◆だんじりの姿

 唐破風の上の鬼の顔の鬼板。目にガラス玉を入れる。破風下の懸魚は、前に鷹と瑞雲と老松、後ろに鳳凰と蔦を彫りつける。軒下に仏教の煩悩にちなみ108本の垂木、屋根を受ける組み物は3手先で、面取りをした欅の4本の柱に載せる。また、長押の木鼻に獏と獅子を飾る。囃子座は擬宝珠高欄、台座の四隅の金具に兎の顔、側面中央の金具に丸に「東」。さらに車台は欅造りで、彫刻を4面に配する。

だんじりの歴史
 伝承によばれ、このだんじりは2代目で明治初年ごろ、尾崎家の門屋敷に児島郡胸上から大工井上幽雪斎らを呼び寄せて建造したという。まただんじりの各部を飾る彫刻も幽雪斎の作品とする。なお彼の作品としては津山新魚町の「飛龍台」、川原町の「桜若」、鍛冶町の「錨龍台」のだんじりが有名である。
 町内のだんじりに丸に「東」が使われている。これは、往時西の傘鉾があり、それに対して「東」とよばれたことに起因するという。そして、だんじりを持たない他の集落は、神輿の行列に際してそれぞれの持ち物が割り当てられていたとのこと。

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