プラエトーリウム=ソムヌスのお正月(第4話)

§たまにはのんびり……?

12月31日:晴れ

「うわぁ〜〜」
 開いたドアの外の景色に,僕は思わず声を上げていた。
 昨日のみぞれ混じりの雪が夜の内に普通の雪に変わっていたのは知ってたけれど,それが一夜明けたらこんな風になっているなんて全く予想もつかなかった。
 目の前に広がっているのは一面の銀世界。
 はれ上がった空から降りそそぐ日差しを受けて柔らかな雪がキラキラと輝いている。
 朝御飯の後の腹ごなしに,ちょっと散歩でもしようと思って出てきたけれど,これは散歩ですませるにはなんかもったいないような光景だよね。
 とは言っても,スキーやスノーボードなんかはここにはないし(だいたいできないし……),大人しく散歩が一番かな。
 しかも……見渡す限り足跡一つついていない!
 これはもう行くしかないよね。ね?
 取り敢えず中庭を一巡りする事にして,足を踏み出す。
 花壇の花たちも丸ごと雪化粧に身を包んでいるけれど,冬にはこんな景色も悪くはない。
 空気はさすがに冷たいけれど,風がないのと日差しとのおかげでそれほど寒さは感じない。

 のんびりと中庭を歩いていたその時−−−

ぱあんっ!

 大きな音と衝撃。そしてひっくり返る視界。
「あれ?」
 何が起こったのかと思うよりも早く−−
「あははははははははっっっ!!」
 耳に届くフォニームの高笑い。
 ……何やら額がいたい。
 触ってみると顔中が雪だらけだった。
 そして……ようやく大の字にひっくり返っていた事に気づく。
 上半身を起こすと,マージお気に入りの木の陰でお腹を抱えて大笑いしているフォニーム。
 その足下には幾つかの雪玉。
 あぁ,つまり……フォニームが投げた雪玉が僕の顔面に命中してひっくり返った。と。
 よっぽど可笑しかったんだろう。未だにフォニームの笑いが収まる様子がない。
 そんなフォニームの様子を見ていると,こっちまで可笑しくなってきた。
「何をやっている,フォニーム」
「きゃぁっ!!」

 何時の間にかアメリアさんがフォニームの後ろに立っていた。
 って,アメリアさん今どっから来たの?
 気配を感じさせない神出鬼没ぶりは今に始まった事じゃないけれど,フォニームの方を見ていたはずの僕でさえ,今回は近づいて来るところすら見えなかった。
 そして,いきなり声をかけられたフォニームの驚きようは僕以上に凄かった。
 後ろを振り返ろうとして足を取られて,尻餅をついてしまっている。
「ア,ア,アメリア……何時から……」
「今来たばかりだ」
「……」
 いや,今来たばかりって……。
「ところでフォニームよ。まだ私の質問に答えていないな」
「な,何よ?」
「何をやっている?」
「ぅ……」
 ゆっくりとした口調のアメリアさんの問い掛けに,フォニームの体が後退〔あとじさ〕る。
 ……ようやく状況を理解する。
 多分アメリアさんはフォニームが僕に雪玉を投げつけるところから見ていたんだろう。
 これがエリカあたりとのことならアメリアさんもそれほどなんとも思わなかっただろうけれど,相手が僕となるとアメリアさんがそれを黙って見過ごすわけはない。
 まして……顔面直撃だからなぁ。
 けれど……これは……

「ご主人様に対するあのような狼藉……看過するわけにはいかん」
「…っっ!!…」
 それまで動かなかったアメリアさんが一歩踏み出し,フォニームの体がはっきりそれと分かるほどに震える。
 マズイなぁ。
 手元の雪を手早く握ると,それをフォニームの後ろ頭目掛けて投げつけた。
「!!!」
「ご主人様?」
 こっちを振り返ったフォニームは泣き出したいような,怒ったような,ごちゃまぜの顔をしていた。
「いきなりぶつけられたから,お返し」
 そうフォニームに言いながら立ち上がる。
 手に雪をすくったまま。
「これでお相子〔あいこ〕だよね」
「ご主人様」
 いつもよりちょっと低いアメリアさんの声。
 ……機嫌悪いかも……。
「アメリアさんも楽しくやろうよ」
 って言っても難しいだろうなぁ……。
 ということで……実力行使。
 要するに……アメリアさんの顔に雪玉を一つ。
 ちょっとばかり狙いを外れて,雪玉は微動だにしないアメリアさんの頭に当たって弾ける。
「……」
 ……ちょっと怖いかも。

「え〜いっ!」
 その時,どこからともなく聞こえた声に続いて,雪玉が僕の頭にヒットした。
「うふふふ……ご主人様〜♪」
 振り返った僕の目に映ったのは,館の玄関のところに立って手を振っているフィンさんの姿。
 って,あそこから命中させたの?
「いきますわよ〜〜」
 普段と変わらない調子で言いながらフィンさんが雪玉を持った手を上げて……。
 次の瞬間,風を切る音と白い軌跡を残して雪玉がアメリアさんを襲う!!
「ハッ!!」
 動じた様子も見せず,手にした大振りのナイフで飛来する雪玉を弾き飛ばすアメリアさん……。
「あらあら,アメリアちゃん。雪合戦にそんなものを出すのは,マナー違反ですわよぉ〜」
 ゆ……雪合戦だったの?今の……。

「ご主人様っ!!」
 そんなやり取りを呆然と見ていた僕は,不意に間近で聞こえたマージの声にハッと我に返った。
「何事ですかっ!?」
 よっぽど急いでいたんだろう。白い頬が桜色に上気している。
「ぇえっと……フォニームが僕に雪合戦を仕掛けて来て……たハズなんだけど……」
「それでどうしてフィンさんとアメリアが?」
 だよねぇ……。
「うにゃぁ〜〜〜,皆ひどいにゃぁぁ!!」
 あ,何時の間にかエリカまで来てる。
「エリカだけ仲間外れなんてひどいにゃぁ〜〜!!」

 こうして……何時の間にやらフォニームが僕に不意打ち仕掛けたことはうやむやになってしまって,皆入り乱れての雪合戦がお昼前まで続いたのだった。
 フィンさんも一緒にやっていたせいで,お昼ご飯が少し遅くなったけど,楽しかったせいか誰も何も言わなかった。



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