憂鬱な日

第3幕:お目出たい事(?)

 食堂に並べられたメニューを見た糾は,思わず首を傾げた。
 和洋折衷なメニュー自体には別にどうと言うほどのこともない。
 こともないが……それに赤飯が加わっているとなると話は単純ではない。
 思わず頭の中でここ暫くの行事予定というか,覚えている限りの皆に関する出来事の日付をチェックしてみるが,今日の日付に当てはまる慶事は思い当たらない。いや,そもそもこれまでの慶事(誕生日とか)にしても赤飯が炊かれたことはないのだ。
 更に言えば,実はこれまでにフィンは色のついたご飯物を食卓に昇らせたことがほとんどない(パエリアやドリアなどの洋風のものは例外として)。
 以前に一度リクエストしてみたところ「ご飯は真っ白に輝いてるからこそ美味しいんですのよ。かみ締める毎にじんわりと甘さが滲み出してきて…(以下5分ほど略)」と熱く語られたことがあり,以後,二度と口にしたことはない。もっとも,そう言いながらも翌日には秋の味覚満載の炊き込みご飯が食卓に昇ったわけであるが。
 ただ,それとても糾のリクエストがあったからこそ応じてくれたわけであり,フィンが自らしたことはない。
 そのフィンが赤飯をわざわざ用意している。
 と言うことで,実は少々混乱した糾だったが,ある意味で幸いだったのは,それまでの状況とこの食卓の状況との繋がりが見えていない者が他にもいたという事であろう。

「マム……この赤色のご飯って…何?」
「色だけじゃにゃくって,にゃんだか匂いもいつものご飯と違うのですにゃ」
 赤飯そのものを知らないようなフォニームやエリカの言葉から推して,糾が不在の時にも赤飯が食卓に昇ったことはないらしい。エリカなどは今にも手を出しそうな雰囲気である。
 だが,そうなるとますますこの赤飯の意味するところが……いや,なんらかの祝い事(及び,それに類すること)があるという事は即座に思い至っているものの,具体的に何が,という部分の見当がついていないのでは理解できていないも同じである。
「お赤飯,って言うのよ。お祝い事のときには欠かせないメニューですわよね♪」
 後半はフォニームへの返事だけというよりも,皆(特に糾)への確認に近いようなフィンの言葉であるが,微妙にそれに頷けない糾がいたりした。
「あの……フィンさん」
「はい,なんですか。ご主人様?」
「えっと…………何事です…か?」
 もしかして理解できていないのは自分だけ?という懸念を捨て切れないながらも,それでも,聞かないことには始まらない。と,意を決して問い掛けた糾であったが,その結果は,良くも悪くも糾の予想を越えていた。
「あらあら(はぁと)」
 いつもと変わらぬ穏やかな笑顔と口調は変わらぬまま,しかし,その目線だけが糾から外された先は……。
「?」
「?」
 なんでミラルカさん?
 と,糾が首を傾げたところで,フィンがようやくネタばらしをした。
「やっぱり,おめでたい事ですものね」
「!!!!!!」
 ボンッ! と音が聞こえそうな勢いでミラルカの顔が真っ赤に染まる。
 が……糾の側の反応は…………更に数段遅れていた。
「えっ……と…………あれ?」
 まぁ,糾のミラルカに対する意識を列挙すれば,最愛の女性(恋人)が最初に来るのは当然として,『年上』の女性というあたりで止まってしまいがちである。つまり,自身が精霊王であるという意識が薄いことも手伝って,精霊ということを綺麗さっぱり失念しているのだ(まぁ,この点に関してはミラルカに対してだけではなく,館の皆についてもそうであるが)。
 そんな年上の女性の,「女性にとってのめでたい事」で,「赤飯が登場するお約束イベント」が何か,すぐに分からなかったとしても無理はない。
 更に言えば,そもそもこれまでそんな話題が出なかったせいもあるだろうが,巷に溢れているファンタジーものに由来する知識に依るところが少なくない糾が,精霊に生理が存在するなどと考えもしなかったことを責めるのは酷であろう。

 やっとのことで状況が理解できた瞬間,糾の顔も赤く染まる。
 本来なら,別段恥ずかしがる必要などない……ハズなのだが,やはり女性の神秘となると,そうそう単純に割り切れるわけでもない。
「さぁさ,冷めないうちにいただきましょう」
 そんな心理状態を知ってか知らずか,朗らかなフィンの声で(糾にとっては久しぶりの)家族との夕食が始まった。



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