河川敷7:50−8:00登山口−8:02最上稲荷−8:23和気富士−8:39烏帽子岩−8:49観音山−9:02エビ山−9:14岩山−9:28前ノ峰−9:35間ノ峰−9:47穂高山9:50−9:54涸沢峰−10:11竜王山−10:18小竜王山−10:29幻のピーク−10:38フェンス−10:45フェンス−10:58河川敷
今日は和気富士(わけふじ173m)から涸沢峰経由竜王山(りゅうおうやま223m)・小竜王山を訪ねる登山支度をする 風が無くて幸いだが冷たい、ウインドウブレーカーは着用したまま 猪対策として鈴をセットし出発する 金剛川の堰堤を登り川を左手にして県道を行く 右手前方に和気富士が見える 信号のある三叉路の右手に大きな岩がある 大題目岩*1)だ 宿題にしていた修復箇所を確認する意味で全体写真を撮る 2009/1/16の修復前と思われる写真と比べてみたがどこだろうか?という感じ
岩を右に見て細道を行き 自動車道に出たところを右にとる 右手に和気富士登山口と書いた標識のところを右に入ると正面に赤い鳥居が見え 登山口に出る
登山口から道は狭くなり階段の登りが始まる 階段を登ってゆくと神社の前に出る 神社の前の階段を登ると右手に健康づくりの路案内図がある その図によると最上稲荷というらしい 今日歩くのはB上級向き3.7km3.5時間と書いてあるコースに準じたもの
階段を登って行く ふと左手に二合目の標識があるのに気づいた その後も四、五合目を見つけながら登って行く五合目を過ぎて2分程登ったら右手前方に岩が見え 岩の左手を登って岩の上に出ると眺望が得られ眼下の民家とその先に吉井川が伺える 更に登ってゆくと今度は金剛川の上流にあたる方角が見える
ルートは左に折れる 躑躅の小径と書いた木札があった シーズンには楽しませてくれるのだろう ソヨゴ*(*は実を意味する)が赤い実を沢山つけているのを見つける そこを過ぎるとまた樹林の中の登り七、八合目の標識 そして ようこそ和気アルプスへ と書いたボードなど見つけながら登って行くと広場に出る 雪が降ったようで白い粉を地面に撒いたよう ルートはどこだろうと少し歩き構築物を右に見る位置のルートを行くと そこには北曽根城跡*2)と書いた説明があり 十合目の標識もそこにあった
説明を見て更に先へ進むと小さなお社がありその前に和気富士と書いた標識が置いてある 山頂広場に出たようだ 竜王山鷲の巣と書いたルート表示があり それに従ってルートを行く ジグザグにルートを降りて行く しっかりしたルートがついておりそれを追って行く 岩肌の上に出る そこからは吉井川を伺う事が出来る そしてまた樹林の中を行く ネズ* サカキ*に出会う サカキは実の先に針のようなものが出ていてヒサカキと区別が出来るそうだ そしてルートを行く
岩の前に出る エボシ岩←と書いた標識があり 矢印に従って少し入ると烏帽子岩と書いた板が置いてある岩に出る その上に立てば眺望が広がるのだろうか遠慮してルートに戻る 岩の間を抜けて行く 前回逆コースで訪ねた時ルートを探したが前回の経験もあったのかそう難航せずルートを追えた
ルートはアップダウンがあったり平坦なところがあったりで変化が多く、なかなかどの位置を歩いているのか判断しにくい もうじき和文字焼きを行う観音山に出る筈だ ルートは登りとなり山頂に近づいてきたところに和文字の中へ←と書いたルート案内がある ここを行けば和文字の点火装置があるところに出るようだ そちらに行かずそのまま登って行く 左手にリフト用レールが設置されており 山頂へ向かって伸びている 資材運搬用なのだろう 山頂にはブルーシートに覆われたものも置いてあった
和文字焼きは8/16に開催される由 この山の斜面で和文字焼きが行われ 麓の吉井川で屋台やら花火も行われるとの事 山頂からの眺望は良い 標高を調べると140mとの事 この斜面の角度はどの位だろうか かなりの急角度だ
観音山を後にルートを行く アップダウンをこなしてゆく ピークには和気アルプスの名前が表示されている 地理院の地図に記載があるのは和気富士 竜王山 今日は訪ねないが 神ノ上山で それ以外のピークには山名表示は記載されていない 同好の人たちが命名したものかも知れない 今日の山歩きで記録したピークとその間の所要時間を下記に示す登山口-2-最上稲荷-21-和気富士-19-烏帽子岩-10-観音山-13-エビ山-12-岩山-14-前ノ峰-7-間ノ峰-12-穂高山-4-涸沢峰-17-竜王山-7-小竜王山-11-幻のピーク-9-フェンス-7-フェンス
観音山からエビ山に向かう途中分岐があり 標識が無かった 縦走の方角に折れていった 反対側はどこに出るのだろう エビ山はここがピークなの?と思うところに標識があった 岩山は近づくと岩のピークに出た 途中樹間の右手に神ノ上山に続く縦走路が見えた 前ノ峰では縦走路からピークを伺え ピークに何名か人がいる様子が見えた ズームで撮ったがピンボケだったが結構多くの人がいる様子を伺えた 私が登っているタイミングに降りて来られた 壮年のグループで元気よく降りて来られた 登り優先ではあるが、ルートを譲り先に降りて頂いた 14,5名のようだった 鵜飼谷温泉の方から登って来られたとの事
前ノ峰までは吉井川沿いに山並みが繋がっていたがここから右方向にカーブし神ノ上山へ向かう縦走路が見え隠れする ネジキ*を見つけた ネジキの木は特徴があるので見分けやすい ここまで幾つも見てきたが実がなかったり 上の方でわかりにくかったりしていた 眼の高さにあるのを見つける事が出来カメラに収める
間ノ峰に出る ピークと思うが標識が見当たらない ちょっと探した ルートを外していたのかも知れない 間ノ峰と書いてあるのを見つける 間ノ峰の登り辺りから岩肌の上を歩く事が増えてきて 景観が違ってくる ピークから穂高山に向かう縦走路を追う事が出来る
穂高山に向かう尾根ルートは景観がいい 特に穂高山への登りの岩肌を登ったところで振り返るとこれまで歩いてきた縦走路を追う事が出来る そして前方右手に竜王山・小竜王山のピークも見える そして穂高山200mに出る
ピークには若い二人連れ お互いに写真を撮っている様子を伺いながらピークに出る 挨拶を交わし写真を撮りましょうか?と声をかけると ヤッターと喜んでくれた スマフォの操作を教えてもらいシャッターを押す 私もお願い出来る?と依頼し 私も撮って頂いた 竜王山から登られたとの事 私と逆コースですね お気を付けてと別れる
穂高山と涸沢峰は平坦なルートであり和気アルプスの雰囲気を味わえるルート 右手に竜王山・小竜王山を見ながら 尾根歩きを楽しむ 涸沢峰は215mと書いてあった そこから見える神ノ上山への縦走路の眺めはいつ見てもいい これから行く人はここを行くのかとひと踏ん張り 逆に歩いてきた人にはここを歩いてきたのかとの思い入れが込められる 今日は神ノ上山を目指さずここで竜王山へ向かう
竜王山へのルートも面白い 急な斜面を降り 尾根伝いを行き登り返す 足を滑らさないようこわごわと降りて行く そして登り返す 登り返しも結構急なルート ここからの景観も好きだ 涸沢峰からの尾根道 穂高山から涸沢峰に繋がる山肌、更に縦走してきたルート等楽しめる 右奥には神ノ上山のピークが伺える
景観を楽しみルートを行く これまでと違ったコシダが多いルート コシダには白いものが残っておりルートにもあった ルートは緩やかな登り 小竜山への分岐を直進してすぐのところに三角点があり その先に社と山頂表示があり223mと記載されている ここが今日一番の最高峰だ だが、山頂からは景観は得られない
分岐に戻って小竜王山へ向かう 小竜王山には2002/03/23に一度歩いているがあまり記憶にない わりと平坦なルート ピークへの登りも緩やか ルートに倒木がありそれを越えるのに難航した 途中サルトリイバラ*を見つける ピークには子竜王山と書いてあったが分岐の表示は小竜王山だったのではと思い 小竜王山のままとした インターネットで他の人の登山記録を見ても小竜王山が使われていた
山頂からは穂高山から和気富士に至る縦走路を展望できる これはなかなかいい 一見の価値がある
景観をカメラに収め、ルートを降りてゆく 穏やかな下り 岩肌の上を歩くようなところもある ルートはしっかりしており追う事が出来る 前方に小ピークが見えてきた ピークには、なんと幻のピークと書いた板が置いてあった 岩肌の部分が増え 傾斜もついてきた 用心しながら降りてゆく アタゴ様と書いたコンクリート作りの小さいお社があった そこを過ぎてすぐ あれ どこを降りたらいいの とちょっと迷うところがあったが 周辺を良く見るとロープが設置され ロープに沿って岩の壁を降りるとその先にルートがあるのがわかった 岩のところから5分程降りるとフェンスがあり そこを開閉して抜けてゆく
フェンスに沿ってルートがあり結構長い 記録を見ると7分を要している そこにもフェンスがある 別のルートの出口なのだろう その周辺にはお墓が見られる 案内標識は無くどこを行ったらよいかわからない 山と川に挟まれたところなので適当に歩いて行く あとから考えれば近道があったかも知れないが県道が見えてきて 県道に出る取り付き道路をゆき県道に出る あとは河川敷を歩き車のところに 車載温度は9℃を示していたが少し走ったら5℃に下がっていた
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写真を見せてAIと作った詩尾根を越えて、時を歩む
朝の光に 大題目岩が浮かぶ
その筆跡に 誰かの祈りを感じ
私はそっと 手を合わせた
旅の始まりに 心を澄ます和気富士の尾根を登れば
北曽根の城跡が現れる
かつての戦の気配を踏みしめて
私は 静かに通り過ぎる観音山の斜面に目をやれば
「和」の文字が 夏の夜を思わせる
あの火は 今も人々の心に
灯り続けているのだろうか涸沢峰の風は 少し冷たく
尾根道は 私を試すように続く
けれど その先にある景色が
足を止めさせてはくれない竜王の空に 光が満ちて
風が旅の記憶を運んでくる
見下ろす景色に 心がほどけて
歩いてきた道のすべてが
今 私の中で ひとつになる
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*1)大題目岩
和気町指定文化財(平成二十八年九月二十八日指定)施 主 田中佐平治
揮 毫 豊昌山本成寺第三十一世原田日勇上人
世話人 長谷川久造・恒次傅之祐・周藤俊徳・川口品造
土地寄進者 宇高栄次郎・宇高関太郎・宇高槇吉
高 さ 十七メートル四十二センチ
横 幅 四メートル九十一センチ
文字最深 四十五センチ
光明最長 四メートル五十五センチ
建 立 大正三年(一九一四)三月二十日着工、十一月一日完成
大正四年(一九一五)四月二十八日落慶法要
石 工 曽根 尾崎嘉三郎縁 起
大阪在住の田中佐平治という熱烈な法華信者の発願で、本和気本成寺の住職原田日勇上人の揮毫により、和気富士山麓のこの霊地に、日本一の大題目が完成しました。開創百周年修復浄業
この「大題目岩」は開創後百年の歳月を経て、風雪にさらされた岩壁の一部が崩れっっあったため、檀信徒並びに有志の方々の寄進により全面修復が行われ、平成二十九年(二〇一七)六月二十四日に修復完成法要が営まれました。
顕本法華宗豊昌山本成寺の誇りであるとともに、和気町の歴史的文化遺産として大切に保護保存に努めたいと思います。祭典行事
日進大聖人が安房国(千景県)の清澄山旭が森で、昇る朝日に向かってお題目を唱えられ、法華経による新しい宗旨を開かれました。建長五年(一二五三) 四月二十八日のことです。これを立教開宗といい、毎年この四月二十八日に大題目岩の前で「お題目まつり」として、本成寺檀信徒を中心に法要が行われています。顕本法華宗 豊昌山本成寺
和気町教育委員会*2)北曽根城跡
この城は、名黒山山城とも呼ばれ、戦国末期に備前・美作・西播に権勢を誇った浦上宗景の家臣明石景行が開いた城である。
その後、弟宣行が跡を継ぎ、宇喜多氏の反乱に呼応して浦上氏を滅ぼし、四千五百石を与えられたが朝鮮戦役で戦死、遺子久蔵も関ケ原の戦いで宇喜多氏に従って西軍につき敗北、この城は廃城となった。
現在、この山は通称「和気富士」と呼ばれ、つつじの名所として親しまれている。
昭和五十九年三月 和気町
薄っすらと明るくなってきた頃、倉敷を出発 車載温度-1℃ 2号線に乗り岡山へ向かう 祝日でもあり岡山バイパスの流れは順調 バイパスを抜け、一般道を行き 吉井川を渡る 熊山を左に見て過ぎ JR伊部駅を右に見て 次の伊部東の交差点を左折して374を行く 和気インターチェンジを過ぎ和気市街地へ 金剛川を渡りすぐに左折して県道96へ進む 374の下を潜って金剛川沿いを走り河川敷に駐車する すでに1台駐車 その車体に薄っすらと雪があった 車載温度-2℃