vol.05 押し寄せる洗礼



  ふう……。

  ずいぶん遠くまで来たもんだ。
  えーっと(オドメーターを見る)。
  100kmも走ったのかあ。
  そっかあ。
  100kmかあ。
  家から100kmも走ってきたのかあ。
  ふーん。
  つーことは、ここでUターンしてもまた100km走らなきゃいけないんだよなあ。
  遠いなあ。
  うーん。

  どうしよう……。

  自宅から100km離れたドライブインの駐車場に、ぼくは立ち尽くしていた。
  肌を灼く真夏の陽ざしがジリジリと痛い。
  拭いたそばから汗が流れ落ち、Tシャツがベタベタと張りついてくる。
  ザーッというタイヤノイズをたて、すぐそばの国道を車が次々に走りすぎていく。
  そんな音が、風景が、とても縁遠い存在に感じられた。


  エンジンがかからない。
  よくあることさ。
  バッテリーあがり。
  まあ、これもアリだろう。
  でもマフラー折れるなんてのは……フツーじゃねーぞコノヤロー!


「なんてこった!」
  ぼくは頭を抱えた。
  よりによってまたもやロングドライブ中にトラブルとは……。
  狙ってんのか?
  しかもマフラー折れるってキミ!
「いったいどーなっておるのだねそのあたりは!?  そのあたりの経緯をキチンと説明したまえ!」
  と慇懃な総務課長(47)風に問いつめてみるなど、やや情緒不安定気味に現実逃避しようとするぼくであったが、現実的にミジェットはマフラーが折れ、盛大な破裂音を炸裂させて走行が困難な状態にある。
  現実から目をそむけてはいかん!  
  まずは現状を把握するのだ!
  ぼくはおそるおそるミジェットの後部へと回った。
「むーん……」
  怖い。
  見るのが怖い。
  怖いけど見なあかん。
  いったいどんな恐ろしい光景が展開しているのか……。
  意を決してミジェットの下をのぞきこむ。
  すると……。
「!」
  おお神よ!
  折れてるのはマフラーじゃなく、マフラーカッターではないですか!
  タイコから先はきれいにポッキリと折れているものの、マフラー自体は無事だ!  
  よかった〜。
  ありがとうサンキュー謝々グラシァス!
  いやー、マフラー全部落っことしてたらシャレにならないもんなあ。

  でもやっぱり困る。

  例えていうなら『ズボンの尻が盛大に破れ、その下がノーパンだったと思ったらちゃんとパンツを履いていた』というレベルの差であり、社会の窓が開いてて恥ずかしかったけどチャック上げればひとまず解決、という問題ではないのである。
  あらためて観察すると、マフラーカッターは首の皮一枚でつながっているようだ。
  こうなると選択肢は2つ。

  1)折れた部分をなんとかつなげる
  2)折れた部分をもぎとってスッキリさせる

  状態としては、ちょっとひねればすぐ外れそうな感じである。その中途半端なつながり加減に、思わず「エイッ!」ともぎとりたい衝動にかられるものの、よくよく考えてグッと我慢。なんかいい方法はないかとやや真剣に考えはじめた。

  うーん……………………。

「にいちゃん、どないや」
  ふりむくと長距離トラックのおっさんがひとり、ニタニタと笑っている。酔っぱらった赤塚不二夫みたいな顔である。
「はあ、まあ……」
  ぼくは適当に返事をし、再び事態の解決策を模索しはじめる。
「こりゃあ溶接したほうがええなあ」
  よほどヒマなのか、赤塚不二夫はその場にしゃがみこみ、折れかけのマフラーカッターをジロジロと眺めた。
  溶接かあ……。
  そうだよな、溶接すればいちばん確実なんだろうなあ。
  でも溶接なんてどこですりゃいいんだ?
  ここはどこ?
  わたしはだれ?
  溶接なんてできるわけないじゃん!
「わし知ってるで。溶接するとこ」
  そうそう、溶接できるところが近所にでもあればまだしも、ぜんぜん土地カンのない場所だし、それに費用がいく……

  いいいいいいまナント!?

「この近くにわしの知っとる溶接工場があってなあ。そのぐらいの溶接やったら2,000円ぐらいでやってくれるで」
  赤塚不二夫はニタニタ顔でピースサインを突き出した。いや、それは「2,000円」を意味していたのだ。
「ほほほほんまですかーっ!!  どどどどどこですかそこはッ!!!!!」
「ここから5分ぐらいかなあ。その道をあっちへ行って○○で右へ曲がって……」
  赤塚不二夫はその溶接工場への道順を、その風貌とはうらはらに的確な表現でぼくに伝えた。さすが運転のプロである。
  行ける!  それぐらいなら行けるぜ不二夫!
  もうこうなったら迷っている場合ではない。
  問題は外れかけでプランプランのマフラーカッターだったが、それはトランクの片隅に転がっていたガムテープでグルグル巻きにしすることで強引に応急処置した。熱でテープ溶けるおそれがあるが、5分もてばOKなのだ。
  ぼくは赤塚不二夫様にお礼を言い、「プパパラン」と屁のようなエグゾーストをたてながら(隙間からすこし漏れる)溶接工場へと向かった。
「こりゃすぐに解決しそうだな」
  さっきまでの動揺はどこへやら、ぼくはすっかり楽観的なムードにひたりつつあった。
  んがしかし……。





「いやー、これは溶接できんよ」
  工場でぼくを出迎えた、今度は古谷一行に似たおっさんは、マフラーカッターを一瞥するやいなや、あっさりと言いのけた。
「エーッ!!!  なんでですか!!!!!」
  赤塚不二夫のウソツキーッ!!
  古谷一行はすこし困ったような顔でマイルドセブンに火をつけ、屈み込んで折れた部分を指さし、衝撃的な言葉を発した。
「ここんところがね、腐ってるんよ」

  く、腐ってる……?

「そ。金属疲労とサビとでね、もう腐ってんのよ、ここのところが。グサグサに」

  グサグサ…………。

「だから溶接してもすぐ折れるから、ムダってことなんよ」

  ムダ……………………。

  古谷一行は言うだけ言うと、マイルドセブンをプカプカさせながらミジェットを物珍しそうに眺めはじめた。

  どうしよう……。

  事態は解決するどころか、ここにきてまたフリダシに戻ったわけである。

  どうしよう……どうしよう……どうしよう……。

  途方に暮れるぼくを見て哀れに思ったのか、古谷一行がマイルドセブンをもみ消して口を開いた。
「あのね、この近所にホームセンターがあるけど」
  ほ、ほーむせんたー……?
「そ。そこならまあ、なにか使えるモンがあるんじゃないかな」
  そこでなんとか処置してよ、と古谷一行は言いたいようだった。
  ようするにエンスーたる者、少々の苦難は自分の手で切り開いて進め、ということなのか……。
  ホームセンターへの道順を教えてもらい、「ま、がんばってよ」の言葉に送られ、ぼくは工場をあとにした。



  ホームセンターへは工場から10分ほどでたどり着いた。
  折れた部分を補強していたガムテープは、熱ですでにおおかたが剥がれかけていた。
「さて、どうしたものか……」
  とりあえず店内に入り、あてもなくグルグル歩き回ってみる。
  資材コーナーで、ぼくの足が止まった。
  針金。
  ふむ、まずはこいつでなんとかできないか……。
  さっそくその針金を購入し、折れたマフラーカッターをグルグル巻きにしてみる。さらに、グルグル巻きにした針金をバンパーの下にある用途不明の金属製の輪っか(牽引用か?)にまたグルグル巻きにする。
  さわってみるとまだグラグラするものの、これでいちおうマフラーは固定されたようだ。
  試しにエンジンをかけてみる。

  ブバババン!

  ひええ……。
  隙間が小さくなったせいか、まるでスーパートラップみたいに派手な炸裂音が響いた。
  しかし中途半端にブラ下がって道路に接触する状態よりはまだましだし、音も高周波から低周波気味になったことで、いくぶん耳にやさしい(ような気がした)。
  この状態で高松まで帰るしかない。
  段差におののきつつ、ぼくは国道をおずおずと東へと戻った。
  たまに止まっては針金の締まり具合をチェックし、またおずおずと走りだす。
  スピードは制限速度ギリギリだ。
  アクセルを戻すたびに「ブバババン!」とミジェットはけたたましくオナラを轟かせ、スーパーの主婦が、チャリ軍団の小学生が、そして警ら中の警官がふりかえる。
「たいへんなモン買っちまったな……」
  ミジェットと暮らしだして初めて、そんな思いがよぎった。




  あたりがすっかり夕闇に包まれたころ、ぼくとミジェットはなんとか高松のショップに漂着した。
  針金の応急処置はけっこう効いたようで、一度もゆるむことはなかった。しかし、いつ落下するかもしれないという不安と爆音をまき散らすことへの後ろめたさで、ぼくはもう果てしなくくたびれていた。
「あれー、どーしたんスか?」
  ショップの社長が針金グルグル巻きマフラーカッターとやつれたぼくの顔を交互に見ながらガレージから飛び出てきた。
  社長の診断も古谷一行と同じものだった。
  つまり溶接してもまたすぐ折れるということである。
「これはマフラーを交換したほうが、あとあとのためだと思いますが」
  ふーむ、やはりそうくるか……。
  マフラー交換自体はやぶさかではない。しかし問題は費用である。
「お金、ないッスか」
  見かねた社長が声をかけてくる。
「ええ、じつは……」
  ぼくは事情を説明した。じつはこのマフラー脱落事件の直前に、ぼくはある物を衝動買いしてしまったのだ。
「なに買ったんスか?」
「えーっと……モンキーです」
「は?  モンキーって、あれ?  KAZさん、モンキー1台持ってたんじゃないッスか?」
  そうである。いうまでもなくモンキーとはホンダの50ccバイクのことだが、ぼくはこのモンキーを以前から所有していた。
「なのにまた買ったんスか!?」
  いやそれがね、ある日ふと立ち寄ったバイク屋にね、とーってもきれいな新車のモンキーがあったのね。でね、なにげなくポケットを探ったらね、不思議とね、まとまった額の現金と印鑑があったのね。そんでね、KAZね、3分後にはね、そのお金を頭金にしてね、ローン申込書に印鑑押してたのね。そんでね、19万円ぐらいのローン組んだばっかなのね……。
「…………」(社長)
  あとさき考えず、とはまさにこのことである。
  その計画性のないお金の使い方を後悔し、そしていまさらながら腐り落ちたマフラーを呪いつつも、ひとまず現状をどうするかを考えなければいけない。
  換えなきゃ走れない。
  でも換えるお金がない。

  ……………………。

  しばしの沈黙後、社長はおもむろに「ヨシ」と力強くうなずいた。
「2万円。2万円でなんとかしましょう」
  なななんと!  マフラーが2万円!?
「いいんスか、それで!?  できるんスか、それで!?」
「やります。方法はあります」
「そ、それいっといてください!」
  というわけで購入2ヶ月目にして2度目の入院がめでたく決定した。



「できましたよー」
  予定どおり1週間後、ショップから連絡が入った。約束通り2万円で仕上げた、とのことである。
  あまりに安く仕上がったことに若干の不安を抱きつつも、ぼくはさっそくショップへと向かった。
  ショップのガレージでは、再生なったミジェットがぼくを待っていた。
  とりもなおさず後部に回り込んだぼくの目に飛び込んできたのは……。
「…………?」
  マフラー、なんかちょっとサビてるんスけど……。
  ミジェットのお尻からチョコンと突き出たマフラーに、うっすらとサビが浮いているのである。
「ミニ用の中古を加工して、それをくっつけたんスよ」
  担当メカニック氏はそう説明しながら、新しい(おさがりの)マフラーのエキゾーストノートを聞かせてくれた。うーん、たしかにミニのような音……。
「エキマニとつなぐ部分だけ曲げたり切ったりして、あとはほとんどボルトオンで済みましたよ」
  なるほど……。
  社長が言ってた“方法”とは、つまりこういうことだったのだ。
  おさがりということで心境はやや複雑ではあったが、2万円ですべてが済んだのであれば贅沢など言えるはずもない。たとえ中古とはいえ、ミニ用改とはいえ、ミジェットは再び路上を走れるようになったのである。
「とりあえず仕上げましたけどね……」
  事務所から出てきた社長が声をかけてきた。
「やっぱり2万円は2万円なりのものです。応急処置と考えてもらったほうがいいと思いますよ。すぐにとは言いませんけど、いつかはちゃんとしたマフラーに換えたほうがいいと思いますんで、また考えてやってください」
  うーん、そらそうだ。安普請で済ませれば、そのツケはいつかそのうち跳ね返ってくるはずである。そうなる前にちゃんとしたマフラーに交換すべきなんだろう。

  徳島での原因不明なエンジントラブル。
  バッテリー上がりと、それに伴う冷却ファン増設。
  そして今回のマフラーカッター脱落未遂。

  ……古い車って、なんだかんだいってもやっぱ大変だあ。
  
  ミニから臓器移植をうけたミジェットは、3度目の復活を果たした。

  納車から、まだ1カ月も経っていなかった。



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