プラエトーリウム=ソムヌスのお正月(第3話)
§お正月の準備『餅つき篇』
12月30日:みぞれ混じりの雪
「さぁ,はじめましょう」
蒸し上がった餅米を運んできたところで,フィンさんが高らかに宣言した。
パーティーも開ける大きな広間の真ん中に据えられているのは……石でできた臼だった。
側には水の入った桶と,杵。
ここまでくれば,何を始めるかは言うまでもないよね。
そう,『餅つき』だ。
「お正月には欠かせませんでしょう?」
というフィンさんの一言で,今日は餅つきに決定。
「ね〜ね〜,ご主人さまぁ。これどうするんだにゃ?」
「マム,こっからどうするの?」
予想通りと言えば予想通りの光景かも。エリカとフォニームが好奇心むきだしにしてる。
「こうするのだ」
声と共にエリカがつついていた杵がスッと消える。
いや,消えたんじゃなくてアメリアさんが持ち上げたんだ。
「こうするのだ」
そう言ってアメリアさんは臼に入れられた餅米を圧し潰し始める。
「にゃんだ……それだけ?」
何を期待してたのか,エリカがつまらなさそうな声を上げる。
確かにつく時に比べると,最初のコレはちょっと面白みがないけれど……。
「大丈夫よ,エリカちゃん。これは下ごしらえみたいなものだから」
「じゃぁ,どうなればいいのかにゃ?」
「半殺しといったところか」
………………。
その瞬間,エリカとフォニームが凍りついた。
「ア……アメリアさん?」
「何でしょうか?」
二人が凍りついているのにも気づかないようで,アメリアさんは淡々と作業を続けている。
「は……半殺しって……?」
「ちょうどこの様な状態の事ですが」
そう言ってアメリアさんが指さしたのは……餅米?
「およそ半分程が潰れて,まだ粒が残っているような状態のことです」
「あ……そ,そうなんだ」
ってホントなの?
と,ちょっぴり先行き不安な始まりだった餅つきも,一臼目がつき上がる頃には思いっきり盛り上がっていた。
「ご主人様,どのくらいの大きさにすればいいんですか?」
「そうだね……軽く手で握れる程度かな」
「手榴弾位でよろしいのでしょうか?」
「……」
最初についていたアメリアさんとマージがつき上がった餅を程いい大きさにまとめている間にエリカとフォニームが二つ目をつく。
「にゃはは〜♪」
「えいっ!」
「ファムちゃん,お上手ですわよ〜」
アメリアさんとマージの時のように,見事なコンビネーション……とまではいかないけれど,二人とも楽しそうについている。
そうして……皆で交代しながら餅をついた後は……ちょっと遅めのおやつの時間。
今日のおやつは……
「うっわぁ〜〜」
つきたてのお餅を暖炉の火で表面がちょっと狐色になる程度に炙〔あぶ〕ったもの。
ホントはお正月用のお餅だったんだけど,皆お餅を食べた事がないんだから少しくらいいいよね。
砂糖醤油をちょっとつけてかぶりつく。
うん。おいしい。
「んにゅにゅにゅにゃ〜○×◎△☆!!」
……?
声(?)の上がった方向を見ると,よく伸びるお餅を相手にエリカが苦戦していた。
お魚やなんかと同じ調子でかぶりついたまではよかったけれど,噛み切れないままのお餅が手の動きにしたがって伸びて……どうしたらいいのか目を白黒させている。
「ほら,エリカちゃん。手に持ったお餅をお皿において」
すかさずフィンさんがフォローに入る。
その向こうでアメリアさんも噛み切れないお餅に手を焼いているようで,騒ぐエリカを注意するどころではなさそうだ。
と思ったら,ここにも一人。
「・・・・・!」
フォニームもエリカに負けずおとらず伸びるお餅に苦戦している。
皆に背中を向けて,そんな場面を見せないようにしてるあたり,かわいいよね。
「ご……ご主人様ぁ…」
あ,マージもだった。
静かにしていたから問題なく食べていたのかと思ったんだけど,やっぱり苦戦していたらしい。
伸びたお餅のかけらが頬にくっついてる。
「ついてるよ,マージ」
マージの頬にくっついていたソレをひょいととって,そのまま口に放り込む。
「ご……ご主人様!」
「?……あ……」
しまった……。
何の気なしにやっちゃったけど,考えてみると結構恥ずかしい。
皆が初めてのお餅相手に苦戦してて,誰もこっちに注目してなかったのがせめてもの救いかも……。
「まぁまぁ,ご主人様ったら(はぁと)」
み……見られてた……。
「フィ……フィンさん?」
「い…………いやああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………………」
ドップラー効果のきいた悲鳴を残して,マージは広間から駆け出していった。
「マージ?」
「何事ですか?」
「どうしたの?」
「何なのにゃ?」
タイミングよく(悪く?),ちょうどこちらに向けるだけの余裕を取り戻したらしい皆が一斉にこちらに注目する。
「うふふ……あのね,ご主人様が……」
「わぁぁっっ!フィンさん言わなくていいから!」
「えぇ〜〜〜」
「何,何なの?」
楽しそうにばらそうとするフィンさんと,目を爛爛〔らんらん〕と輝かせて聞きだそうとするエリカとフォニーム。
アメリアさんがいつも以上に強い調子で止めてくれなかったらいつまで経っても終わらなかったかも……。