駐車位置7:30−7:35城山池堰堤(登山口)−7:42鉄塔#16−7:47鉄塔#15−8:07鉄塔#14−8:14三角点−8:30城山−8:45鉄塔#39−9:03鉄塔#208−9:17遊歩道−9:30展望台9:35−9:42遊歩道−9:52鉄塔#208−10:03分岐−10:16中尾岩−10:19鉄塔#38−10:38分岐−10:45城山池堰堤−10:50駐車位置
今日は熊山(くまやま508m)を訪ねる登山支度をする 着ていたウインドウブレーカ―はそのまま 城山児童公園を左に見て舗装道路を行く 道路を登って行くと城山池の堰堤に出る 堰堤にも駐車可能 すでに広島ナンバーの車が一台駐車
ここが城山ルート入口 城山池登山口との記載がある 標識を見てルートに入る 鉄塔巡視路がルートになっており鉄塔番号を示す標識もある ルートはすぐに急な登りとなる 以前頭をぶつけた木は切られ通りやすくなっていた 5,6分登るとルートは右にカーブする カーブの先に鉄塔が見える
すぐに鉄塔#16に出る 鉄塔の前の大きな木が裂けるようにして折れていた どんな力が加わったのだろう 緩やかなアップダウンを行くと鉄塔#15に出る 正面から陽射しを受けまぶしい 鉄塔を潜り、少し下る いつものところにヒサカキ#(はの花芽を意味する) ソヨゴ*(*は実を示す)が顔を見せてくれる 山を左に巻くようにしてしばらく行き、また登りとなる 傾斜がきつくなり 流紋岩の岩肌を登って行く やがて鉄塔#14が見えてくる 振り返ると、登ってきた鉄塔ルートが 右に眼をやると朝の陽射しを受けた三角点ピークと城山の山容が伺える
鉄塔#14に出る ここを左に曲がるようにして、城山へ向かう ネズ*が顔を見せる ソヨゴの木も幾つもあり赤い実をつけている 今年はどこもソヨゴが目立つ ひとつピークを超えたところに三角点がある 三角点を過ぎ少し下ってから城山への登りにかかる
ルートは急な登り、テープナビがガイドしてくれるので確認しながら追って行く 途中振り返ると、足元に見える樹林が美しい 最後の登り 落ち葉が幾層も積み重なっており、滑りやすい 注意しながら一歩踏み出したが やはりツルリ 落ち葉を掻き分けるようにしてなんとかクリアする そして、城山の山頂台地に出る 前方に熊山の山頂が見える 台地を行くとケルンがある ケルンの少し先に城山を示す登山記録の小さな板が木にくくられていた
城山を後に、緩やかな尾根歩きを楽しむ コウヤボウキ*が幾つも綿毛をつけていた 左手後方には下山ルートとして考えている中尾鉄塔ルートを伺う事が出来る ここでも沢山のソヨゴ*に出会い ヤブツバキ#が花芽をつけていた そして鉄塔#39に出る
鉄塔#39から50m程行くと、中尾鉄塔ルートと合流する 帰路はここから中尾鉄塔ルートへ降りる計画 分岐を右にとり熊山へ向かう 暫くは樹林帯の中のルート 途中T字路があり左山頂方向へ折れる 緩やかな登り 景観は得られない やがて、右手が開け、向かいの尾根が見え、前方に鉄塔か見えてきて、鉄塔#208に出る
ここで権現道コースと合流 ルートの幅が広くなる ゆるやかなアップダウンを行く ヒサカキ*が顔を見せてくれる 丸太の階段がありそれを登って行くと、遊歩道に出る 遊歩道を横断し、引き続き丸太の階段を登って行く ヤブツバキやヒメモチの木のところに出る ヤブツバキは花芽をつけていた 熊山遺跡の裏手に向かったところでマンリョウ*が赤い実を沢山つけているのを見つける 上から見ると葉に隠れるようにしていた そして遺跡の正面に回る そこには説明板*1)が設置されている遺跡を後に 展望台へ向かう 朝の景観が広がる 陽射しがまぶしく薄っすらと山並みが伺える 光っているところは片上湾だろう 右に眼を移すと吉井川の川筋が伺える 展望台の登り口に 熊山遺跡*2)と記した説明板が設置されていた 遺跡の材料に使われている流紋岩の説明が記載されている 火山活動があった証拠とか 歩いてきた岩肌もこれだ
下山は登ってきたルートを鉄塔#208 そして鉄塔#39手前の分岐まで戻り そこから中尾鉄塔ルートへ降りる ここまでに冬山の常連であるサルトリイバラに出会っていない 鉄塔#208のすぐ先はいつも顔を見せてくれる場所 今日はどうだろうかと近づいたら離れたところからもわかる程幾つも赤い実をつけていた 喜んでカメラに収め ルートを行く
鉄塔#39手前の分岐にはルート標識が設置されている 分岐を急角度に右に折れ ルートを行く しばらくは山を右に見て巻いているが 左に向きを変え、尾根を降りて行く 松の枝ぶりや前方に見える吉井川を見ながら降りて行く 鉄塔も見える なかなかいい景観だ そして中尾岩に出る 岩での景観は向きを変えて楽しむのもいい 中尾岩を過ぎると すぐに鉄塔#38(中尾鉄塔)に出る 鉄塔を潜り降りて行く 流紋岩の尾根が続く ここも好きな場所だ 足元に留意しながら降りて行く 城山池が見えてきて権現道ルートと合流する
合流地点では戻るようにして左に折れる 城山池がを右に見えてくる 城山堰堤の城山ルート入口付近には3台駐車していた フサアカシア# カナメモチ* メラノキシロンアカシア# ヤマハゼ*を見て車のところに 車載温度は7℃を示していた
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AIと創った詩流紋岩の記憶を踏んでゆく
朝の光が森を薄く染め、
流紋岩の斜面が静かに目を覚ます。
その白さは、
かつての炎の名残り。
城山ルートの細い道、
木々の間を縫うように登っていくと、
岩肌がふいに現れ、
山の素顔を見せてくれた。
山頂の石積遺構は、
風の中でなお崩れず、
祈りの形を保ち続けている。
触れれば、指先に冷たい歴史が宿った。
帰り道、中尾鉄塔の影が長く伸び、
現代の時間が尾根に落ちていた。
それでも足裏には、
古い火山の記憶がまだ温かかった。
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*1)国指定史跡 熊山遺跡 管理団体 岡山県赤磐市 指定年月日 昭和31年9月27日この遺跡は、熊山山頂(508メートル)に在って、全国に類をみない石積みの遺構である。ほぼ、方形の墓壇の上に、割石をもって三段に築城している。第一段は南面が狭く、北面が広い台形、第二段は、南面が広く、北面あ狭い台形になっている。第二段の四側面の中央に龕(がん)が設けてある。第三段は、方形であるが、中央部分に大石で竪穴の蓋がしてある。
石積の中央には、竪穴の石室(約2メートル)が作られていて、その石室に陶製の筒形(五部分に分けられる)の容器(高さ1.6メートル)が収められていた。この陶製の筒の中に、三彩釉の小壺と文字が書かれた皮の巻き物が収められていた。と伝えられている。
陶製の筒形容器と三彩釉の小壺からみて、本石積遺構の築成年代は,奈良時代前期で、三段の石積の仏塔と考えられる。
また、熊山山塊には、現在大小32基の石積の跡が確認されている。国指定の石積遺構に類似しているが、築成の目的、年代、築成者などは異なるものと思われる。
*2)熊山遺跡
流紋岩(りゆうもんがん)の石積
熊山遺跡は奈良時代の仏塔と考えられていて、昭和31年に国の史跡に指定されました。
積み重ねられている石は、ここ熊山から切り出された流紋岩質の溶結凝灰岩(ようけつぎょうかいがん)です。
流紋岩とは、粘り気の強い、ドロドロしたマグマが地上へ噴き出して固まった火山岩のことです。
流紋岩を作る火山は、今から約8000万年前に大量の火山灰を放出し、火砕流を発生させました。その火砕流が固まってできたものが遺跡に積まれた溶結凝灰岩です。
熊山遺跡は、この地の歴史と信仰を知る手掛かりとなるだけでなく、かつてこの地に大規模な火山活動が起こったことも教えてくれます。(赤磐市・NPO法人jGnet)
薄っすらと明るくなり始めた頃倉敷を出発 車載温度0℃ 2号線を岡山へ向かう 流れはスムーズ バイパスを抜け吉井川を渡る おさふねサービスエリアの建物はすっかり撤去され更地となっているのを左に見て抜けて行く 陸橋のある信号(香登駅前)で左折 NTN社宅裏手の墓地駐車場に置かせて頂く 駐車している車は無い 車載温度は-3℃