さまぁ ばけいしょん
〜この夏の(も?)大騒ぎ〜
第1幕:事の始まりは斯くのごとく
「え?」
図書館の新聞コーナーというものは,概して人気が少ないものである。だから,その時,糾のそんな呟きは……まぁ,近くに居た何人かの耳には届いていたのだが,親しく付き合っている相手はその中にいなかったこともあって,誰もそれ以上の注意を払おうとはしなかったのは,幸いであったと言えるだろう。
もっとも,当の本人にはそんなことに注意を払うような余裕はなかった。
深呼吸を二度。
改めて,手に持った小さな紙切れに記されている番号を,新聞に掲載されている番号と突き合わせる。
左から順に1桁ずつ。
「あ……当たってる……」
そう。
生まれて初めて購入した宝くじ。しかも,友人が購入する時に付き合いで購入したソレが,見事に当選していたのである。
当選金は15万円ほど。
慎ましやかな糾の生活からすれば,4ヵ月ほどの食費を賄えるだろう。
頭に浮かんだ使い道は,まず第一にソレだった。
まして,夏休みの間には少し長めに館(プラエトーリウム=ソムヌス)へ里帰りをしようと考えている糾にしてみれば,その間のバイト料を補うだけでも余りある額である。
のだが……館の事が脳裏に浮かんだところで,使い道に関しては大きな軌道修正が加えられることとなった。
そもそも今回糾が友人たちと購入したこの宝くじは,自分で番号を選択できるのであったが,だからと言って瞬間的にいくつもの数字が閃くわけでもない。どんな数字を元にするか,しばらく悩んだ末に自分の大切な家族たち縁〔ゆかり〕の数字を使うことにしたのである。ごく単純に,彼女たちの名前の頭文字をアルファベット順に数えて何番目か,という数を元にしたのだ。
そうなると……この当選金は皆のおかげ。とも言える。
その金を,自分の生活費にそのまま使える糾ではなかった。
ではなかったが,現実問題としてどうするのか。
皆への手土産を何か奮発して……という発想は簡単に浮かんだものの,具体的に『何を』というところへ辿りつくまでには数日が必要だった。
幸いな事に,バイト先の知人から近場の大手デパートのサマーセール用カタログ(電話帳サイズ)を譲ってもらえたので,そこからピックアップすることにしたのだが,普段から女性物の衣料品など縁遠い糾には印刷物だけではイメージは掴みにくい。
幸いな事に,本店が街中にあるのだからと出かけることにした。
だが,結果的にそれが良かったのか悪かったのかは……意見が別れる結果となった。
「あら,糾クンじゃない」
商品が若い女性向けのものばかりなのはともかくとして,当然の結果ゆえに周囲のほとんどが若い女性(+一部にアベック)の中へ若い男が一人という場の雰囲気は,少々どころではなく居心地が悪い。
そんな中で聞こえた知っている声というものはまさに地獄に仏である。そう親しいと言うほどではないにしても,気負わずに会話のできる(数少ない女性の)友人が店員の制服を着て,そこに立っていた。
だが,そこで知り合いに会ったという油断が悪かったのだろうか。数分後には,彼女ともう一人の店員からの質問攻めに合いながら,予想もしなかった水着コーナーで更なる居心地の悪さに冷や汗を流す糾の姿があった。
「肌は白い方? 髪は? 色合いとか長さとか」
「色は……白い方かな。髪は銀色で」
「えっ? 外国の人なの?」
「う,うん。お祖父さんの仕事の関係で……」
「となると,白だと紛れちゃうだろうから,鮮やかな色づかいで……あぁ,明るめがいいのか,それとも濃い方がいいのか……」
「相手の方の身長はどのくらいですか?」
「えっと……こ,この位」
と,示した手の位置が,糾の身長よりも高かったことについては……接客業のプロ意識をフル稼働させて二人の女性はノーコメントを貫きとおした。
「じゃぁ,サイズはこの辺りで……こちらなんかどうでしょう?」
と示されたのは鮮やかな赤色のビキニだった。
「これならサイドである程度のサイズ調整ができますから,多少寸法が違っても大丈夫ですよ」
「なら,色違いでこの辺りとか,こっちなんかもどうかしら?」
何か言うよりも早く更にいくつかの水着が目の前に並べられる。
確かに鮮やかな色づかいは見ていても綺麗なものである。
ただ,問題は……糾の感性からすると,『水着ってこんなに布が少ないものだっけ?』と思えることだった。
「ちょ……ちょっとハデ……かな」
さすがにその感想をそのまま口にもできず,そう言葉を濁した糾だったが,それで引き下がるような相手ではなかった。
世間一般(主に学校関連)的には既に『夏休み』に突入してはいる日付にはなっているものの,だからと言ってその頭数が丸ごとデパートに流れて来るわけでもない。
勿論,来客数は多くはなるが,人の出足には波がある。ちょうど,その谷間,すなわち客足が少ない時間帯であったことも,彼女たちの積極性に拍車をかけていた。
そして,そもそも水着を買いに着たわけではないのだからとその場を逃げ出せなかった糾が彼女らに対抗し切れるはずはなく……結局,全員分の水着を購入してデパートを出たのは予定時間をかなりオーバーしてからであった。
……少なくとも,予算は問題なかったが……。
こうして,夏物衣料(ワンピースとか,カットソーとか)という当初の予定とは大きくズレてしまったものの,皆へのプレゼントという名のお土産を確保した糾は,年度末以来の里帰りへと出発した。