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納車の翌日に早くもエンジン始動不能になった、わがMGミジェット号。
さすがというかなんつーか、とにかくさっそく伝説がひとつ生まれたわけである。
「これは自慢しなければ!」
というわけで、ミジェット購入報告もかねて手当たり次第に電話をかけまくる。
んがしかし!
ここで重大な事実が発覚した。
「ミジェット? なにそれ?」
ガーン!
誰もMGミジェットを知らないのである。
「ああ、ダイハツの」などとトンチのきいた返事をかえしてくるならまだよい。
しかし基本的に「なにそれ?」なのだ。
さらに「納車の次の日さっそくエンジンがかからなくなった」とややうれしげに報告したところで「それ、だまされてるわ絶対」というお説ごもっともなアドバイスしかいただけず、「さすがエンスーだね!」などと、ともに喜び(か?)を分かち合ってくれる人はほとんど皆無に等しかった。
哀しいかぎりである。
なんと手応えのない連中だろう。
しかしまあ、冷静に考えればこれが普通のリアクションなんだろう。一般の人がごく普通の暮らしを送っているかぎり、MGミジェットなどという辺境の地に生息する車とは一生関わりをもつことなんてないのだ。
ミジェットなんて、いわばインドの首相。ごく一般的な人にとってほぼまちがいなく、名前など知ったことかの存在なのである。
かくいうぼくも、つい1カ月ぐらいまで名前ぐらいしか知らなかったのだ。
そうなのだ、これは誰かれなく報告したことでなにも共感を得ることなどできないのだ。ならば自分ひとりでこの喜び(なのか?)を噛みしめよう……。
そう思い至ったぼくは、『納車翌日、ロングドライブ中にエンジンがかからなくなった』という事態を繰り返し思い起こしては「まったく困ったやつだぜ……」などと頭を抱えるフリをしつつ、一方で「フッ、かわいいやつ」と片頬のあたりでニヤリと悦にいったりする初夏の午後9時42分なのであった。
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「けっ、ミジェットか」と犬も申しております |
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ぼくの仕事はサラリーマンであり、通勤には電車を利用している。
したがって平日は思うようにミジェットに乗れないわけだが、これが精神的にとてもよろしくない。
ぼくとミジェットは、うれしはずかしの新婚さんである。
お互い一緒に暮らしはじめて、まだ1週間も経ってないのである。
言ってしまえばラブラブのアツアツでイチャイチャなのである。
「おまえ……」「あなた……」と見つめあえば次の瞬間、部屋の電灯はたちまち消えてしまうような、そんな勢いがあるのである。
なのに!
ああおまえに乗れないなんて!
この精神的によろしくない状態はモンモンとしたフラストレーションとなって胸のうちにたまり、仕事帰りの道すがらには「ゴゴゴ……」と噴火の兆しをみせはじめ、駅から月極駐車場へと走り、ミジェットの姿が視界に飛び込んでくる瞬間に炸裂する。
「おおミジェット! 今夜もおまえに乗りにきたぜ!」
ぼくはスーツ姿のままミジェットに飛び乗り、いそいそと幌を開け放って夜な夜なドライブに連れだした。
たとえ行き先がコンビニだろうがホカ弁屋だろうが、とにかく乗ってるだけで「むふふ……」なのだ。
こんな状態が3日続き、4日目、木曜日の夜がやってきた。
その日は仕事を7時に終え、疾風のごとく退社。電車に飛び乗り、駅に着いたら駐車場まではデンジマンよろしく全力疾走。今夜も愛するミジェットのもとへネコまっしぐらである。
「逢いたかったぜ!」
いつものようにホオズリをしてから(これはさすがにウソ)狭いコクピットに収まり、「今夜もブッ飛ばすぜ!」とホカ弁屋に突撃すべく勇ましくイグニッションキーをひねる。
が。
カチッ。
「ん?」
カチッ。
カチッ、カチッ。
「ん? ん?」
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、。
「…………」
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ…………カチッ。
またかよ……。
どぼじで!?
どぼじでこーなるの!?
しかも今度はスターターも回らないじゃん!
どぼじで?
暗く狭いコクピットで激しくどぼじで化しながらも、ひとまずキーをオフにしたのち、冷静に現在の状況を図式化してみる。
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スターターが回らない |
原因:バッテリーが死んでいる |
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そうなのだ。これはほぼまちがいなくバッテリーが死んでいるはずである。
キーをひねればスターターはわずかだが反応を返してくるし、ときには「ウッ、グゥ」といった具合に「ボ、ボク、本当はちゃんと回りたいんです!」と悲痛に訴えかけてくるそぶりをみせるのだ。
つまりスターターを回すバッテリーそのものが息絶えている可能性がかなり高い、というわけである。
試しに電装系をチェックすると、ヘッドライトやラジオ、カーステレオ、ウィンカーなどなど、もろもろの電器装備はちゃんと作動する。しかしだからといってバッテリーが大丈夫というわけではないことぐらい、こんなぼくでもお見通しである。ライトがついてもスターターが回らないなんてことはザラである。
やはりバッテリーが怪しい。
「それにしても……」
ぼくはガックリと肩を落とした。
徳島で動かなくなってからまだ4日しか経ってないのに、またこのザマである。
ヒドイ!
あんまりよ!
古い車に乗る以上、トラブルはあるていど覚悟していたが、期待を……いや予想をはるかに上回る速攻にディフェンスもタジタジである。
ま、ずっとコクピットでタジタジしているわけにもいかないから、とりあえずボンネットを開けてみる。
ふーむ。
なんにもわかんないんスね。おまけに夜でまっくらだし。
どうしよう?
他の車のバッテリーと繋げば原因はたちまち明らかになろうというものだが、じつはまだブースターケーブルを購入していなかった。
時計を見る。
もうすぐ8時だ。
たしかショップは8時で閉まるはず……。
となれば、いまがSOSを発信できるラストチャンス!
次の瞬間、ぼくは再びデンジマンとなりアパートへ全力疾走(携帯電話なんてものはまだない時代である)。
すべりこみで電話はショップにつながった。
「エンジンかかんないんスか?」
シャッター閉めてお帰りモードに入りかけていた(たぶん)ショップの社長は「ウッソー!」といった雰囲気だ。しかしウッソーじゃないのでミジェットの症状を伝える。
「それはバッテリーじゃないスかね」
やっぱし。
「じゃあ、うちのメカニックを行かせます」
ホッ……。
その30分後、メカニック氏が駐車場に軽四でやってきた。
ブースターケーブルでバッテリーをつなぐと、予想どおりミジェットは一発お目覚めだ。これでバッテリー怠慢疑惑の証拠がかたまり、容疑者確保とあいなったわけだ。やれやれである。
しかし「なぜバッテリーがあがったのか?」という原因は不明のままだ。原因がわからないトラブルはすごく心配なので、精密検査のためミジェットはここで初の入院となった。ううっ……(嗚咽)。
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何日も経たないうちにショップから連絡が入った。
「原因がわかりました」
という晴れやかな吉報だ。さっそくショップに駆けつけた。
聞けば、バッテリーあがりの原因はラジエター冷却用の電動ファンだという。
「?」
風吹いて桶屋が儲かるような話だが、説明を聞くとナルホドと納得してしまうものだった。
ぼくのミジェットにはエンジン直結(クランクシャフトに直結)の冷却ファンがなかった。CMやパンフなどで時おり取り上げられる、エンジンの前でグルグルまわっている白い羽根、あれである。その冷却ファンが、ハナからついてなかったらしい。
つまりラジエターの冷却はエンジン駆動ではない、電動のファンにまかせっきりということになってたようなのだ。
折しもムシ暑い6月。
水温が80℃を越えるとサーモスタットでスイッチが入る電動ファンは、つまり常時フル稼働状態だったわけだ。
それだけなら問題はない。
この電動ファンがめちゃくちゃ電気食いだったことに根本的な問題があった。水温を上げてはならんとファンは律儀にもせっせと回り続け、ついにはその電気消費量がオルタネーターの発電量を上回ってしまってしまったのだ。
「で、バッテリーがあがったんス」
というのがメカニック氏の説明だった。
信号待ちのとき「なんか『ブーン』て音がするけど、なんなのかなあ」なんてノホホンとしてる水面下で、電力滅亡へのシナリオは着々と進行していたというわけなのだ(下図参照)。
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暑いさなか、電動ファンは常時フル稼働
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↓
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バッテリーの消費電力 > オルタネーターの発電力
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↓
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いくら電気を生産しても減る一方
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↓
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バッテリー逝去
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しかしここで素朴な疑問が浮上してくる。
「前のオーナーはこれでOKだったんだろうか?」
ぼくはこの疑問をショップに投げかけてみた。
「さあ、それはわかんないスね」
そもそも前のオーナーはどこでどんなふうにミジェットに乗っていたんだろう?
「香川に来る前、このミジェットは岐阜にあったんです。その前はわかりませんが、日本で登録したのが1980年みたいだから、日本のどこかで2〜3人ぐらいが乗り継いできたんじゃないでしょうか」
ということは、ぼくのミジェットは製造後の5年間をアメリカかどっかで過ごした後(北米仕様だし)、少なくとも10年以上は日本の夏を経験しているはずである。日本の夏といえば多湿酷暑。このタフなシーズンを電動ファン1基で乗りきるのはかなり無理があるというのは想像に難くない。
しかし現実に、ぼくのミジェットは電動ファンが1基しかない。ということは、前オーナーは「夏は乗らない人」だった可能性が高いというわけだ。
しかしぼくは夏だろうが冬だろうがガンガン乗るつもりであるからして、電動ファンが1基しかないというのはほっとけない話である。
この事態を打開すべく、まずはエンジン直結の冷却ファンを追加した。
電動ファンのほうは従来どおりサーモスタットで自動的にスイッチが入るほかに、自由にオン・オフできるようスイッチをコクピットに増設。これでバッテリーの負担がグッと減るうえに、冷却ファンを2枚看板にしたことで英国車のアキレス腱であるオーバーヒートの対策もできたわけだ。ついでに、終わってしまったバッテリーをボッシュの新品に交換した。
気になる費用は、保証期間内ということでクレーム扱いになってタダ。
バッテリーが2万円以上と聞いてビビッてたからすごくホッとする一方、旧車に保証期間がつけるとは、なんて無謀な…………いや、なんて感動的な話だろう、とショップの太っ腹ぶりにあらためて敬意を表したりするのであった。
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トンネルを爆走するミジェットをとらえた貴重なショット |
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さて、晴れて退院なったミジェット。
「どうせ保証がついてるんなら、今後壊れる予定の部分はその期間中に壊れてほしいな」
などと勝手な要望をチラチラとのぞかせてみるが、そうそう都合よく話は進まない。ミジェットのトラブルはその後パッタリと影を潜め、ごく平穏な日々が続いた。
というか、退院後しばらくはミジェットを出動させるチャンスがなかったのである。
この年、1993年は記録的な冷夏&長雨で、太平洋高気圧がエルニーニョしたかなんかで、けっきょく梅雨明け宣言が出なかったというとんでもない異常気象だった。そんなわけで週末はほぼ雨にたたられる状態であり、駐車場で雨にうたれるミジェットを指をくわえて見ることしかできず、おまえに乗りたい欲全開のぼくとしてはフラストレーションがたまる一方だった。
そんなぼくをふびんに思ったのか、7月のある土曜日、久しぶりに朝から青空が広がった。
こんなチャンスを見逃すはずはない。
「いまだ合体!」
と奇声をあげてミジェットに乗り込み、目的地を決めないまま西へ向かった。
幌を開け、いつもよりすこしだけ空いている国道を走る。
「えー気持ちやー」
と言いたいところだが、冷夏とはいえ夏、やっぱり昼間のオープンドライブは、もースンゲーあぢーのね、じっさい。
直射日光、ビルおよび他の車のエアコン排熱、アスファルトの照り返し、そしてなぜか足元からの熱風(原因不明)、まったく汗を吸わないビニール製シート、という八方塞がり熱爆撃をうけてたちまち全身ムレムレの汗だく状態になってしまった。
そんなわけで汗をボタボタ流しながら走るうち、この先の町で働く友人のことをふと思い出した。汗ボタボタ状態でふと思い出すのが野郎の顔ってのも暑苦しいが、それはともかくそいつはミジェットの実物をまだ見ていない。
「おーし、見せびらかしにいったろ」
国道沿いにある友人の会社はすぐに見つかった。窓から見える位置にミジェットをとめ、汗をわざとらしくフキフキしていると、案の定「ナンダナンダ !?」と友人、キムラが飛び出してきた。
このキムラという男は1980年代以降のモータースポーツにやたら詳しく、電話で「MGを買った」と伝えたとき、しかるべき反応を示した数少ない一人であった(ただし80年代後半のWRCグループBを戦ったMGメトロを思い浮かべたらしいが……)。
ミジェットをいろんな角度から眺めるキムラ。その姿に、ぼくはてっきりうらやましがっているのだと思った。しかしあとから聞くところによると、キムラはミジェットを見てまず「きったねーボロ」と思ったらしい。値段が150万円と聞いて「なんでまた?」と驚きを隠せなかったという。エンジンを見たときは「しょぼー……」というのが第一印象だったようだ。
まったくトホホである。
そのキムラが、ある一点を指さしておもむろにこうのたまわった。
「ここ、なんか漏れてるで」
「エーッ!!!! ウソウソどこよー!?」
どうだイカす車だろう、とふんぞり返っていたぼくは、たちまち柳沢慎吾的にアウアウとあわてふためいた。
なるほど、エンジン後部に鎮座する正体不明の黒い箱に、なにかが漏れている跡がたしかにクッキリだ。黒い箱につながっているホースの接続部分から漏れているようである。
恐る恐るさわる。
どうやらクーラント(冷却水)らしい。
ふー、オイルじゃなくてよかった(そういう問題じゃない)。
ホースの接続金具が緩んでいたのがお漏らしの原因のようなので、さっそく締め増しして、念のためビニールテープでモレモレ部をテーピング。さらにキムラが持ってきてくれたヤカンの水をラジエターに補給した。
思えばこれは前兆だったのかもしれない。
今日はおとなしく帰れよ、という警告だったのかもしれない。
これからこのまま西へ走って、あわよくば松山あたりまで行こうかと思っていると告げると、キムラは「無謀だ」と眉をひそめた。どうやら初対面でいきなりクーラントをお漏らししたことがかなり印象を悪くしてしまったらしい。
しかし久しぶりの遠出に浮足立っていたぼくは聞く耳もたず、勇躍ミジェットに乗り込む。そしてキムラに見送られながら再び西へと走りだしたのだった。
香川を抜けて愛媛県川之江市に入る。
やや混んだ国道11号を「ズロロ……」と西へ向かう。
多少のお漏らしはしたものの、ミジェットは快調だった。
ここまでは。
伊予三島、土居をすぎて新居浜に入ったころ、それに気がついた。
「ん? なんじゃこの音は」
ガンガンに鳴らしていた山下達郎のテープを止め、耳を澄ませてみる。
……パンッ……パパンッ……。
なにかが“破裂”してるみたいな音だ。
それにまじって「ガン、ガガーッ」という、なにかがどこかに当たっているような音も聞こえる。
どうやら、ミジェットの後方から聞こえてくるみたいだ。
「…………」
正体不明の『破裂音』。
正体不明の『なにかがどこかに当たる音』。
ミラーをのぞくと、後続車がやけに車間距離をとって走っていた。
すごーくいやーな予感……。
もしや、とぼくはアクセルをグイーンと踏んでパッと戻してみた。
パパラパンッ!!
ひときわ盛大に『破裂音』が響いた。
もう疑う余地なし、である。
ぼくはすばやく周囲に視線を走らせた。
「に、逃げ込む場所は……!?」
ちょうどドライブインに通りがかるところだった。その駐車場にあわててミジェットを滑り込ませ、コクピットから飛び出す。
すぐそばには長距離トラックが止まっている。事の一部始終を見ていたと思われる、その長距離トラックのおっさんがニヤニヤと近寄ってきてこう言った。
「にいちゃん、マフラー折れたんか」
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