vol.05 押し寄せる洗礼


  1994年、夏。
  ミジェットは夜ふけの路上でいきなり黒煙を噴き出し、路肩に不時着した。
  原因はなんのことはない、単なる電気配線のショートだった。
  こと電気系統に関していえばミジェットは質素そのもので、電気を使ってなにかを動かそうという発想が乏しい車である。電気を使うのはエンジンの始動や点火、ライト、メーターの照明、そしてウィンカーにワイパーといったごくごく基本的な装備だけ。それ以外については、原則として人力まかせな車なのだ。
  そんなミジェットではあるが、ダッシュボードの裏をのぞけば、ライト類やメーター類に関連した配線がそれなりに走り回ってはいる。それらの配線のうち数本のビニール被膜が、なんらかの理由でペロッとはがれた。無理もない。なんせ製造されて20年近く経った車である。「ちょっとぐらいはがれたっていいじゃないのよ……」と桃井かおり風にアンニュイしてみたい年頃なのである。
  で、そうやって被膜がはがれることによって、本来なら包み隠されているはずの電気配線が露出してしまう。そしてあらわになった配線同士がじかに接触してショートをおこし、そこから火花が散って配線のビニール被膜が燃えた、とまあこういう顛末だったようだ。ビニール被膜がはがれるのはともかく、その症状が近接した複数の配線でほぼ同時に起こったというのだから偶然とは恐ろしい。
  ちなみに接触のきっかけとなったのは、どうやらコトデンの踏切を越えた際の衝撃らしい。罪な鉄道である。
  しかしまあ、なにがきっかけでどうなるものやら……。
  
  それにしても。
  ダッシュボードの裏をあらためてのぞくと、「整然」という言葉からはほど遠い状況であることに、いまさらながら気づかされた。もうゴチャゴチャなんである。組んずほぐれずなのである。なかにはどことも接続されてないケプラーなんかが2〜3本ブラブラしてたりするからアタシ不安……。
「まあ、たしかにきれいな配線ではないッスね」
  修理にあたったショップの社長が、ぼくの気持ちを察して言った。
「今までになんだかんだイジッてきてるみたいですね。オリジナルに手をつけずに新しくバイパス通したり、もとの線とはちがう色の線つないだりして、整理整頓ができてないんでしょう」
  その言葉には「この際だから配線やり直したいですねー」というニュアンスがありありである。
  その気持ちはよくわかる。
  やつらは中途半端な状態でグダグダと絡み合いつつ、「まあ一応電気通ってるからいいじゃん……」などと投げやりな態度をとっているのである。そういう態度で出てこられたら「おまえら全部やり直しじゃー!」とひっぺ返したくなっちまうのが人情ってやつじゃねえか、そうは思わないかいお奉行さんよ?
  このようにキャラクターやや乱れがちになってしまうほど悩ましい電気系統ではあったが、配線引き直しを敢行できるほどのゼニーがないことは火の目を見るより明らかであった。草の根エンスー24歳、はなはだ貧乏なのである。
  ま、配線の2本や3本ブラブラしてたところで、ミジェットはとりあえずフツーに走ってくれているし。ムラムラと湧きあがる修理欲をグッと抑え、「ま、そのうちにね……」などとあいまいに目をそらす午後3時。とにもかくにも1994年6月、ミジェットは5度目の入院から無事に復帰したのだった。



「そういえば……」
  6月のくもり空を見上げながら、ふと思い出した。
  ミジェットと暮らしはじめてから1年が過ぎていたのだ。
  洗濯物を干す手を止め、ぼくはベランダから眼下に視線を落とした。なんの予定もない土曜の午後、ミジェットは駐車場で幌を立てて休んでいる。
  1年前、そぼ降る雨のなか、あの日もミジェットはおなじようにぼんやりとたたずんでいた。
「あれからもう1年が過ぎたのね……」
「あっという間だったね」
「早いものね。あたしたち、つきあいはじめて1年よ」
「これからもずっと一緒さ。ボクたちの未来に乾杯」
  うら若き恋人同士ならこのような香りたつセリフとともに小洒落たレストランでキャンドル越しに17秒ほど見つめあったりするのだろう。しかしぼくの場合、水銀灯に照らされた駐車場でワイングラス片手にミジェットと見つめあったところで110番通報されるのがオチである。
  それはともかく、一周年というのはたしかにひとつの節目ではある。
「そうだなあ。記念になんかこう、一発ドーンとナニしたりするのもアレかもね……」
  一周年を迎えるにあたってなにか記念になるものを、ぼくとミジェットの間にひとつもうけてみるというのも悪くないんではないか。
「1年間ごくろうさん。そしてこれからもよろしく」
  なんて感謝の念と今後の決意などを、なにか形になるもので表してみたくなるっていうのはオーナーとしてごく自然な心持ちというもんじゃないのか!?
  流れる雲にひとしきり問いかけてから、ぼくは再びミジェットに視線を落とした。
  その視線が、なにげなくバンパーで止まった。
  ぼくのミジェットには真っ黒なバンパーがついている。『5マイルバンパー』あるいは『ラバーバンパー』『ウレタンバンパー』と呼び名はさまざまあれど、ようするにポリウレタンの詰め物が入ったバンパーである。真っ黒なうえに、およそデザイン性というものを無視して設計されたかのようなそのパンパーは、小柄なミジェットに不釣り合いなほどデカい。というわけで、ラバーバンパーを装着したミジェットの顔は、どことなくタラコくちびるのカエルみたいだった。
「ま、よく言って“カモノハシ”だな……」
  煙草に火を点け、ぼくはあらためてミジェットの姿を──いや、ミジェットのバンパーを眺めた。
「…………」
  ふーむ。
  しかしこうして見るとやっぱブサイクだよなあ。
  アレだな、バンパーが邪魔してんだよな、なんつーかこう、ミジェットのスタイリングってやつを。
  せっかくきれいなボディしてんのに、あの無骨なバンパーがあるせいでなんかバランス悪いんだよなあ……。
  8階のベランダから眼下のミジェットを眺めると、前後に居座っているバンパーの存在がいよいよ際立って目についた。
  そんなふうにぼんやりと思いをめぐらすぼくの脳裏に、ある考えがひらめいた。
「…………」
  そのひらめきが少しずつ形を成していったとき、ぼくはきびすを返し、ドタドタと部屋を横切って本棚に駆け寄っていた。カーマガジンのバックナンバーと並んで差し込まれていた1冊の本を取り出し、コンテンツを指で追う。
  その指が止まった。

『Chapter 12 Bodywork and fittings』

「……よおし!」
  
  パタム、と本を閉じて、ぼくは立ち上がった。

「バンパー外すぞ!」





  MGミジェットは1961年に生まれた。直線と曲線が微妙に融合するそのボディデザインは、30年以上前の当時としてはそれなりにモダナイズされたものだったが、往時を忍ばせるディテールはそこかしこに残されている。
  バンパーもそのひとつだ。
  メッキ処理が施されたスチールバンパーは、おなじくメッキ処理がなされたフロントグリルとあいまって、ミジェットのスタイリングにおいて少なからずアクセントとなっていた。どちらかといえばアクのないオーソドックスなミジェットのシェイプに、英国車らしいクラシカルで繊細な印象を添えていたのである。
  1974年までは。
  そう、時は1974年。折からの安全基準引き上げに適合すべく、ミジェットからメッキバンパーが取り払われた。かわりに取り付けられたのは、耐衝突性を高めたラバーバンパーだった。
  当時のMGファンは、ラバーバンパーが装着されたミジェットを見て大いに嘆き悲しんだという。
「おらのかわいいミジェットになんてこどすっだ!」
  ミジェットのキュートな姿に突如取り付けられた異様な物体、ラバーバンパー。安全性を高めるため、ひいてはミジェットという車を現役で存続させるための処置とはいえ、あまりにもひどい仕打ちだった。例えるなら、石田ゆり子にハゲヅラをかぶせるがごとき行為である(ちがうか)。
  とにかくミジェットのスタイリングは変貌した。1960年代の優雅なクラシックラインを10年以上維持しつづけていたところへ、「ちょっとモダナイズしてみました」と1ヶ所だけ近代化アイテムがくっつけられたのである。江戸時代の藁葺民家にスチール製バルコニーをつけてしまったようなものだろう。

  失ったのは優雅なスタイリングだけではなかった。
  ラバーバンパーの装着によって、ミジェットは重くなってしまったのだ。だいたい700kgぐらいだった車重が、一気に800kgを超えてしまったのである。つまりライトウェイトが売りのひとつだったミジェットに、100kg超の足枷が加わったことになる。
  痛い。これは痛い。
『ミジェットはもはやライトウェイトではない』
  イギリスの有力紙 The Times は当時の一面トップでライトウェイトスポーツ失墜を報じたものだ。まあそれはウソなんだが、しかしミジェットの俊敏な運動性能が大いにスポイルされたのはまちがいない。
  増えた100kgの重量は、その全てがバンパーによるものではなく、バンパー自体が100kgあるわけではない。しかし重いのは揺るぎがたい事実である。ウレタンバンパーというぐらいだから「中身はポリウレタンだけかなー?」なんてめくっていったら、その奥にはがっしりとした鉄骨がズドーンと貫かれているのである。軽いわけがない。
  可憐なスタイルと、軽々としたフットワーク。
  ラバーバンパーの装着により、ミジェットはこの2つの魅力をそがれてしまったのである。


かつてのミジェットは、このようにメッキバンパーを装着していた。うーん、英国車

ラバーバンパーがついたらこんな感じ。パッと見はまったく別の車って感じだ


  そんなこんなで、1500タイプのミジェットにおいては、ラバーバンパーはどうやっても旗色が悪い。悪役的扱いなのである。世のオーナーもそのあたりの見解はほぼ一致しているようで、ミジェット1500にはラバーバンパーをメッキバンパーに交換した個体、いわゆるメッキコンバージョンされたものが多いという。バンパー自体を取っ払ってしまうケースもある。
  かくいうぼくもミジェットを手に入れたときから、バンパーを取りたいとは思っていた。
  ラバーバンパーを装着したミジェットのスタイルには、出会った当初からどこか違和感を感じていた。とってもかわいい女の子とつきあいはじめたのはいいものの、なぜかその娘がガリ勉君メガネをかけているような、まあそんな感じの違和感だ。外したらもっとキュートになるんだろうに、とその姿を眺めるにつけ考えていたのだ。
  とはいえ買ったばかりの頃は、そんなことはささいな問題でしかなかった。なんせ買ったばかりだからね。ミジェットを手に入れたヨロコビの圧倒的勝利だったのである。たとえ気になったとしても、ひとたびコクピットにするりと収まり幌を開けて走り出せば、空の彼方へ消え去ってしまったものだ。ビデオデッキ買ったらリモコンのボタンが並んでるとこに傷防止用の薄いビニールみたいなのが貼り付けてあって、しかもそのはじっこがピラピラとめくれそうでめくれなくて、あー思いきって剥がしてしまいたいような……でもまあそのままほうっておいてもとくに問題ないしビデオ観ることはできるし……みたいな存在だったのである。
  しかーし!
  1993年6月のある日、心の奥底でモヤモヤとくすぶっていた思いは唐突な衝動に変わった。夜中にテレビをボーッと見てたら急に部屋の模様替えをしたくなるような、それはもうかなり唐突だがしかし心を激しく揺さぶる、あらがうことのできない衝動だったのだ。
「バンパー外すべ!」
「んだんだ!」
「いますぐ外すべ!」
「んだんだ!」
  思いをひとつにした農民のパワーは絶大なのである(よーわからん)。
  とにかく激しい衝動に駆られたぼくは、さっそく行動に出た。
  まっさきにチェックしたのは『HAYNES』の『Owners Workshop Manual』。「この一冊でミジェットの構造まるわかり!」と帯にキャッチコピーが書かれてそうなメカニック本である。つい先日、洋書店で発見してゲットしたばかりだった。
  その第12章『Bodywork and fittings』には、こんな項目が記されている。
『Front bumper('rubber' type) - removal and refitting』
『Rear bumpers - removal and refitting』
  思い立ったが吉日、善は急げ、である。
  折しもミジェット一周年。
  ここらでいっちょ化粧直しというのも悪くはないぜ、ふっふっふ。

  まず用意したのは辞書。英和辞典である。『HAYNES Owners Workshop Manual』、全236ページ、オール英語。読めるかー!
  辞書をひきひき手順を追っていくと、どうやら意外と簡単そうだ。『バッテリーのアースを外すとか、ウィンカーを外すとか、ま、そーゆー電気系の前準備をしたらよー、あとはバンパーをボディに固定してる4本だかのボルトを外して終わりさ。チョロイもんよ』と、そこには書かれているのである(註:筆者超訳)。
  ちょっとばかり拍子抜けしつつも、いくらか道筋が見えてきたことに後押しされ、ぼくは工具と Workshop Manual をたずさえて駐車場へと降りた。
  いつもの駐車スペースに、いつものミジェットの姿。
  しかしそのタラコくちびるルックとも今日でおさらばである。
  バンパーとボディの隙間をのぞきこむと、黒く無骨なバンパーの下には1960年代から受け継がれたボディラインがうかがえる。そのチラリズム的光景にやおらコーフンしはじめたぼくは、いそいそと工具箱を開いた。
「ま、30分ぐらいで終わるだろ」
  そうタカをくくって、鼻歌まじりで作業に取りかかった。

  が、しかし。

  甘かった。
  そんな考えはコンデンスミルクぐらい甘かったのである。



「ぬ、ぬおおおおお…………」

  ボ、ボルトが……

  ボルトが回らん!

  そう。バンパーをボディに固定しているボルトが、なんとしても回らないのである。
「ワシらもう20年近くこうやってバンパー支えてたんだからね。そう簡単に動くわけにゃーいかんのよね、じっさい」
  やつらは涼しい顔でそう言いのけるのだ。
「あんたみたいな若造がいきなりやってきて『どけ』って言われてもねえ……」
  などとこしゃくなセリフとともに居座りつづけているのである。
  そう言われても、こちらとしてはもう腹づもりができてすっかりその気になっているのだ。いまさらそんなことでグダグダ文句言われてもあとには引けない。回らぬなら、回してみせようホトトギス!

  ボルトにかけたレンチを握りしめ、大きく息を吸って、吐く。
  次の瞬間、ぼくは渾身の力をレンチにぶつけた。
「ぬおおおおおおおおおおおお!」
  ファイトォォォ…………いっぱぁぁぁぁつ!

  …………ハアハアハアハア。

「ぬおおおおおおおおおおおお!」
  ファイトォォォ…………いっぱぁぁぁぁつ!

  …………ハアハアハアハア。

「ぷしゅうううううううううう」
  どうだ!  KURE5-56攻撃!  間髪いれずリポビタン攻撃!
「ぬおおおおおおおおおおおお!」

  …………ハアハアハアハア。

  回らない。
  なにをやってもダメ。どこをどうつついてもダメ。
「ねえどう?  ちょっと回ってみない?」
  なんて軽く誘ってみてもダメ。
「そっちがその気ならこっちにも考えがあるんだぜ」
  などと軽く脅しをかけてみてもダメ。
  ボルトは執拗なまでに回ろうとはしなかった。
  激しい脱力感とともに、なにやらフツフツと怒りの感情がわいてきた。
  こんなにお願いしてるのに。
  こんなに精一杯努力してるのに。
  ただボルトを回す、それだけなのに、なんでこいつは……。
  例えるなら、表にしようが裏返そうがシワを伸ばそうが、断固として千円札を受けつけない自動販売機。
  うおおおおお、スッゲーむかつく!

「いったいなにが気にいらないってんだ、エエッ!?」

  ついにブチ切れたぼくは──いや、おれは、ボルトに掛けたレンチを木づちでガンガンと叩きつけた。
  ガンガンガンガンガンガン!
  平和なアパートの一角に響き渡る異様な響き。
  ひるむことなく、次におれはレンチを上から力一杯蹴りおろした。
  ドンドンドンドンドンドン!
  駐輪場にいた女性がいそいそと自転車に飛び乗っていった。
  
  ガンガンガンガンガンガン!
  ドンドンドンドンドンドン!

  どうだコノヤロ!  まいったかコノヤロ!
  早く動いて楽になっちまえ!
  叩いて蹴って、ときには乗って、おれはあらゆる手を尽くしてボルトの牙城を崩そうとした。

  するとどうだろう。
  継続は力なり、とはよく言ったものだ。
  あれほどかたくなに拒みつづけていたボルトが、ふいに「キュッ」と動いた。「負けたわ……」と力を失い、「ちょっとだけよ」と回ったのである。

  いまだ!
  ここで引いたら男がすたるぜ!  ダメ押しのスパートだ!

  それまでの大胆不敵な行動から一変して、おれはレンチを手に息を潜めた。
  ボルトをナメないよう、じんわりと、しかし力強く、ねちねちじりじりとレンチを回していく。ボルトはなおもイヤイヤと抵抗をつづけていたが、その力は明らかに弱まっていた。
「そうそう、そうやっていい子にしてな……」
  じりじりと、じりじりと、ボルトは少しずつだが回っていった。
「もうあたしダメ……。好きにして……」
  ボルトはついに自制力を失った。グルグルとされるがままに回りはじめたのである。
  得たり、とばかりにおれは一気にレンチを回した。
「おらおら、もうこんなところまで外れたぜハアハア」
  1本、また1本と、おれはゆっくりボルトを外していった(なんかちがう話になってきたな)。

  そして──

  ガッコーン。

  アスファルトに崩れ落ちた、それがバンパーの断末魔だった。
  その瞬間、目の前に現れた光景におれは──いや、ぼくは目を疑った。
「おお、おおお……」
  こ、これほんとにぼくのミジェット?


  バンパーという遮蔽物が取り払われたいま、ミジェットはその清廉な姿を白日の下にさらしていた。見まごうばかりにキラキラと美しく輝いていたのだ。エステからスーパーモデルとなって帰ってきたナオミぐらいのインパクトである。
  ライトの下からボディ下部へとつづく、微妙な曲線で形づくられたフェンダーのライン。やさしく、おだやかで、それでいて力強さも漂わせるアスリートの身体のような造形がそこにあった。そして中央にデデーンとあいたラジエターグリル。半笑いの小動物のように愛らしく、そしてこれまた力強い。メッシュのグリルの奥にのぞくラジエター回りの構造物がなんともメカフェチな匂いを漂わせている。
  バンパーを外す。ただそれでけの作業で、こんなにもイカす車になってしまったことに、ぼくは呆然とした。
  ややあって落ち着きを取り戻し、今度はリアのバンパーの取り外しにかかる。やはりボルトの抵抗を受けたものの、フロントほどの勢いはなかった。
  前後のバンパーが取り払われたミジェットを、ぼくはあらためてじっくりと眺めた。昼過ぎにはじめた作業は、結局夕暮れ近くまでかかった。
  だがしかし、それだけの手間と時間をかけたかいはあった。
  ミジェットは生まれ変わった。
  そう、生まれ変わったのだ。
  西陽をうけてたたずむミジェットは、とっても身軽でとっても愛らしく、そしてとっても引き締まった顔立ちでぼくにスマイルを投げかけていた。
  たまらずぼくはミジェットに飛び乗った。さっきから走りだしたくてうずうずしていたのだ。エンジンを始動させ、幌を開け、暖機運転もそこそこに路上へ出る。
  次の瞬間、ぼくは思わず叫んでいた。
「速い!」
  アクセルのひと踏みが、まるでちがっていた。
  ミジェットは軽やかに、しかし力強くグググイーンと加速していった。
  いつものようにアクセルペダルを踏み込んでいるだけなのに、そこにはいつもとはまったく別次元の加速が待ち受けていたのだ。
  ちがっているのは加速だけではなかった。最初の交差点で左折しようとステアリングを切った瞬間、ミジェットの長い鼻っ面がスルッと内側へ巻き込まれるように向きを変えたのである。
「おおっ!?」
  その軽快なフットワークにやや戸惑いながらも、次の交差点でぼくはもう一度ミジェットの回頭性を確かめてみた。
  パーシャルスロットル……ブレーキング、グッと沈み込むフロントサス、間髪入れずシフトを落とし、フロントに荷重を残したままステアリングをクイッと切る。

  スッ、グググルッ。

「おおっ!?  おおおおおっ!!」

  前後ン十kgの重量物から解放されたミジェットは、それはそれはライトウェイトスポーツカーらしくギュルルッと軽快に交差点をクリアしていった。

「やった!  やったぞミジェット!」
  ぼくはコクピットで歓喜の声をあげた。

  ブラボー!
  これぞライトウェイト!
  これぞミジェット!
  はずしてよかった!!
  ありがとう!!

  なにが「ありがとう」なのかわからんが、とにかく目からウロコがボロボロと音をたてて落ちていく気分だった。
  夏の盛りを前に、ミジェットは劇的なダイエットに成功した。
  そして生まれ変わったミジェットは、ぼくのハートを1年ぶりに熱くわしづかみにしたのである。

  ムフッ。
  いやあ、なんかね……ホレ直しちゃったよミジェット。

  ニヤニヤと半笑いの男を乗せたミジェットはその日、とっぷりと日が暮れるまで街中を、そして近所のささやかな山道を、時がたつのも忘れて走りつづけた。




  あっ。
  バンパー駐車場に置きっぱなし……。


vol.13へつづく

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