さまぁ ばけいしょん
〜この夏の(も?)大騒ぎ〜
第6幕:水辺のバカンス(マージ,エリカ)
とにかくご主人サマと遊びたいエリカではあったが,カラフルなビーチボールに対する欲求も捨てがたく……暫し逡巡しているうちにフォニームが膨らませはじめたビーチボールから聞こえて来た鈴の音(ボールの中に鈴が入っていた)の虜となり,フォニームと競争するかのような勢いでボールを膨らませはじめていた。
エリカのボールの方が小さかった分,膨らませ終わったのは二人ともほぼ同時。
「できたにゃー!」
勢いよく放り上げると,中に入っている鈴がチリリと涼やかな音を響かせる。
「ごっ主人っサマーーーッ!!」
膨らませたボールを持って糾の元へ駆け寄ろうとしたエリカだったが,ちょうど糾達(糾,マージ,ミラルカ)は腰の辺りまで水に浸かっている。
「うにゃ……」
猫としての種族的本能の部分で水を浴びたりすることは嫌いなエリカではあるが,この暑さの中で素足に触れる水の冷たさは純粋に心地好いものなので,くるぶしが浸かる程度の深さまでは問題ない。
が……さすがにそこまでの深さとなると……『ご主人サマとのボール遊び』という楽しさよりも本能的忌避感の方が強い。
が,そうそう簡単に諦められるはずはない。
「エリカもおいでよ」
そんなエリカの葛藤に気づかない糾は無邪気にエリカを呼ぶ。
無論,糾に他意はない。
エリカが猫の精霊(つまり,水が苦手)だという根本的な事実を綺麗さっぱり失念しているだけのことである。
一方で,できればご主人様と二人きり。そうまでいかなくてもできるだけライバルは数少なく,と考えてしまうマージだったりした。
「ご主人様,エリカは波打ち際でボール遊びしてるのがいいんですって」
エリカの耳に届くように言いながら,これ見よがしに糾の腕を抱え込むように抱きつく。
「ちょ,マージってば」
が,今度はエリカ以上にミラルカの方を刺激してしまっていたのは誤算と言えよう。
不意に湧き上がるその感情が『嫉妬』であると気づけないままに,その衝動のままにミラルカが腕を振るう。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
完全な不意打ちの水しぶきに,声が上がる。
が,それでもマージが糾の腕を抱え込んだままだっただけに,ミラルカとしては余計に面白くない。
胸の中に湧き上がる正体不明のもやもやしたものを振り払うかのように二度,三度と水を払う。
無論,マージ達とて黙って水を浴びていたわけではない。
「え〜いっ!」
ミラルカに対する敬意は敬意として,しかしながら今は皆対等(のハズ)の水遊びの最中なのだから話は別。とばかりに反撃を開始したマージであるが,その姿がエリカから見れば3人仲良く,しかも自分を除け者にして楽しんでるように見えてしまったものだから話は余計にややこしい。
「うにゃあああぁぁ〜〜〜っっ!!」
渾身の力を込めてビーチボールを糾に投げつけ(そして,それは見事に命中した),その後を追うように駆け出したエリカだったが,膝くらいの深さまで来たところで,予想外の水の抵抗に足を取られ,大きな音と水柱を上げてダイビングを敢行するハメになってしまった。
先に倍する悲鳴と共に。
「にゃっ……ぅやっ!……!」
「エリカ!?」
距離が近かった分,駆けつけたのは糾が早かったが,水の中で手足を振り回してもがくエリカを抑えるには力不足だった。
離れていた分,僅かに遅れたアメリアがその身体を水の上に抱え上げる。
岸まで戻ってしばらくしてから,ようやくエリカは落ち着きを取り戻した。
「落ち着いた?」
言葉と共に糾がコップを差し出す。
「はいにゃ…」
さすがに応える声にも力がない。
「マージ」
呼んだ声に何か応じるよりも先に,その頭に拳をコツンと当てる。
「やり過ぎ」
「はうぅぅ……」
それは,糾が彼女たちの『ご主人様』となってから,初めての叱責だった。
「フィンさん,僕にも一杯ください」
「はい,どうぞ」
受け取ったグラスを持ってエリカの側に座り,俯き加減のエリカの頭にそっと手を載せる。
その手の重みに押さえられるように,エリカの上体が糾の方へと倒れ込む。
いつもなら糾自身が驚き慌ててしまうような構図ではあったが,この時はごく自然にそれを受け止めていた。
「はうぅぅぅぅ〜。ご主人様の膝枕〜(T_T)」
「今回は自業自得と言うものだ」
そんなアメリアの一言よりも,目の前の光景をただ見ているしかできない事の方がツラいおしおきとなったマージであった。
そうこうしているうちに,エリカの息が穏やかな寝息へと変わっていた。
時間的なもの以上に疲れたのであろうことは想像に難くない。
そのまま,誰からともなくなし崩しの小休止〔ドリンクタイム〕となった。