さまぁ ばけいしょん
〜この夏の(も?)大騒ぎ〜
第10幕:百花繚乱?
食休み代わりのお昼寝タイムがおよそ1時間と少々経過した辺りで,一同は順に目を覚ましていた。
食後の休憩はやはりかなりの効果があるようで,疲労感はすっかり解消している。
「さぁ,それじゃ着替えましょうか」
「え?」
軽く柔軟体操でもしてからもう一泳ぎ……と思っていたところへ,いきなりこの一言を言われ,糾は驚いてフィンを振り返った。
「え? もう終わり?」
今日は一日遊ぶ予定だったんじゃないの?
と,思っていたのはどうやら糾だけのようである。
「ご主人様……もしかして忘れちゃってるにゃ?」
「え?」
「自分でゆったクセに」
フォニームの言葉に,皆(このはを除く)が一様にうんうんと頷く。
「え〜っと…?」
なんだっけ?
「我らが選んだ装〔よそお〕いも見たいと言ったのは糾自身であったろう?」
はにかんだような口調でミラルカに言われて,ようやく糾は思い出した。
「そうだったよね。ごめん」
「ご主人様ぁ」
呆れたような一言は,実は完全な本音と言うわけではない。無論,冗談でもないが,まぁ,この水着のままでもいいかなと思う程度には糾が選んでくれた水着が気に入っているのも事実であった。
「さぁ,このはちゃんも行きましょう」
「え?」
そんなやりとりの中,不意にフィンはこのはに声をかけた。
戸惑うような声も半ば以上無視するように言葉をつなぐ。
「大丈夫。こんな事もあろうかと,このはちゃんの水着もちゃぁんと用意してありますからね」
それはつまり(以下略)
「あ……あの……ですが,私は遊びに来ているわけではなく……」
「だが,今から山を下ったとして,その後の交通機関の方は問題ないのか?」
「えっと……」
「……多分……無理だと思う」
アメリアの指摘に詰まったこのはに代わり,時計を見やった糾が答える。
豊かな自然に囲まれた土地と言えば聞こえは言いが,要は『田舎』である。
それが悪いわけではない。彼女たち精霊にしてみれば,人の活動が活発でないことのメリットのほうが大きい。
だが,生活の便,交通の便でのハンディが大きいのも事実である。
そして……館からバス停までおよそ3時間はかかることを考えれば,その途中の山道をノートラブルで踏破できたとしても,最終便に間に合うかどうかは微妙な時刻になってしまっている。
それに加えて,フィンの結界とこのはの(中途半端に高い)霊力の干渉というおまけがある。前回,今回のことから考える限り……とても間に合うとは思えない。
「じゃぁ,決まりですわね♪」
その言葉と共に,シートの上に座り込んでいたこのはの身体がふわりと浮き上がる。
「はぃ?」
「勤勉は美徳だが,過ぎるのも問題だ。時には意識を切り替えることも必要ではないか?」
フィンが掴んだのとは反対側の腕をアメリアが掴む。
「それではご主人様,少々お待ちくださいませ」
「失礼いたします」
有無を言わせぬ迅速な行動。それも,フィンとアメリアの二人がかりとあっては,糾が止める間もなかった。ましてや,このはが自力で対処できるはずもない。
「え,ええっっ!!? きゃああぁぁぁっっっ!!!」
紛れもない悲鳴。
しかし……いくらなんでも更衣室の中に入り込むわけにもいかない。
「だ……大丈夫かなぁ……」
数分後……一番に飛び出して来たのは,このはだった。
「大丈夫だった?」くらいの声をかけようと思っていた糾だったが,その姿を目にした瞬間,咄嗟に何の反応もできなかった。
「みなさん,ひどいですぅぅ〜〜〜〜〜」
顔を真っ赤にして叫ぶこのはの肢体を包んでいる水着は濃紺のワンピース。レッグカットはかなり浅め。
色が濃いからというわけではないが,デザイン的に華やかさを感じさせないそれは,世間一般ではこう呼ばれている部類のものだった。
スクール水着,と。
「あ〜〜〜,似合ってるよ」
フィンがどこからこの生地を調達して来たのかとか,いつの間に採寸をしていたのかとか,疑問は幾つもあったが(いつの間に作ったかは聞くだけ愚問だろう),口から出たのはそんな一言だった。
少なくとも,サイズはピッタリのようである。起伏のなだらかなこのはの身体にこの上なく似合っていると言えなくもない。……かもしれない。
無論,これはこれでなかなかのインパクトではあったのだが,糾にとってはそれ以上にミラルカたちの水着姿に対する興味(と期待)のほうが大きかった分,そう取り乱すと言うこともなかった。
まぁ,このはにしてみれば,相手が悪かったと言う他はない。
「糾」
皆してこのはの着替えを優先させていたのか,ミラルカが顔を除かせたのはそれから暫く間が空いてからだった。
午前中とは違って,水着の上から皆お揃いのオフホワイトのアノラックを着ている。
「お待たせいたしましたわ」
続いて,皆が姿を現す。
その表情は非常に楽しそうだ。
「それでは……ご主人様」
まるでファッションショーでも始めるかのように,正面に並ぶ。
「どうぞ」
その言葉と共に,アノラックがふわりと脱ぎ落され,白い肌と彼女たちが選んだ水着が姿を現す。
「!!!!!!!」
「はわわわぁぁっっ!!!!!」
その姿を目にした瞬間,目の前に展開された予想外の光景に糾の思考は停止した。
「糾?」
「ご主人様?」×2
「いかがなされましたか?」
「うにゃ?」
「なんとか言いなさいよ」
不思議そうに皆が声をかけているのは分かる。
だが,それにどう返事をするのかとか,そもそも返事をしなければいけないとかの思考が一切浮かんでこない。
彼女たちの水着姿,あまりにも予想外すぎるその水着姿の衝撃は,それだけの威力をもっていた。
形状だけを言えば,ビキニとかバンドトップとかサスペンダー・スリングショットとか,バンドキニとか……まぁ,そういう類いのもので,要するに糾が買うだけの勇気を出せなかった布が少なめのものである。
形状だけを言えば。
問題は,ただでさえ少ない布地のほぼ全てがレース地だったり,メッシュ地だったり,透明度が高かったりと,要するに肌が透けて見える種類のものばかりだったことだ。
結局……糾が何等かの反応ができるまでに回復したのは,(ミラルカの言によれば)20分ほどの時間が経ってからのことだった。