さまぁ ばけいしょん
〜この夏の(も?)大騒ぎ〜

第11幕:皆の想い

「あれ?」
糾が意識を取り戻して一番最初に目に入ったのは,何故か上下逆さまになっているミラルカの顔だった。その向こうに青空も見えていたのだが,この瞬間,意識がそこまでの余裕を持っていなかった。
 思わず後ろにのけ反りかけて……ようやく,糾は自分が横になっていることに気づいた。
 それも,ミラルカに膝枕されて。

「大丈夫か?」
 いつもと変わらない,落ち着いた声音。
 問われて,ようやく状況を思い出す。
 予想もしていなかった皆のセクシーな水着姿に,意識が飛んでしまったことを。
「あ……うん……。まぁ……一応は…」
 少なくとも,身体には一切異常は感じられない。
 ……思い出してしまった & 今も視界に僅かながら入り込んでいるその悩ましげな水着姿に,多少興奮しかかってはいるが。

「あ〜,ご主人様,気づいたにゃ!」
 そんな二人の様子に気づいたエリカが,横合いから満面の笑顔をのぞかせる。
 当然の結果として,皆がそれに続く。
 勢い,そのセクシーな水着姿が視界に次々と入り込んでくる。
 既に一度目にしているとは言っても,慣れたわけではない。
 まして,至近距離で視界を埋めつくされると……少々ではなく目のやり場に困る。
 取り敢えず,一番簡単な対処方法として,目を閉じて深呼吸を一つ。
「あの……さ」
「うん?」
 そんな糾の内心を知ってか知らずか,耳に届く声はどこまでも穏やかである。
「起きてもいい?」
 そんな彼女たちに,いきなり水着の事を尋ねるような事ができるはずもなく,まずはそんな当たり障りのない言葉になった。
 上体を起こしたところへ差し出されたカップに注がれたよく冷えた果汁を一口飲み込んで,ようやくある程度落ち着けた。ように思う。

「ご主人様,この水着どうですか?」
 そんな糾の内心などまるで知らぬげに,無邪気に正面に座るマージが問い掛ける。
「そーよ。自分で見たいって言ったクセに,何も言わないでひっくりかえっちゃうなんて,どーゆーつもり?」
 いつもながらの威勢のいい口調そのままに,仁王立ちしてこちらを見下ろしながらのフォニームの姿は,それなりにメリハリのある肢体と布地の少ない水着の相乗効果もあって,糾としてはついつい目線を逸らせてしまった。
 もっとも,周囲をぐるり取り囲まれている状況では,フォニームから視線を外したところで,あまり変わりがないことにすぐに糾も気づいたのだが,残念ながら少しばかり遅かった。
 何も言わずに目線を外されたフォニームが声を荒げる。
「ちょっと! なによ,それ!!」
 フォニームの声に合わせるようにして,フィンがよよと目を伏せる。
「申し訳ございません,ご主人様。お好みにあわないお見苦しいものをお見せしてしまいまして……」
 その言葉に,皆の顔が曇る。
「いや…あの…そうじゃなくて…」
「糾……」
 慌てて口を開きかけた糾を,弱々しい声が遮る。
「……」
「そんなに……似合わぬのか」
 問い掛けですらないその言葉。
「だからぁ……」
 言葉と共に涙が滲〔にじ〕んでくる。
「皆,とっても綺麗だよ!」
「ホントに?」
「ホントだってばぁ」
 皆の顔を見渡しながら,しかし,そのあまりのセクシーさについつい視線は揺れてしまう。
 もちろん,目端の利く皆がそれに気づかないわけはない。

 糾もそれは自覚している。
 だからと言って,何ができるというわけでもない。
 彼女たちが自分で選んだというその水着に対して,文句をつけるような形になってしまうことを承知の上で,自分が感じたことをそのまま告げる以外の対処方法を,糾は見つけることができなかった。

「その……皆はとっても綺麗だとは思うんだけど……その……水着が……」
 口を開いたものの,何と表現すればよいのか,一瞬口ごもる。
「だから……デザインが…その……見てるこっちの方がすごい恥ずかしいって言うか……」
 言う間にもどんどん頭に血が昇ってくるのが分かる。
 まぁ,それも無理はないのかもしれない。

 普段のドレスと合わせた色づかいなのか,ミラルカは黒いメッシュ地のバンドトップに,同じく黒メッシュのボトム(ストリングバック)。肌の際立った白さゆえに,黒メッシュというその生地は肌を隠すよりもその白さを更に強調する働きしかしていない。

 それとの対比と言うわけではないだろうが,マージは白いレース地のバンドトップとボトム(同じくストリングバック)。メッシュ地に比べれば透けにくい部分が増えるとは言え,その反動のように布地全体の面積は明らかに少ない。

 フィンとフォニームはほぼ同じデザインの,やはりバンドトップとストリングバックのボトムである。フィンがライムグリーンのメッシュ地,フォニームがピンクのレース地という違いはあるにしても,透けやすい生地であることに違いはない。

 エリカはバンドトップでこそないものの,トップ,ボトムともに生地はスカイブルーのレース地で,視線を遮る役目を果たしていないのは変わらない。

 アメリアが身につけている半透明のベルト状の生地を寄せ集めたようなサスペンダー・スリングショットにしても,それは似たようなものである。

 いずれにしても,布地は少なく,かつ,程度の差はあれ肌が透けてみえるものばかりである。
 それは既に泳ぐための水着と言うよりも,それは女性の肢体をより魅力的に見せるための装〔よそお〕いであった。いや,蠱惑的に,と言うべきか。
 ミラルカ一筋の糾にしても,それは簡単には無視できないだけのものがあった。

「糾」
 耳元で囁かれた熱い吐息に思わず顔を上げた糾の視界を,背後から回されたミラルカのしなやかな手が塞ぐ。
 そのまま抱きしめるように背中に押しつけられた双丘の柔らかさが,開きかけた糾の口を封じる。
「我がこの様な装いをするのは……イヤか?」
「……うん」
 幾度も愛を交わし合った仲で何を今更と言われるかもしれないが,それでも糾の感覚的には受け入れにくいものがある。
「皆がこのような装いをするのもか?」
「うん」
 ミラルカとはまた違った魅力満載だからこそ,余計に対処に困る。
「我は……止〔や〕めぬぞ」
「え?」
 どうしてと問い掛けるよりも先にミラルカが言葉を続ける。
「我は糾が好きだ。好きだから,糾の為に装う。その装った我を見てほしい」
 だから,止めない。
「それは皆も同じだ」

 言われてようやく糾は気づいた。
 好きになった人に,より綺麗な自分を見てほしいという彼女たちの素朴な想いに。
「糾が他の女子〔をんなご〕になびくは許せぬ……。けれど,皆が糾を想うて装うを我がとやかく言うことはできぬ」
 糾を想う気持ちに,誰一人偽りはないのだから。
「それに……」
 返す言葉のない糾に,そのままミラルカは問い掛ける。
「この様な装いだけで心を違える糾ではなかろう?」
 だから,彼女たちの装いがどれほどに魅惑的であろうとも自分はかまわない。
 いや……いっそこれ以上ないほどに過激に装ってみればいい。
 それでも,自分は信じている。
 糾が自分を愛してくれることを。
「うん」

「ご主人様」
 その場にいたのが糾とミラルカだけであったならばいつまで続いたかも分からないその時間は,しかしそうでないが故に外から破られた。
「難しいことはなしにして,楽しみましょう」
 指の隙間の向こうでマージが微笑んでいる。
「そうだね」
 応えて,首を巡らせる。
「行こうか」
 文字どおり目の前にいるミラルカに触れるように口付けて誘〔いざな〕う。
「うん」

 街での暮らしにあっては厭わしいものでしかない真夏の苛烈な日差しも,今日この場所では雰囲気を盛り上げるだけのものでしかない。
 陽が頂を過ぎてなお増す暑さと,肌に触れる柔肌の熱さのただ中で,水の冷たさは何にも代えがたいほど心地好いものだった。

終幕



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