Szene-Sechs.
午後は庭で過ごすつもり,という昼食時の言葉通り,糾は庭にいた。
……正確には,木陰で昼寝をしていた。
ちょうど館の外回りの巡回を終えて来たアメリア,書斎で書き取りの練習をしていたフォニーム,離れで何やら作業をしていたこのはも交えて,午後のお茶となった。
午後は離れの片付けと館周囲の掃除をする予定だったハズのエリカが,糾の膝枕で眠り込んでいたために,最初にそれを発見したマージが激怒するという一幕があったりもしたのだが,そこは糾の仲裁で落ち着いた。
「おいしそうだね」
綺麗な焼き色と,粗熱〔あらねつ〕が飛んでなお漂う香気に,糾は素直にそう口にした。
「ホントにゃ〜〜……っにゃ」
「ご主人様より先に手を出すメイドが何処にいる」
などといういつもながらのやりとりを尻目に,マージは糾に気づかれないようにミラルカをそっと促した。
「(ミラルカ様,今ですよ)」
そう促されても,すぐには動けなかったミラルカだが,更に二度ほどつつかれて,ようやく皿に手を延ばした。
一つを手に取り,そのまま糾へと差し出す。
顔の前に差し出されたクッキーをびっくりしたように見つめ返した糾だったが,数瞬の躊躇いの後,口を開いてそれを受け入れた。
まぁ,皆が見ている前で,と言うのには正直抵抗感はあったわけだが,そもそもミラルカがそれを意識しているように思えなかったわけであるし……。
そして何より,ミラルカとの間柄は誰に憚〔はばか〕るものでもないという自負はある。
さすがに,食事時に同じ事をされても受け入れられるかどうかは怪しいものがあるが,おやつのクッキーくらいなら,それも,まぁいいだろう。と。
「うん,美味しい」
僅かに頬を赤らめながら,それでもそれ以上取り乱したりもせずに,素直な感想を述べる。
その声にミラルカがほぅと息をつく。
「よかったですね。ミラルカ様」
『?』
マージの一言に,声を上げずにすんだのは……幸運だったと言えよう。
「今日のおやつは,ミラルカ様とマージちゃんが頑張ってくれたんですのよ♪」
『……え゛?』
実は,フィンの手作りだと何の疑いもなく思い込んでいた糾であった。
「それじゃ……」
「ご主人様,こっちもどうぞにゃ〜♪」
ミラルカ(と糾)の行為に触発されたエリカが,遠慮のカケラもなく,かつ,場の雰囲気を完璧に無視して,手近にあったクッキー(マージ作)を糾の目の前に突き出した。
「ちょ,ちょっとエリカ!」
その勢いのままにバランスを崩してクッキーを盛った皿(と紅茶が入ったカップ)の上にダイビングしそうになったエリカを摘〔つま〕み上げる事で,クッキーと紅茶を守ったのは,やはりアメリアだった。
「落ち着け,エリカ」
「うにゃ〜〜〜」
だが,場の空気が読めないという点については,実は糾もエリカと似たりよったりであった。
せっかくエリカが勧めてくれたのだからと,エリカが差し出そうとしたクッキーを受け取って,自分で口に運ぶ。
「ありがとう,エリカ。こっちもおいしいよ」
「はぅ〜〜ん(しくしく)」
悲しそうなマージの姿に気づかない辺りのニブさは,相も変わらずであった。
料理自体は初挑戦のミラルカではあるが,そもそもが単純なプレーンクッキーであったこと,材料の計量などはフィン(とマージ)がしっかりと監督しており,さらにオーブンのほうもフィンが担当したわけであるから,基本的には心配はない。
マージが作ったのは,スライスアーモンドとココアパウダーを加えたものだが,根本は大して変わらないし,そもそも料理の経験値ではミラルカよりも上である。こちらも心配はない。
そして……二人が作ったクッキーの味に合わせてフィンがわざわざブレンドした紅茶の味に関してはそれこそ言うまでもない。
そして……
「美味しいですねぇ」
良く言えば『花より団子』,悪く言えば『食欲最優先』で,このはがクッキーに舌鼓をうっていたり,
「むむぅっ」
日々,ご主人様(糾)への積極的ご奉仕アタック継続中なチャレンジャーなエリカが,糾の両側を固めるミラルカとマージに対抗心をむきだしにしていたり,
「まったく……」
マム(フィン)の手作りではないというところが,ちょっぴり気に入らない乙女心真っ盛りなフォニームが,そんな糾たちの雰囲気を呆れた目で見ていたり,
「……」
他人の色恋沙汰に対して,積極的に関与しようなどという発想は皆無のアメリアが早々と静観を決め込んだり,
「あら,まぁ♪」
ある意味,今回の中心であるフィンが,何やら楽しそう,と満面の笑みを浮かべつつ眺めやっている中で……
ミラルカとマージが自分そっちのけで,ただしお互いに火花を散らすわけでもなくほどほどに協調しながら,糾の口にクッキーや紅茶を運んでいたりする穏やかな午後の時間は,のんびりと流れていった。