さまぁ ばけいしょん
〜この夏の(も?)大騒ぎ〜
第9幕:お昼ご飯のドタバタ
それは,そろそろお昼ご飯にしようかと準備を始めかけたところだった。
感覚の鋭いフィンが聞きつけた物音。
それが発端。
この辺りはフィンの張り巡らせた結界によって人間の世界とは半ば隔離されてはいるが,それはあくまで人間に対して のものであって,元来自然に存在している動物たち全てに対するものではない。
と言うことは,野犬のような脅威は現実問題として存在しているのである。
それだけに,警備を担当する二人の動きは素速く,容赦がない。
アメリアが糾の側で守りを固める間に,マージが感じた気配のもとへと迫る。
その数分後……飛び出した時とは比較にならないほどゆっくりしたペースでマージが歩いて帰って来た時,皆は深いため息をついた。
マージの後ろに,今朝方目的地へ向けて山を下って行ったハズのこのはの姿を認めて。
「このはさん……どうしたの?」
「あの……そのぉ〜〜……」
「どーせ,また,道に迷ったんでしょ」
「やっぱりドジ巫女だにゃ」
ぐうぅぅぅ〜〜〜!
遠慮会釈のない二人の言葉に,さすがに仲裁を入れようかと糾が口を開くよりも早く,このは自身の身体が声高に苦情を申し立てる。
「…………」
「………」
「……」
「ご主人様,お昼にいたしましょう」
数瞬の何とも言い難い沈黙の後,それ以前の時間を無視するかのようなあっけらかんとした口調でフィンが告げた。
「このはちゃんもご一緒してくれますよね?」
「はいっ!?」
「え?」
「へっ?」
更に続いた予想外の言葉に,間抜けな声が幾つか上がる。
「大丈夫ですわ。こんな事もあろうかと,お料理はたぁ〜っぷりと用意してますから」
それはつまり,このはが道に迷ってここへ辿りつくと予想していたと言うこと?
その疑問を誰もが心に浮かべながら,しかし,口にすることはなかった。
「まぁ,大勢で食べるご飯は美味しいよね」
糾としても一緒に食事することに対して否はない。
そして,糾がそうと決めた以上,それに反対する者は誰一人として存在しない。
「はうぅぅ〜〜お手数をおかけします…」
道を外れた薮の中を上り下りしていたこともあって,このははかなり疲労していた。
安全に休息を取ることができる上に,食事にもありつけるとあってはこのはにも反対する理由はない。まぁ,相手と幾らかなりとも交流があって,信頼できる相手であると認めているからこそではあるが。
かくして,予定から少々遅れたものの,湖畔での昼食会が始まった。
シートを木陰に移動させ,それにパラソルの日陰も追加して場所を確保し,バスケットから用意しておいた料理を取り出す。
真夏と言う時期を考えれば,食中毒対策の為にもバスケットの中身は揚げ物が主体になるだろうという糾の予想を裏切って,館の厨房&食堂がそのまま移動して来たかと錯覚するようなさまざまな料理が並べられた。冷たい飲み物は言うに及ばず,瑞々しいサラダ,ひんやりとしたマリネまでもが出て来たのにはさすがに糾もびっくりした。
それに対するフィンの説明はと言えば,いつものごとく「秘密ですわ」の一言だけであったが……。
そんなこんなで多少のドタバタはあったものの,いつものように美味しい食事を終えて,さぁ,また遊ぶぞ,と腰を上げかけたところで,アメリアが待ったをかけた。
「食後直ぐの運動,ましてや水に入るなど事故を自ら引き起こすような真似を,よりにもよって糾様の目の前でするつもりか」
食事をした直後の運動は消化吸収に悪いからやめなさい。と,要するにそういうことのハズなのだが……『物は言いよう』とはよく言ったものである。
もう少し別の言い方はなかったのかと糾は思ってしまったわけであるが,実のところは糾までもが一緒になって水に入られては困ると判断したアメリアが先手を打ったのである。
皆の性分を考えれば,エリカやフォニーム辺りが食事を早々に切り上げて(つまりは,かき込んで),水辺に走るのは目に見えている。そこでこの様なキツイ言い方をすれば,しょげた二人を糾が宥〔なだ〕めるだろうが,その手前,糾自身もゆっくりと休憩を取らざるを得ない。
ここで,午前中のあれこれで結構疲れていたのと,いつもと違うシチュエーションについつい食べ過ぎてしまっていた糾が『お昼寝タイム』を提案したのはアメリアにも予想外ではあったが,なるほどこれならばたっぷりとした休憩が取れる。
そして……それとは違う思惑をもって一も二もなく全員がそれに賛同し,片付けの後にそのままシートの上で横になった。
のだが……その時になってようやく糾は気づいた。
彼女たちが単純に食休みをするはずがない。ということに。
ましてや『お昼寝』である。
ミラルカが自分の側と言うことに関しては,糾もミラルカもそれが当然と思っていたし,二人の仲が公認のものである以上,それに関しては誰も異論はない。
が,残された反対側を巡って,激烈な競争が極短時間ながら展開された。
結果……糾を中央にして左にミラルカ,その向こう側に伸ばした腕を枕にしてエリカ。右側に同様に糾の腕を枕にしてフォニーム,フィン,アメリアと並んでいる。残るマージは盲点をついて糾の頭上に横になった。館のベッドよりも遥かに広い砂浜なので,それだけの場所は十分にある。
さすがにこのははこの雰囲気には割り込めなかったと言うべきか,それともついて行けなかったと言うべきか,少し離れていた。
かくして……午前中の疲れと,美味しいご飯で一杯のお腹を抱えた一同は,湖面を渡る涼やかな風に包まれて,穏やかな眠りへと身を浸していった。