クリスマスを前にして
お祖父さんからこの館を受け継いで,そして,ミラルカさんと出会ってから最初の冬がやって来た。
これまでの冬(冬休み)と言えば,学校へ行かなくていい分をアルバイトに費やす日々……だったんだけれど,今年は程々で切り上げて館へと帰って来た。
……このはさんが また 迷いこんで来たのには呆れたというか,笑うしかなかったんだけど。
けれど……気づくべきだったかもしれない。
この状態で騒ぎが起きないはずはないっていうことに(笑)
発端は朝ご飯の時……
「ご主人様,今夜はクリスマス・イブですから期待していてくださいね」
フィンさんの言葉に皆が歓声を上げる。
そんな中,予想外の声が上がった。
「クリスマス・イブ……って,何なのです?」
「………………」
「………………」
「……………………………………はい?」
余りにも予想外の言葉に,食堂が静まりかえった。
とゆーか……マジ?
「あ,あのですね…」
視線が集中して,さすがにとんでもないことを言ってしまったと気づいたらしいこのはさんが慌てて説明を始める。
「その,舶来 の行事だということくらいは分かるのですが,そもそもどんな意味があるのかとか,どんな事をするのかとかは全く……。
……あ,あの………その………実はこれまでにクリスマス・イブというものを経験したことがなくて……」
……あ,納得。
「そっか……神社だもんね」
仏教に神道にキリスト教がごっちゃごちゃに入り交じっている今の日本だけど,さすがに神社,それも神道関係のお偉いさんっていうかな家柄なら,キリスト教関係の行事をまったくやっていないっていうのもありえない話じゃないよね。
「簡単に言えば,キリストの生まれたって日が『クリスマス』で,その前の夜が『クリスマス・イブ』なんだよね」
「行事としての成立は四世紀ごろです。ゲルマンの冬至祭や古代ローマの農業神の祭事からとか,古代イラン地方の宗教の祭儀に端を発すると言われています」
……いや,アメリアさん…そんな百科事典的な説明はいいから。
「最近ではお互いに贈り物を贈り合ったり,パーティーを催したりして,楽しく過ごすことが多いですわね」
「うん,そうだよね」
とゆーか……そんなクリスマスの由来を正確に知ってる人って,ほとんど居ないんじゃないのかなぁ……。
ほとんどの人が知ってるのは,クリスマス・ツリーを飾って,ローストチキン(本来は七面鳥だってことくらいは僕も知ってるけど)やケーキを食べて,プレゼント交換して……だよね。
そんな話から始まって,皆の出身地(と言う表現もちょっとおかしいかな?)も結構バラバラだから,それぞれの国毎の料理の違いとか,どんなことをやったとか,どんな料理がよかったとかで盛り上がっていると,さらにこのはさんが不思議そうに訊いたんだ。
「でも……なぜキリスト教徒でもない人々がそんな祭事をするのですか?」
「まぁ……楽しいから。っていうのが本音じゃないかな。
現実問題,殆どの日本人はキリスト教の行事だとかって事にはこだわってないし」
「な,何なのですか,それはぁっ!!」
「うにゃぁっ!?」
「ちょっと!唾飛ばさないでよっ!」
いきなり大噴火したこのはさんのあおりを喰らったエリカとフォニームの抗議の声も何のその,このはさんはその勢いのままにまくしたてる。
「苟〔いやしく〕も,八百万の神の庇護を受ける大八島〔おおやしま〕の民が,異教の祭事を,しかもその意味も解せずに物質的快楽のみを希求して取り行うなんて,言語道断ですぅっっ!!!」
えっと……よく分からなかった単語はさておいて……まぁ,キリスト教徒でもない人が,その祭事の意味もちゃんと分からずに云々のところは……否定はし切れないにしても……。
「でも,そもそも僕,神道じゃないし」
それは間違いない。
「はい?」
「仏教でもないし」
以前に居た施設でもお盆とかやったことはなかったし。
「ぇ,ぇえ〜っとぉ…」
「皆は……精霊なんだから,宗教とかって根本的に無関係だよね」
一斉に頷く皆。
「そ……それは言われてみればそうなのですが……」
「そう言う糾自身,己が宗派を云々すること自体が,根本的に間違っていよう。
糾は全ての精霊を統べる精霊王なのだから」
「………………」
ミラルカさんの言葉で事実上ケリがついたような状況に,フィンさんがトドメの一言を厳かに放った。
「そう言えば,隆一郎様も,承一郎様も,お二人ともキリスト教徒だったんですのよ」
「え?そうだったの?」
「はい」
「はぅわぁっ!?」
「だから,何の問題もないにゃ!」
エリカの朗らかな宣言に,このはさんは沈没した。
……まぁ……これで一件落着……にするには,このはさんの落ち込みっぷりは,正直放っておけないかな。
「えっと……何て言うのかな。生きてると,お金とかそんなものだけじゃ割り切れない時ってあるじゃない。そんな時,心の支えになるものが宗教とか信仰だって思うんだ。
だったら,皆が一緒に仲良く,楽しくなれるためのものだったら,それはそれでいいことなんじゃないかな。
楽なこと,楽しいことばっかりじゃ駄目っていうのも分かるけど,皆が楽しみにしてるものを,ただダメって言うのもちょっとどうかなって思うんだ」
「せっかくの機会なんだから,このはさんも一緒に楽しもうよ」
「そうですわ。人数は多い方が盛り上がりますもの」
そんなこんなのやりとりの後……皆で広間を飾りつけて,準備をして,賑やかなクリスマスのパーティーが始まった。
散々なんだかんだ言ってた割りには,このはさんも皆の楽しい雰囲気と美味しい料理にすっかり御機嫌だった。
The End.