ホワイトデー綺想曲
§その1:事の始まり
それは,2月の末のこと−−−
「はい?」
「だから……ね……」
予想外のことに思わず尋ね返した僕に,チーフは済まなそうにもう一度同じ内容を繰り返してくれた。
アルバイト4人と正社員1人が急に辞めてしまって,スタッフのローテーションがズタボロになってしまった関係で,来月(3月)の半ばに貰えるはずだった十日ほどのお休みが,どうやり繰りしても 無 理 そうだ。と。
「年度末の里帰りだから,いくらかの都合はつけて上げたいんだけど,こっちも仕事だからね」
ここのチーフにはこれまでにも勤務のローテーションの都合とか(館へ帰るとなると簡単ではすまないからまとめてお休みを貰わないといけないし)いろいろとお世話になってるから,そう言われるとこちらとしても強くは出にくい。
「大学の授業はもう大丈夫なんだろう?その分入ってくれないか?」
その分の時給は イ ロ をつけるから。
動ける人数が減った分,労働時間は長くなるし,単位時間の仕事量は増えるわけだから,ハッキリ言えばキツイんだけれど……その割り増し分につられて,つ い,頷いてしまった……。
「えっと……」
夕食後,机の上にカレンダーと預金通帳,貯金通帳,家計簿(と財布)を並べた。
今現在の預貯金の総額,変更後のシフト表(取り敢えず確定できている3月第1週分)から,ちょっと試算してみる。
「このペースでアルバイトすると……」
あ……結構な額になるかも。
館に帰ってる間は生活費がいらないにしても,往復の交通費だって小さくないわけだから,稼げるのはそれはそれでありがたい。
それに,余裕があれば,それだけ皆へのお土産も奮発できるわけだし。
「でもなぁ……」
そもそも帰れないんじゃお土産の意味はない。
「3月の半ばにはって思ってたのに……?」
ふと,カレンダーの一箇所に丸印がつけてあったのが目についた。
一番左端の列の上から2段目……赤い数字の14日。
「あ!!!」
そして,ようやく僕は事の重大さに気づいた。
「ホワイトデー……」
2月14日のバレンタインデーと対をなす大事な日。
「…ど………どーしよ……」
呆然とした僕の呟きに返事をしてくれる相手は,当然ながらこの四畳半の部屋の中には誰もいなかった……。