ホワイトデー綺想曲

§その2:日常の中

「あら?」
「マム,なに?」
「フィンさん?」
 今日のプラエトーリウム=ソムヌスは明け方からずっと雨。
 強い雨ではないにしても日差しがないのは気分までも湿らせるのか,誰が言うでもなく皆は広間に集まって過ごしていた。
 暇に任せてピアノを奏でてみたり,ただ雨脚の強弱の変化を眺めていたり……。
 そんな中で,フォニームと共に古い意匠のカードを鮮やかな手付きで操っていたフィンの手が,小さな声と共に止まった。

「ぅ〜ん……」
 人差し指だけ伸ばした右手の先を頬に当てて小首をかしげたまま,呼びかけにもフィンは応えない。
「フィンさん,それは……」
 応えぬフィンの目線の先に並んでいたものは……何枚かのカード。
 伏せられたままのものと,表に返されたものと。
 その意味するところをフィンだけではなく,マージもまた識〔し〕っていた。
 人間よりも遥かに長い時を生きてきた彼女らにしても,それは『古い』と言うしかない,その当時ですら既に伝える人の少ない技法だった。
「これは……『混乱』 ?」
「えぇ……ご主人様ったら,どうなさったのでしょう?」
「「「ええっ!!?」」」
 唐突な一言に,皆が騒めく。
「フィ,フィンさん……それ,ご主人様のだったの!?」
「ええ……今頃どうしていらっしゃるかと思ったのだけれど……」
「ご主人様,大変なのかにゃ?」
 マージが口にした中身ゆえに騒めきが起きる。
 ここまで来れば,フィンが何をしていたのかは皆にも分かる。
 ご主人様(糾)を想っての占いであろう。
「混乱って,アイツ何かヤラかしたの?」
「ファムちゃん,いけませんよ。ご主人様の事をそんな風にお呼びしては」
「それよりも,フィン。どういうことなのだ?」
「そうにゃ,ご主人様にもしもの事があったら大変にゃ!」
 アメリアとエリカの声に促されるように,フィンの手が次のカードを繰る。
「あら?」
「え?」
 続いて現われたカードの並びを見て取った途端,マージとフィンの口から呆然としたような声が洩れた。
「フィン?」「マム?」
「ふ……二人ともどうしたのかにゃ?」
「これって……」
「えぇ……そうねぇ……」
「うにゃ〜〜〜〜,だからどうしたのかにゃ〜〜〜〜!!?!?」
 分かる者だけの会話に痺れを切らしたのは,やはりエリカが最初だった。

「えぇっと……ね……」
 カードを見やすく整理しながら,フィンは口を開いた。
「ご主人様の身の回りで,何か普通とは違う事が起こったみたいなの」
「え〜〜〜!!!??」
「あ,でもそんなに大きな事じゃないみたいよ」
 慌てふためくエリカを抑えるようにマージが付け加える。
「なのだけれど,それが結果としてご主人様にとって良い事とあまり良くない事とごちゃごちゃに入り交じってしまっているから,ご主人様もびっくりなさってるみたいなの」
「…………つまり,別に心配はしなくてもいいってこと?」
「そう……みたいね」
 要点のみを確認するフォニームの言葉に,マージが頷〔うなず〕く。
「でも……この 『時間』 は何を意味するのかしら?」
 呟くフィンの視線の先には,後半に捲〔めく〕られたカードがあった。



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