邂逅(沙夜 & くらき)


お断り:ネタバレ有……と言えば有
元ネタ:人間ルート 第7夜冒頭部の沙夜の独白から

【Szene Eins】

 それはある晩,夕食の後片付けも終わって,のんびりとした雰囲気の中でのおしゃべりが発端だった。


夢見「そう言えば,1000年前の戦いで,神様の方が勝って,それで亜人間の人達はバラバラになっちゃったのよね」

 その言葉に,優雅に紅茶の芳香を楽しんでいた沙夜の表情が固くなるのを,大輔は確かに見た。
 だが,大輔の懸念を他所に,沙夜はそれ以上の反応を見せなかった。
 少なくともその言葉の中身は紛れもない事実であるから……ではなく,他人の話を盗み聞きしていたように思われるのは,沙夜の美意識に反する事だったからである。
 だが,何気ない風を装いながら,夢見とくらきの会話に耳を欹〔そばだ〕てているのが大輔には分かる。

くらき「そうにょろ。ぬし様がいなくなって,巫女たちはやりたいほうだいにょろ」
 いつもは明るい,元気印のくらきの声が,さすがに沈んでいる。
 さすがに夢見も気まずかったのか,慌てて言葉を繋げた。

夢見「そ,それで,くらきちゃんは沙夜さんとそれからずっと二人だけだったの?」

くらき「にょ?う〜ん,ちょっと違うにょろ」
夢見「どう違うの?」
くらき「あの頃はもっと一杯仲間が居て,皆が主様の側に居たがったにょろ。
    もちろん,くらきだって主様の側にいきたかったけど……あの頃のぬし様って,ちょっぴり怖かったにょろ。だから,ほとんどお話しした事もなかったにょろ」

 さすがに気はずかしいのか,そう白状するくらきの表情は複雑そうだ。

夢見「ふぅ〜ん。じゃぁ,沙夜さんとも?」
くらき「あんまり話した事もなかったにょろよ」

くらき「だから,ぬし様が神にやられちゃった後は,ずぅ〜っと一人だったにょろ」

くらき「それでも,偶然他の仲間と出会う事もあったにょろよ。でも……せっかく出会った仲間たちも,すぐに神の巫女たちに見つけられちゃって,逃げてるうちにすぐに離れ離れになっちゃうばっかりだったにょろ……」

夢見「……」

くらき「それで……あんまりさみしくって,誰もこないような山奥の洞穴〔ほらあな〕でずっと寝てたにょろ」

 何時の間にか,大輔も沙夜もくらきの言葉に耳を傾けていた。
 大輔のカップの中身はもうほとんど空になってしまっている。言えばすぐに沙夜がお代わりを淹れてくれるだろうし,そうでなくても言うより先に沙夜が気づいてくれることが多い。
 だが,この時,何故かそれはしてはいけない事のように大輔には感じられた。

くらき「ずっと,ず〜〜〜っと長い間眠ってて,目が覚めたときには,ホントに独りぼっちになっちゃってたにょろ」

くらき「眠る前は,会えなくても仲間たちの気配が,まだまだ感じられたにょろ。でも……起きたときには,全然,誰の気配も感じられなかったにょろ……。寂しくて,寂しくってくらき泣いちゃったにょろ」

夢見「くらきちゃん……」

くらき「それからしばらくは一人だったにょろ。でも……ホントは一人じゃなかったにょろ」

夢見「……どういうこと?」

くらき「花の精にょろ。人間たちがわがまま放題にひどい事しちゃったから,花の精たちは戦いが始まる前にはほとんどが眠っちゃってたにょろ。その花の精たちが,くらきが眠ってた洞くつの近くにもいたにょろ。眠ってるから,お話はできなかったけど,それでも,側に居るだけでうれしかったにょろよ」

夢見「そっか。くらきちゃん,お花大好きだもんね」

くらき「うん。大好きにょろ。それに,そのおかげで,沙夜様とも会えたにょろ」

夢見「そうなんだ」

くらき「お花畑にいた時に,偶然,沙夜様に会ったにょろ」

 その時の事を−仲間に巡りあえた嬉しさを思い出しているのだろうか。くらきの声はいつもよりも弾んで聞こえる。

くらき「あの時,沙夜様,くらきのこと見て,にっこり笑ってくれたにょろよ。とっても綺麗だったにょろ」

沙夜「!」
夢見,大輔「え?」

沙夜「…そう言えば,そんなこともありましたわね」

 いきなりの振りにも,すぐに平静な声でそう応えるあたりはさすがであるが,その頬が微かに朱〔あか〕らんでいるところをみると,やはり多少は照れがあるらしい。

くらき「ぬし様も,あの時の沙夜様のお顔を見たら惚れ直すにょろよ」

沙夜「くらき!」

 さすがに顔を赤らめて声をあげるが,調子に乗ったくらきは止まらない。

くらき「沙夜様,照れなくてもいいにょろよ〜」

沙夜「!!」

大輔「ぷっ」

 いつに無く顔を赤らめて,腰を浮かせる沙夜の慌てぶりに,思わず大輔は吹き出した。

沙夜「ぬし様! ひどうございますわ」
大輔「ご,ごめんごめん。 でも,まぁ,いいじゃないか。沙夜。綺麗だって褒められて怒らなくたって」
沙夜「もう…」

 大輔に対してそれ以上強くも言えず,沙夜は椅子に座り直して,紅茶を口に運んだ。
 飲み終わって,一息ついたところで,ようやく沙夜は大輔のカップが既に空になっている事に気づいた。

沙夜「ぬし様,気がつかなくて申し訳ありません。すぐにお代わりをお淹れいたしますわ」
大輔「いや,今日はもういいよ」

 そう言うと大輔は立ち上がった。
 実を言えば,もう少し話を聞きたいのだけれど,なんとなく沙夜にとっては気はずかしい話のようなので,今日は終わりにしておいた方がいいような気がしたのだ。

大輔「おやすみ」
沙夜「おやすみなさいませ,ぬし様」
くらき「ぬし様,おやすみにょろ〜」
夢見「おやすみ,大輔」

 口々に挨拶する皆に,もう一度「おやすみ」と返してから,大輔は食堂を後にした。

 大輔を見送って,沙夜は茶器の片付けを始めた。

夢見「あ,沙夜さん。あたしが片付けますよ」
沙夜「そう。では,お願いしますわ」

 基本的に,自分が愛用している茶器の類いは自分で手入れをしている沙夜だったが,今日は素直に夢見の申し出を受ける事にした。
 家事に関しての夢見の腕前を(本人に対する好き嫌いの感情とは別にして)認めていることもあるが,この場に大輔が居なくなった事で,夢見やくらきの事が余計に意識されて,沙夜にしては珍しい事だが,なんとはなしに居心地が悪い感じがしていたことが,理由としては大きい。

 茶葉の収納に関しては,これは自分なりの整理の都合もあるので,自分ですませて,沙夜は自室へと引き上げた。


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