さまぁ ばけいしょん
〜この夏の(も?)大騒ぎ〜
第2幕:予定……外?それとも調和?
「あれ?」
大きな荷物と共にホームに降り立った糾はふと首を傾げた。
その視線の先,改札をくぐりぬけるその後ろ姿はチラとしか見えなかったが,その特徴的な色彩の組み合わせには見覚えが合った。
上から黒,白,緋色。
黒髪(短髪)。染み一つない純白の上衣。緋色の袴。
要するに,巫女装束である。
目にする機会が多いか少ないかという問題はさておき,駅に巫女がたまたま居たからと言って,何が悪いわけでもない。
悪いわけではないが……別の意味で気にはなった。
自分よりもやや低めの背丈。
短めのおかっぱ頭。
印象的な,ある意味,印象的過ぎる出会い方をした一人の巫女が思いだされる。
「まさか……ね」
自分に言いきかせるようにそう呟いて,糾は改札を出た。
さして大きいわけでもない待合室と,大きく開かれた出入口から見渡せる駅前の小さな広場。訪れた回数はまださほどではない。けれど,自分に取ってここは既に『旅先』ではなく,『帰って来た場所』になっている。
ここから更に時間が掛るのだとしても,その感覚は変わらない。
さほどの時間をおかずにやってきたバスの乗客となった糾は,一時間ほどで目的のバス停に辿りついた。
ここからは山道を歩かなければならない。
「さぁ,行こう」
そう気合いを入れて,大きなボストンバッグを担ぎ直すと,糾は一歩を踏み出した。
時には獣道にも思える山道とは言え,既に何度も通った道である。だいたいの様相は分かっている。
途中,二度ほどの小休止を挟んで山の麓まで辿りついた辺りで,うっすらとした霧が周囲に漂いはじめた。
「あぁ……ただいま」
知らず,その言葉が口を突く。
フィンがその力の大半を注ぎ込んで,一刻も途切れることなく張り巡らせている迷いの結界。
館(プラエトーリウム=ソムヌス)を中心とした精霊たちの世界と,外界(人間の世界)とを分かつそれは,言い換えれば,ここから先は精霊の世界,即ち,糾が帰る場所であることの証である。
そして同時に……館まで後僅かであるという標〔しるべ〕でもある。
喜びに,自然とペースの上がった歩みは,しかし,霧を抜ける間もなく止められることになった。
霧の向こうから近づいて来た小柄な人影と,小さな呼び声で。
「はぁ…あのぉ…つかぬ事を伺いますが?」
……はい?
日常生活の中で耳にしたとしても,それ自体は特におかしなところなどないはずのその言葉が……何故か強烈な既視感〔デジャ・ビュ〕を感じさせる。
そして,唐突にその情景が脳裏に再現される。
その情景そのままに,巫女装束のこのはが目の前に姿を表していた。
「…あ,こ,こんにちわ。 何?」
あの時は何を尋ねられたんだっけ?
などと思いながらそう応えた糾は,しかし,無意識にでも予想していた範疇を超えたこのはが悲痛な声で絞りだした一言にその場にへたり込みそうになった。
「ここはどこなんでしょう?」
「…………」
「あのぉ〜?」
言うまでもなく,本人は大マジメである。
それだけに,何と返事を返したものか。
しばらく考えを巡らせる間に何とか立ち直って,糾は逆に問い返した。
「このはさん,今回 は どこへ行きたいの?」
「はぁ,鉄道の奥之沢〔おくのさわ〕駅南口の…」
ちなみに,奥之沢駅に南口はない。
「…って,あなた,どうして私の名前を!?」
ワンテンポばかり,ズレている辺りは相も変わらずらしい。
「去年も,ここであったでしょ。このはさん」
「……はい?」
直前の剣幕などどこへやら。小首を傾げたまま数拍が過ぎ……たところで彼女は破顔した。
「あぁ! どなたかと思ったら,貴方はいつぞやの凶悪な動物霊を引き連れていて,悪霊に狙われていた糾さんではないですか!!」
どういう思い出し方なのかと突っ込む余裕もなく,今度こそ糾はその場にひっくり返っていた。
『凶悪な動物霊』……某年代物外国アニメのネコとネズミのように仲良く喧嘩したエリカのことだろう。
『悪霊』……祖父の代からの仇敵ミラルカのことだろう。
と,考えれば,間違いとは言い切れない。
言い切れないが……わざわざ口に出されて楽しい内容でもない。
「ま……まぁ……それはいいとして……」
強引な話題の転換であるのは承知の上。
と言うよりも,そうでもしないかぎり,いつまでこの話が続くか分かったものではない。
「どうしたの,こんなところで?」
「はぁ……それなのですが……そもそも,お盆の時期と言うものは,一年の中でも様々な霊たちが活発に動き出す時期なのですが,そうなると当然の結果としまして色々な問題も起きてくるわけなのですよ」
「いわゆる,怪談話の類いってこと?」
「そう! そうなのですよ。
ですから,この国の霊的守護を担う我が水代家としましては,可能な限りそれを未然に防ぐためにも一族郎党総出で全国各地の霊的防御結界の点検・強化ですとか,封印の点検・強化ですとか,その隙をついて出て来た悪霊亡霊妖怪変化の類いの退治封印調伏に明け暮れているわけなのです」
「……大変なんだ」
最初の一言はさておいて,このはの口から淀みなくすらすらと言葉が紡ぎ出されるというこの状況よりも,純粋にその中身に感心している糾であった。
ただし,肝心の答えがその中に含まれていないことにはしっかり気づいていた。
「それで,どうしたの,こんなところで?」
「はい。例年は一族の者数名と共にそれに当たっていたのですが,今年は独力〔ひとり〕で赴けと父上に言われまして……」
「それで?」
「鉄道の奥之沢駅に着いたまではよかったのですが,そこから総社宮〔そうじゃぐう〕を目指して地図の通りに歩いていたのですが……」
そう言いつつこのはが取り出した地図を覗き込んだ糾は,またもひっくり返りそうになった。
「このはさん……どこへ行くつもりだったの?」
「で・す・か・ら! ここに書いてありますとおり,**国総社宮へですね!」
「降りる駅を間違えてるんだけど……」
「え?」
慌ててこのはは自分の持っている地図を見直す。
続いて,糾が差し出した,駅で無料配布されている観光地図を見る。
父親から渡された地図にあるのは『奥久野佐波〔おくのさわ〕駅』。
そして,観光地図に載っているのは『奥之沢駅』。
「……」
「……」
「はわわわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜……」
パタリ。
そんな擬音が聞こえてきそうな倒れっぷりだった。
「……このはさん?」
「はううぅぅぅぅぅぅぅぅ………………」
結局,このはが立ち上がれる程度にまで復活するのに十分余りが必要だった。