さまぁ ばけいしょん
〜この夏の(も?)大騒ぎ〜

第4幕:プレゼント

「ごちそうさまでした」
「おそまつさまですわ」
 いつもながらに美味しい食事が(幾つかの些細なトラブルはあったものの)終わり,フィンとフォニーム,それにエリカが食器を下げるのと入れ替わりに,マージと ミラルカ が茶器を運んでくる。
 夕食早々にエリカが勢い良く暴露したところによると,ここ暫く,フィンに色々と教えてもらいながら練習をしているらしい。さすがに,本格的な料理となるとかなりハードルが高いのと,以前のクッキー作りで本人がそちらに興味を持ったこともあって,まずはお菓子作り関係から。と。
 そして,相性がよかったのか,お茶の入れ方についてはフィンが太鼓判を押すほどになっていると言う。
 そうなれば,皆への積もる話もあるから,食事の後にお茶を飲みながらゆっくり話そうとなったわけである。

 食事を済ませたばかりではあるが,『甘いものが別腹』なのはなにも人間の(主に若い)女性に限った話ではないらしい。大皿に盛られたクッキー以外にもパウンドケーキまでもがテーブルの上には用意されている。

「それで,ご主人様。あちらの生活はいかがですか?」
 全員が揃ったところとなると,やはり口火を切るのはフィンになる。
「そうだね……まぁ……色々と変わったこともあったりなかったりだけど……」
 細かいことまで言い出せばそれこそキリはない。が,この時代の一般的な学生生活というものがイメージしにくい彼女たちにとって,聞いていて楽しい話かどうかも分からない。
 なので,どうしても皆に報告したかった事から話すことにした。

「そう言えば,この前ね,友だちと宝くじを買ってみたんだ」
「宝くじ……って?」
「何ですかにゃ?」
 糾本人としては,さりげない切り出しのつもりだったのだが,そもそも『宝くじ』が何なのか分からない面々だった。
 無論,このはは基礎知識は持っていたものの,普段の生活が生活だけにそもそも縁がない。
「要するに運試しみたいなものかな。うまく当たれば,賞金が貰えるんだけどね」
「それって『ギャンブル』と違うの?」
「根本的に違うんだけどね」
 ギャンブル自体これまでに縁がなかった糾にはその細かい違いなどは分からないし,そもそも話の本筋とは違うので深入りはしない。が,宝くじそのものがイメージできてもらわないと話もしにくいので,簡単に説明することにした。
「宝くじは皆でお金を出し合って,当たった人達でそれを分け合うんだ」
 無論,仕組みはそんなに簡単なものではないが。
「で,昔からある宝くじは,一枚ずつ違う番号が最初から印刷されているから,買う人は選べなかったんだけど,最近,自分で番号を選んで買うことができるようなくじができたんだ。
 まぁ……自分で選ぶんだから,その意味だとギャンブルに近くなってるのかな?」
「あまりそのような射倖〔しゃこう〕的行為をなさるべきではないかと存じますが」
「……しゃこう?」
「要するに,賭け事全般を差す言葉です」
「あぁ,そうなんだ」
「もう,そんな細かいことは後でいーじゃない! で,それで?」
 当然ながらアメリアには悪意はない。あくまでご主人様第一主義を頑固に貫いているだけである。
 対するフォニームは人間世界に対する興味を隠そうともせずに先を促す。
「あ,うん……。で,今回買ったのは,1から32までの数字を五つ選ぶっていうものだったんだけれど……そもそもどんな数字を選んだらいいのか,ちょっと悩んじゃってね……」
「ゆーじゅーふだんな,あんたらしいわよね」
 ボソリと呟くフォニームの一言は,しかし,キッチリと糾の耳に届いている。
「それで,ご主人様は結局どうされたんですか?」
「うん……だから……皆にお願いしたんだ」
「?」
「皆?」
 この一言に全員が首を傾げる。
「だから……『皆に』だよ」
 さすがにこの反応は予想できたので,落ち着いてそれを補足する。言葉ではなく,態度で。
 つまり『皆に』という言葉と共に,皆を差し示す。
「皆の名前の頭文字をアルファベット順に数えて何番目か。それを使ったんだ」
 即ち,次の通りである。

meria:01
rika:05
in:06
erge/illaruca:13
honeme:16

 数にかなり偏りがあるように感じられるかもしれない。だが,確率論から言えば,当選確率は全く同じである。
 現に,今回はこれで当選しているのだ。

「そしたら,それが一等じゃないけれど,当たってさ」
「まぁ」
「へっ!?」
「当選金が15万円程。だいたい,向こうでの4か月分の食費が賄えるんだけど…」
ええぇ〜〜〜!!!
『15万円』という金額を耳にしても目立った反応のなかった一同だが,『4か月分の食費』と聞いてある程度の価値判断はできたようだ。
「でも……何て言うのかな。そもそも皆のお陰で当たったようなものだから,そのまま生活費に回しちゃうのも気が引けたから,お土産を奮発することにしたんだ」
「お土産!?」
 すかさず,エリカとフォニームの目が輝く。
「これなんだ」
 言いながら,お茶の用意ができるまでの間に用意しておいた包みをテーブルの上に載せる。
「これが,ミラルカさんの分」
「え?」
 一体全体それは何の話なのか?
 包みを渡されたミラルカの表情はちょうどそんな感じだった。
 半ば以上本気で呆然とした反応だったが,マージ達の表情に促されるようにして,目の前に差し出された包みを受け取った。
「……ありが…とう」
「どういたしまして」
 続いて他の皆のぶんを順に手渡してゆく。
「くぅ〜〜ん。大事にしますです〜」
「ありがとうございますにゃ〜」
「お気遣い頂き,ありがとうございます」
「ありがとうございますわ」
「まぁ,もらっといてあげるわ」
「ところで糾さん。何を買われたんですか?」
 自身がこの場に居ることについては,そもそも糾にとって予想外というか,予定外なことは承知しているので,自分の分がないことについては,どうと言うつもりもないこのはではあるが,それでもやっぱり中身が気になるお年頃ではある。
 のだが,糾にとっては内心キツい話題でもある。
「正直,女の人の物ってよく分からなくってさ……知り合いの人に手伝って貰ったんだ……。気に入ってくれると嬉しいんだけど…」
 中身が中身(水着)だけに,その言葉が若干尻すぼみになるのは仕方ないだろう。
「開けてみてもいいですか?」
「う……うん…」
 内心,こんなところで開けられても。と言うのが本音ではあるのだが,皆が喜んでくれるかどうかが気になるのも事実である。
 糾の返事を聞いて,一同が先を競うように包みを開く。
 そして取り出されたものは,色とりどりの水着であった。
「あら…」
「まぁ!」
「……スケベ
 意外と反応が静かな中,取り出したそれを一瞥したフォニームがジト目付きで言い放つ。
 糾としては,そう言われて楽しいはずはないが,皆の水着姿を見たいと思ってしまった後ろめたさがあるものだから,強くは反論できない。
「でも,この前の 水着 はどうしようかにゃ?」
 そんな糾にとっては救いとなったのが,このエリカの一言だった。
 その一言にフィンたちの表情が慌てた……ように糾には見えた。
「この前のって?」
 普段なら,マージなりアメリアなりが発言の途中でそれと察して口を噤〔つぐ〕ませるか,即座に有無を言わせぬほどに完璧に誤魔化すところだろう。だが,全員が『ご主人様からのプレゼント。それも水着(はぁと)』と舞い上がっていたのでは,それは無理というものである。
「一昨日,水着を用意しちゃったんですにゃ」
 そして,その間にエリカが言葉を繋ぐ。
「え?」
 さすがにこれでは誤魔化すのは無理と判断したフィンが状況を説明する。
「いくらお休みで帰ってらっしゃるとは言いましても,毎日この館の中だけでお過ごしになるのもどうかと思いますわ。それに,せっかくの夏休みですから,泳ぎに行くのも楽しいかと思いまして,皆で水着を新調いたしましたんですの」
「あぁ,そうだったんだ」
「まさか,あんたに水着買ってこれる度胸があるなんて誰も思わなかったしさ」
「あはは……」
 それは,糾自身否定はできない。デパートで知人に丸め込まれなければ,水着を買うことなどなかったはずである。
 が,せっかく買って来たのだから,着て欲しいとは思う。
 同時に,皆が選んだという水着も見てみたい気がする。
 ならば……
「だったら,両方持って行こうよ」
 純粋にそれは咄嗟の思いつきだった。
「さすが,ご主人サマ。頭いいにゃ!」
「そうですね〜。私達が選んだ水着も見て頂きたいです〜」
 幸いな事に皆も反対ではないらしい。
「では,明日は湖に泳ぎにいくという事で。もちろん,このはちゃんも 行きますわよね?」
「はっ,はい?!」
 いきなり話を振られて慌てるこのは。
「え?」
 いきなり明日? じゃなくって……
「フィンさん?」
 このはは一晩泊まったら明日は出発するハズでは……?
「水着の事でしたらご心配はいりませんわ。生地はまだたくさんございますから,出発までには充分間に合いますわ」
「あのっ……お気遣いは嬉しいのですが,この度は父上より仕事を仰せ遣っておりますので,左様なことに興じているような余裕はありませんので…」
「うん,そうだよね。それに,向こうの人も心配してるかもしれないし」
「そうでしたわね…」

 結局,朝食後にこのはを見送り,その後で湖へと出発することに決定した。



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