プラエトーリウム=ソムヌスのお正月(第2話)
§お正月の準備『門松篇』
「ご主人様,少しよろしいでしょうか?」
お昼ご飯の後,書斎で本を読んでいた(って外国語は読めないから挿絵を眺めていただけなんだけれど)ところへ,アメリアさんがやってきた。
「何,アメリアさん」
「お寛〔くつろ〕ぎのところをお邪魔して大変申し訳ございません。実は,ご主人様にお力添えをいただきたいことがございまして,お願いにあがりました」
いつもながらに折り目正しい言葉遣い。
「いいよ」
言葉の中身だけ聞いてると大事みたいに聞こえるけれど,普段のアメリアさんの調子から考えたら,そんなに大変な事でもないんだろう。
それに……アメリアさんがわざわざ僕に『お願い』するなんて,滅多にある事じゃない。
と……(ちょっぴり)楽しみにしていたら……。
「ア……アメリアさん……」
「何でしょうか?」
「それ…………何?」
一瞬,目の前にあるものが信じられなかった。
「竹と呼ばれる植物ですが……何か?」
……確かに色とか形とかは……そうだけど……。
そんな巨大な竹って……。
「どこから採ってきたの?」
「この山の中腹です」
……そんな巨大な竹が生えてるここって一体……。
「竹って,そんなに大きくなるものなんだ」
「はい。竹の中でもこの孟宗竹と呼ばれる種類は,最大で高さ30メートル弱,幹の直径20センチメートル以上にもなります」
あ,別にここが特別ってわけじゃないんだ。ちょっと安心。
「それで,その竹をつかって何をするの?」
「はい。『門松』を作ろうと」
見れば他にも赤い実をつけた南天や松の木(!)なんかもある。
……まぁ,納得……かな。
枝じゃなくて木が一本丸ごとあるのはさておいて……。
「ですが,困った事に私どもではその『門松』という物がよく分かりませんので,ご主人様に御指導頂ければと思いまして御足労頂いた次第です」
「うん,まぁそれくらいならお安い御用だよ」
さて,それじゃぁ……。
「簡単に言えば『門松』っていうのは門の両側に飾る松の事なんだ。だからって,松の木を植えるわけにもいかないから,普通は植木鉢に松の木を植えて飾りを作るんだけど……」
そこまで言ってアメリアさんが用意したらしい松の木や竹を見る。
この大きさの松の木や竹を植えられるような植木鉢って……。
「すぐに用意致します」
そう言ってアメリアさんは返事もまたずに裏の離れの方へ歩いて行く。
と思ったら,すぐに大きな樽を肩に担いで帰ってきた。
「どうするの,それ?」
「こうします」
樽を地面に立てて,少し下がる。
「ハッ!」
一瞬の銀光。
そのまま何もなかったように近づいて上の方に手を掛ける。
あの一瞬で,樽はキレイに両断されていた。
「これでしたら充分な大きさでしょう」
……も,なんでもいいです。
結局のところ……どんな材料をつかって,どんな風に作るかって事が分かりさえすればそれ以上僕の出番はないわけで……。
後の作業は事実上アメリアさんが一人で進めて,完成させた。
「ご主人様,門松ってすごいにゃー!」
門の両側に据えたところで,せっかくだからと皆にも声を掛けたところで,エリカの第一声がこれだった。
そりゃ,直径が20センチメートルはあるような竹3本を中心に据えて,その周りに松や梅,南天を飾ってあるんだから,見た目の迫力はものすごいものがある。
「へぇ〜,人間ってこんなもの飾るんだ」
フォニームも興味津々に眺めている。
「ここまで大きな物はそうそうないけどね」
そもそも置く場所に苦労する。
「でもよかったですわ。今日中に何とかなって」
フィンさんがほっとしたように言う。
「え?なんで?」
「あのですね。新年を迎える飾りはどんなに遅くっても30日までには用意しておくものなんだそうですの。大晦日に飾るのは『一夜飾り』って言ってよくないことなんです」
フィ,フィンさん……なんでそんなことまで詳しいの?
「おまけに,明日はちょっとお天気が悪くなりそうだったものですから,今日中に何とかと思っていましたの」
そうですか……。
何だか……何を尋ねても『あら,まぁ』ですまされそうな気がして,結局尋ねる事はできなかった。