プラエトーリウム=ソムヌスのお正月(第7話)

§年の始めの……大騒ぎ…『お雑煮篇』

 さて,それではドタバタも一段落ついたところで,朝御飯……というところで,皆には申し訳ないんだけれど,少し時間をもらう事にした。
「えっと……せっかくだから,『日本のお正月』らしくと思って,こんなものを用意したんだ」
 言いながら上着のポケットから小さな包みを5つ取り出す。
「まず,マージから」
「あ,ありがとうございます。ご主人様」
 間違えないように包みに書いてある名前を確かめながら,一人ずつ渡していく。
「何なの,コレ?」
「『お年玉』って言ってね,新年を祝っておくる贈り物なんだ。開けてみてよ」
 親から子供へお金を,っていうのが最近では殆どだけど,そもそもの由来が「年の賜物〔たまもの〕」で,親から子供だけじゃなしに主人から使用人にっていうのもあったらしい。
 皆は僕にとって『使用人』ってわけじゃないけど,皆は僕の事を『ご主人様』ってよんでくれてるわけだから,こんな機会にでも『ご主人様』らしいことの一つくらいはしてあげたい。
 そう思ってずっと考え込んでいた成果がコレ。
 黒い厚紙で作られたケースの中に入っていたものは……
「これ……ペンダントですか?」
「うん。ちょっと不揃いでごめんね」
「もしかして……これ,ご主人様がお作りになられたのですか?」
 そう,これが僕から皆への『お年賜〔としだま〕』。
 お金じゃぁ根本的に何かが違うような気がするし,そもそもフィンさんやアメリアさんから怒られちゃうような気がしたので,新しい年がいい年になりますようにっていう願いを込めて作ってみた。
 白地に紺色で皆のイニシャルをビーズで綴っただけのもの。端に金具をつけて,ホントはそこにチェーンを通したかったんだけれど,値段的にそれは断念して,細身のリボンで代用。最後にそれを色画用紙で作ったケースに入れて完成。
 材料は全部近くの100円均一ショップで買って来たものばっかりなので,総額630円(消費税込み)っていうのは内緒だけれど。
 でも,値段じゃないよね。
 僕の人差し指の先位の大きさでしかないそれを両手で包み込むようにして笑っている(+うれし涙を浮かべている)マージの顔を見てそう思う。

「さて,それじゃ朝御飯にしようか。お腹すいちゃったよ」
 そう言って,広間の中央に敷かれていた緋毛氈〔ひもうせん〕に座り直す。
 どこから引っ張り出して来たのか,この完全無欠の西洋風の館(そもそもがヨーロッパの貴族の館だから当たり前なんだけど)には不釣り合いな大型の紫檀の座卓には色とりどりの料理がならんでいる。
「そうですわね。いただきましょう」
 フィンさんの言葉に,みんなもそれぞれに座る。
 そこへ,フィンさんがお腕を出してくれる。中身は……言うまでもなくお雑煮。
「マム,これなぁに?」
 興味津々でフォニームが器の中身を眺めている。
「それはご主人様が教えてくださるわよ」
 その一言で皆が僕の方へ注目する。
「えっと……『お雑煮』って言って,新年を祝う料理の一つなんだ。中の具は地方ごとに色々違うんだけれど……」
「あーっ,お魚にゃー♪」
 嬉しそうなエリカの言葉通り,赤味噌仕立ての汁の中に魚−多分鰤〔ぶり〕の切り身−と軽く焼いた丸餅が1つ。
 味は……ってフィンさんの料理でわざわざ確かめる必要はないよね。
 切り身にもよく味が染みているし,軽く焼かれた餅も噛み切れないくらい柔らかくて……って,このパターンは!
 唐突に一昨日〔おととい〕の大騒ぎを思い出す。

 伸びのいいお餅をなんとか飲み込んで皆の様子を見ると…………同じ様な光景が目の前に広がっていた。
うにゅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜
・・・・・・!!・・!?
 悪戦苦闘するエリカとフォニーム。
 でも,汁をこぼしてないのは凄いかも。
 エリカたちほど大騒ぎしてないけれど,自分の事で手一杯な感じのマージとアメリアさん。
 普段と変わらず笑顔で箸をすすめているフィンさん。
 そりゃ,一昨日大騒ぎしたばっかりなんだから,今日いきなり上手になってろって言う方が無茶だよね。

 それでも,器が小振りだった分そんなに騒ぎは続かなかった。
「この『お餅』って,食べにくいにゃ〜〜」
「でも美味しいですね」
「マムが料理したんだもん。マズいわけないじゃない」
 まぁ,確かにヨーロッパの方にはお餅なんてないんだから,慣れてない分食べにくいかもしれない。
 けど,味は悪くないみたい。
 まぁ……フィンさんの腕前あっての事っていうのは否定できないけど。
 だけど……ちょっと物足りない。

「ご主人様,お雑煮のお代わりはいかがですか?」
「あ,お願いします」
 うん。フィンさんよく分かってるなぁ。
 他の皆も,お腹の具合とお餅の食べにくさを秤に掛けて,お代わりをすることにしたらしい。
 さて,それじゃ2杯目を……って,器が違う?
「フィンさん?」
「さぁ,どうぞ」
 えっと……
「にゅ〜〜,お魚じゃにゃいにゃ〜〜〜〜」
 はい?
 蓋を取ってみると……今度はすまし仕立てで,野菜と角餅。
「フィンさん?」
「あら,さっきご主人様が仰ってたらしたでしょう?『中の具は地方ごとに色々違う』って。
 実は色々と試してみたんですけれど,どれも捨てがたくて」
 で,結局のところ3種類選んで作ってみたらしい。
 器が小振りだったのも,そのため,ということで……。

「じゃぁ,3つめももらわなきゃね」
「うふふ,ありがとうございますわ,ご主人様。
 でも,お餅が喉に詰まっては大変ですもの。ごゆっくりどうぞ」
 ……確かにそれはイヤだ。
 それに……フィンさんのこんな美味しい料理を,お代わりするためだけに急いで食べてしまうのももったいない。
 さすがに2杯目ともなれば,少しはエリカたちも対処が分かって来ているようで,1杯目よりは騒ぎ方が小さい。と思ったら,エリカとフォニームの分はお餅が小さく切り分けてあったみたい。
 さすがフィンさん。その辺りの対処は抜群だ。
 って,どうせなら1杯目からそうしておいてあげればよかったんじゃ……。

 とか考えている間に,皆も2杯目を平らげて,揃って3杯目へ。
 普段から皆しっかり食べている方だけれど,ことアメリアさんに関して言えば,普段からは信じられないくらいたくさん食べてるってことだよね。これって。
 単に皆に付きあってくれてるだけかも知れないけれど,それでも普段の食事の時には,先に席を立つこともあるんだから,それだけでも凄いことかも。

 そして出てきた3杯目は……シンプルに白味噌仕立てで丸餅が1つだけ。
 まぁ,3杯目にあまり重いものを出されても困るけど……。
 けど……このシンプルさの時点で不思議に思うべきだったのかもしれない。
 どうしてフィンさんがこのタイプのお雑煮を選んだのかってことに。
 お餅を一口,口に入れた次の瞬間に,それはやってきた。

!!?
 …………はい?
 ……この……口の中に広がる 甘 さ は……何?
 白味噌が甘口だとかそんなものじゃない,いわゆる「甘い」という味が,単なるお餅だけのものとは違う食感とともに……って,これは…
「……餡こ?」
 歯形の残るお餅の断面に覗いている黒いこれは……間違いなく餡こだった。
 でも……お雑煮で餡入りのお餅!?
 き……聞いたこともないよ?
「フィンさん……これ……」
「『讃岐』っていう地方のものなんだそうですの」
 讃岐……って確か四国のほうだっけ?
 うどんが有名なのは知ってたけど……これは……。
「日本全国でも餡こ入りのお餅を使うのはココだけなんだそうですの♪」
 何でフィンさんこんなことまで知ってんだろう?

 にこやかに笑うフィンさんの笑顔を見ながら,そんな疑問だけが残る朝御飯だった……。



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