ホワイトデー綺想曲
§その6:糾からの手紙
『前略
フィンさん
フォニーム
エリカ
アメリアさん
大好きなマージ
新年をそっちで過ごしてから,もう2ヵ月も経ったけど,そっちはどんな具合かな?
そろそろ春が近いって言っても,山の上は冷えるから体調を崩したりはしていない?それとも,皆にはこんな健康の心配は必要なかったかな。
僕の方は学校も今年度の日程が終わったよ。
今度学校に行くのは,月末に来年度の準備で行くくらい。
だから,ホントはすぐにでも館に帰りたかったんだけれど……都合でもう暫く帰れなくなりました。
この前のお休みの時に皆とした,3月の半ばには帰るっていう約束が守れなくてごめんなさい。
せめてもの代わりじゃないけれど,ホワイトデーの贈り物を送ります。
それでは,また。
草々
天璋院 糾
追伸.
もう1週間ほどしたら帰る予定です。』
用箋に書かれていたのはそれだけ。
けれど,全員がその記された言葉以上の思いを感じていた。
「全てのものに魂は宿る」故に。
人の想いを映して心を宿した彼女たちにとって,その手紙に,その手紙を書くときに込められた糾の想いは,百万の文字の連なりよりも明確なものとして伝わっていた。
「くすっ……ご主人様ったら,ご自分で書いてらっしゃるのに,ずいぶんと照れていらっしゃるのね」
す,と用箋の一箇所をフィンが示す。
冒頭,並べられた皆への呼びかけ。
その中で,唯一マージの名前の前に綴られた一言。
僅かに字が震えている。
その僅かな差異以上に,そこには強い想いが込められている。
「く,くぅ〜〜ん。ご主人様ぁ〜〜〜」
「むぅ〜〜〜〜,マージだけズルイのにゃ〜〜」
「それは致し方〔いたしかた〕あるまい」
わざわざ(?)出したネコミミをペタンとうなだらせてスネたように唸るエリカの頭をアメリアが抑える。
「マージはご主人様の想い人であるのだから,そこに格別の想いが込められるのはむしろ当然の事だ」
「そーよね〜。そのくせ,もっとベタベタしたってよさそうなのに,あたしたちにまで下手に気を回したりして,マージが寂がってるのにも気づかないあたり,ニブいのにもほどがあるんだけど」
「それが糾様のいいところなの〜〜」
「……………」
どちらかと言えば皮肉のつもりだったものを,素で惚気〔のろけ〕返されたフォニームは絶句する他なかった。