門に飾ると言う事で落ち着いた。



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