糾がいなくなる朝


 部屋に入ると,不意に寂しさが込み上げてくる。
 分かってはいるのだ。
 この館だからこそ,自分は糾と共に居ることができるのだと。
 如何に自身の力が強大であっても,糾とともに人間の世界で存在する,いや,『生活』するためには無意味であると。
 分かっているからこそ,この館で,糾が帰ってくるのを待つことにしたのだ。

 そう決めたはずだったというのに……。
 つい今し方,出立する糾を見送ったばかりだというのに……。
 もう寂しさに捕らわれている自分がいる。
 帰りを待っていると,自ら口にしながら……。

 腰を下ろした勢いのままに,ベッドに身体を投げ出す。
 最後の夜をともに過ごした臥所〔ふしど〕は,微かに想い人の匂いがした。

「糾…」
 その名を呼んでも応えはない。
 そのことが,より寂しさを感じさせる。

 惹かれ,求め続けた天璋院の血筋。
 求め続けて,求めていた以上の形で手に入れて……そして,それゆえに,たとえ一時的にとは言え,自ら手放して……。
「……!」
 その瞬間の衝動を何と呼ぶのか,ミラルカは知らない。
 ただ,かき抱く腕〔かいな〕の中に求める糾の姿はなく,伸ばした手にも温もりは得られず……微かな残り香だけが得られる全てだった。

「糾……」
 自分が涙を流していることは分かってはいたが,それを止めようなどという考えは浮かんでこない。


 それから暫くの後……心配して様子を見にきたフィンはシーツを抱えこむようにして(泣きつかれて)眠っているミラルカの姿を発見することになった。



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