Szene-Eins.
開かれたままの窓からの凉やかな風を感じて,糾は目を覚ました。
山の上,しかも季節は秋とあって,さすがに朝方の風は冷える。
その風の凉しさが,傍らの温もりをより強く意識させる。
出会ったばかりの,けれど,かけがえのない女性〔ひと〕の穏やかな笑顔が,そこにはあった。
懐〔おもい〕
眠りから目覚める感覚というものに,実はまだ馴染めてはいない。
そもそも,眠りというものを人間と同じ意味では必要としたことのなかった自分にとっては,数度の経験だけで馴染めるものではない。
それでも,一度は手に入らぬと諦めたものを,望んでいた以上に与えてくれた男性〔ひと〕の想いがそうさせたのか,今の己の存在は,かつてよりも人に近いところがある。それは煩わしく思えないでもないが,愛しい男性〔ひと〕と同じ行いを,見た目の振る舞いだけではなく同じ様に為せるということは,喜びでもある。
だが,この時の目覚めは,昨日までとは大きく違っていた。
「…糾……?」
そこは間違いなくようやく見慣れてきた部屋。
だが,その部屋の様子は……決定的に違っていた。
不意に肌寒さを覚えて,ミラルカは自身の身体を抱え込んだ。
傍らにいてくれるはずの糾の姿が,どこにも見えなかった。
「あ…糾?……」
何処〔どこ〕?
呼びかけたはずの声が,音をなさず虚空に溶けていく。
「糾!?」
湧き上がる喪失の恐れが衝き動かすままに,ただ,その名を叫ぶ。
「ミラルカさん?」
不意に背後から届く声。
「あ……」
振り返った先には,愛人〔いとしびと〕の穏やかな眼差しがあった。
ただ,それだけで,胸が熱くなる。
「ミラルカさん!?」
慌てたような声。
ずっと見つめていたいその顔が不意に滲む。
「あ……?」
どうして?
もっと見ていたいのに……。
その問いを発するよりも早く,温もりが肢体〔からだ〕を包み込む。
「大丈夫」
その一言と共に,眦〔まなじり〕に触れる温もり。
そして,ようやくミラルカは自分が涙を流していた事を知った。
目覚めたときの糾の不在。
ただそれだけが感じさせた恐怖。
それゆえの,糾の姿を目にしたときの安堵感。
言えば,それが全て。
そして,その基〔もとい〕は……自身にとっての糾という存在が如何に大切な人であるかということ。
かつての自分には想像もつかない醜態〔しゅうたい〕は,確かに愉快なものではないけれども,今,自分を抱きしめてくれる糾の温もりは何よりも安らげるもので,今はその温もりに浸っていたいと感じていた。