ホワイトデー綺想曲

§その7:伝わる想い

「さぁさぁ,それじゃぁ,こちらの包みも開けてみましょうか」
 一段落ついたところを見計らってフィンが声をかける。
 勿論,皆に否はない。
 紙と言うには奇妙に厚い,薄手のキルティングのような包みと見えたものは実は袋で,その中には小さな包みが5つ入っていた。
 それぞれの包みには一人一人の名前が書かれており,フィンがそのままそれぞれに手渡す。
 ところどころの包みの不具合を見るまでもなく,糾が一つ一つ自ら包んだ想いが伝わってくる。
 その中身は……こ綺麗な紋様の紙箱に入ったキャンディーと,メッセージカードが1枚。
 カードには当然ながら一人一人の名前と簡単なメッセージ。
 そして……恐らくは精一杯のお洒落であろうか,数枚の花びらが押し花よろしく止められていた。台紙の白に比べれば僅かに紅い,けれど単独で見れば白と言えなくもない微妙な淡い色合いを見せる数枚の桜の花びらが。

 樹々に宿る精霊ドライアードを母親とする糾にとって,植物,特に樹木はより身近な存在であるだけにその力(影響力)を及ぼしやすいのか,指先ほどの小さな花びら数枚から感じられる想いは手紙よりも遥かに強い。
 しかも,紛うことなく,一人一人への想いがそこには込められている。
 それは分け隔てない糾の親愛の情の証しであり,同時にフォニームが言うところの『気の使いすぎ』ではあるのだが……。

「でも……せっかくご主人様がくれたのに,食べるのがもったいないにゃ……」
 色鮮やかなキャンディーが入った箱にはそれ以上触れようともせず,ただ眺めやりながらエリカが呟く。
「でも,ずっと置いとくわけにもいかなんじゃない?」
「そうねぇ……。それに,ご主人様は喜ばれないかもしれませんわよ?」
「どうしてにゃ?」
「あら,じゃぁエリカはバレンタインのチョコを糾様が食べてくれないほうがよかったの?」
「それは嫌だにゃ。頑張って作ったんだから食べてほしいにゃ!……あ…」
 ようやくエリカも分かったらしい。
「ご主人様が,私たち一人一人のためにと下さったものだ。粗末な扱いをする等は言語道断だが,手をつけないと言うのも逆に失礼にあたろう」
 言いながらアメリアは自分の分から1つ取りだす。
 フィンたちもそれに倣〔なら〕う。
「では,いただきましょう」
 フィンの言葉を合図に,思い思いに選んだ1つを口に入れる。

 人間の世界で造られたモノであるがゆえに,人為的に合成された素材など,必ずしも彼女たちに精霊にとって好ましいと感じられるものばかりではない。
 だが,彼女たちへと想いを込めて一つ一つを選び,包んだ糾の想いを受けたそれらは,舌が感じる以上の甘〔うま〕さを感じさせた。

Das Ende.



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